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このページは、O.R.メリングの本の感想のページです。

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「妖精王の月」講談社(2007年5月読了)★★★★

古本屋を兼ねた喫茶店に座り、カナダのいとこ・グウェン・ウッズからの手紙を読んでいたフィンダファーは、突然美しい若者に話しかけられて驚きます。彼に「フィオナヴァールの謎」という小さな書物を贈られ、シーの塚に、タラに来て欲しいと言われながらも、若者が去った途端にその出来事を忘れてしまうフィンダファー。しかしグウェンがアイルランドのフィンダファーの家に到着し、2人が探索の旅の計画を立てるためにアイルランドの地図を広げた時、フィンダファーは当然のようにタラから始めるべきだと主張するのです。しかしタラの丘のシーの塚<人質の墳墓>で野営したフィンダファーとグウェニヴァーは、妖精の世界に迷い込み、フィンダファーは妖精王に花嫁として連れ去られることに。(「THE HUNTER'S MOON」井辻朱美訳)

カナダの青少年がその年一番面白かった本を選ぶルース・シュワッツ賞の1994年度受賞作。5歳の時にカナダに移住したものの、O.R.メリングはアイルランド生まれの作家で、ケルト色の濃い物語を書いている作家。ケルトファンタジー第1弾ですが、実際には3作目とのこと。
ファンタジーが好きで、妖精の存在を信じている溌剌としたティーンエイジャーの2人の少女が、アイルランドへの旅を通して、実際に妖精の国に引き込まれてしまう物語。思い切りが良く行動力もあり、妖精の国に心惹かれてしまうフィンダファーと、心惹かれながらも堅実な性格現実の世界を捨てることなど思いもよらないグウェンは表裏一体。フィンダファーはアイルランド系、グウェニヴァーはウェールズ系というだけで、元々は同じ名前なのだそうです。アーサー王妃のグウィネヴィアも元は同じ名前なのでしょうか。
しかしこの身勝手なフィンダファーや堅実で冒険心に乏しいグウェンよりも、周囲の人物たちの方が魅力的に感じられました。グウェンが出会うビジネスマンのマティー・オシー、自宅の農場を切り盛りしているケイティーことキャスリーン・クアーク、島の王・ダーラ・マクロリー、ダーラの大伯母のハートおばばことグレイニア・ハート。特に妖精の国で7年を過ごしたハートおばばには妖精の知恵や技があり、彼女の賢さこそが魔法そのもののようです。そして妖精たちも素敵。美しく可愛らしいだけでなく、野性的な恐ろしさも併せ持つアイルランドの妖精についてはイェーツの蒐集した妖精譚などでもお馴染みですが、この妖精も全くその通り。フィンダファーがグウェンに言う「妖精は人と同じような感情はもってないの。罪悪感なんて金輪際わからないの。(中略) それはつまり、まばたきひとつせずに、人を殺して逃げられるってことね」という言葉が、<良き民>と呼ばれるアイルランドの妖精の姿をとてもよく表していると思います。何百年、何千年生き続けようと、妖精たちは永遠の子供のよう。そしてその中で特に惹かれたのは、妖精王・フィンヴァラのトーナシュテであるミディール。妖精たちの場面はとても美しく、それでいて妖精たちの宴の席で、グウェンがあっさりと妖精の食べ物の誘惑に屈してしまうところなど、何とも言えず楽しいです。そして旅の途中でダーラがグウェンに言う、「きみはほんとに北アメリカの人らしいな。なんでも白か黒かで割りきろうとする」という言葉は、もしかするとメリングが北アメリカ人である自分自身に向けた言葉なのでしょうか。現実の世界と妖精の世界の両方に身を置いた状態のグウェンは、実際にはアイルランドを旅しながら、同時に妖精の国をもさまよっています。それがまた現実の人々の中に根付いている妖精たちの姿を再認識させられているよう。
ただ、妖精王とグウェンとの間で決着をつければ良いかのように見えた物語は終盤になって、7年に1度犠牲を要求する<狩人>大蛇クロム・クルアクとの戦いにすり替ってしまいます。これがとても唐突に感じられてしまいましたし、結果的に描き足りないまま終わってしまったような気もします。せっかく集めた「楽園の七天使の勇ましき力」が期待したほどの威力ではなかったというのも、納得のいかない展開。太古の日々に門の外に追放された大蛇はそれほど簡単に倒せる相手ではないということで、これは仕方のない結末なのでしょうか。しかしここにキリスト教のイメージを出すというのも、唐突な気がするのですが…。そう考えること自体が、ダーラの言う「白か黒かで割り切ろうとする」考えなのでしょうか?


「歌う石」講談社(2007年5月読了)★★★★★

アメリカに住むケイ・ウォリックは孤児。小さい頃は施設で育ち、それからあちらこちらへ里子に出され、16歳になった時から1人暮らしをしています。そんなケイが18歳になろうとしていたある日、郵便小包で18冊の本が届きます。それはヨーロッパ各地の伝説や昔話を集めたとても古い本。ほとんどは英語で書いてあったものの、何冊かはゲール語で書かれており、ケイは大学の言語学の先生に文法書や辞書を借りて古アイルランド語を勉強してそれらの本を読み、英語に翻訳することに。それらの本に書かれている物語は様々な国のものでしたが、どれも古代の石碑を巡る物語で、特に中心となっているのは<歌う石>と呼ばれるものでした。ケイはそれらの物語が自分の過去と何か関係があると考え、アイルランドへと自分のルーツを探す旅に出かけることを決意します。そして幻視の力で行くべき場所を知ったケイが、山の中の巨石(メガリス)へと辿り着き、石をいくつも積み重ねてある巨大なアーチをくぐった時… ケイは全く別の世界に来ていたのです。(「THE SINGING STONE」井辻朱美訳)

ケルトファンタジー第2弾。
ケイが辿り着いた先の世界は、トゥアハ・デ・ダナーン一族の支配するイニスフェイルの島。そこでアエーンという少女と出会い、<白き翁>フィンタン・トゥアン・マック・ケーレルに助けられながら、トゥアハ・デ・ダナーン族の古の4つの宝物を探すことになります。炎の山のまばゆきゴリアスで鍛えられた剣、冷たく白き雪の美しきフィンディアスの槍、海の輝きもてるマリアスの大釜、石の都フェイリアスの歌う石リア・フェイル。トゥアハ・デ・ダナーンの世は終わろうとしており、フォルモール族の女王・リアグ、ゲーディル族の王子・アマージン、フィルボルク族のカハル・マク・アモールなどが登場。この時代については歴史も神話もあいまいなため、O.R.メリングはその時期を紀元前1500年頃の青銅器時代に設定し、南スペインのロス・ミリャーレスのミレジア人がイニスフェイルに渡って来たことにしたのだそうです。
2000年も昔の世界に来てしまったケイは、いきなり冒険に巻き込まれることになるのですが、トゥアンの「螺旋とは、生命のシンボルじゃ」という言葉、そして三重の螺旋がダヌー女神のしるしだとある通り、ケイとアエーンの冒険は何重もの螺旋を感じさせるもので、まるで重厚なタペストリーを織り上げているようです。アエーンとアマージンとのことは予言もされているわけですが、予言のための予言ではなく、神話的な広がりが感じられるのがいいですね。ケイ自身、自分のルーツ探しも忘れてしまうほどの冒険の連続になってしまうのですが、最後には全てのルーツが見事に明かされているのがとても良かったです。終盤にマリーンの名が登場した時のトゥアンのマーリン評も、伝説をきちんと踏まえた発言で可笑しいですね。


「ドルイドの歌」講談社(2007年5月読了)★★★★

アイルランドのドゥルモール湖近くの田舎町のパブにやって来たのは、脇の下に小さな楽器を抱えているピーター・マーフィ。ピーターは、パッツィとエラの農場で住み込みで働くことになります。そしてそこにやって来たのは、パッツィのカナダの親戚の17歳のローズマリーと15歳のジミー。愛想のまるでないピーターの行動に興味を引かれた2人は、夜中に寝床を抜け出して、家の裏手の大きな丘に上っていくピーターを追いかけることに。しかし隠れてピーターの歌声を聞いているうちに、気を失って眠り込んでしまいます。目が覚めると、2人はまるで見覚えのない平原にいました。そこはメーヴ女王の支配する時代のアイルランド。ピーターはパーダル・ムルフーという名のドルイドになっていました。2人はメーヴ女王の息子のメイン王子に拾われ、あっさりとその時代の生活に溶け込むことに。(「THE DRUID'S TUNE」井辻朱美訳)

日本では3作目として訳されていますが、これがO.R.メリングの処女作。ケルトファンタジー第1弾。「歌う石」と同じく古代のアイルランドが舞台となっていますが、こちらの方が時代は少し新しくなります。トゥアハ・デ・ダナーン族神話の後の、アルスター神話の時代が舞台。コノハトの女王・メーヴとアルスター王国の「クーリーの牛捕り」の争いの時代であり、まさにアリル王とメーヴ女王がアルスターに侵入したところ。そして後にローズマリーと弟のジミーが出会う人物こそが、アルスター神話に語り継がれる英雄・クーフーリン。
ここで描かれるクーフーリンは、一旦流血の喜びに浸りこんでしまったら、敵を皆殺しにするまで戦いをやめない人物。しかし同時にとても17歳の少年らしい率直な魅力を持った人物でもあります。一度相手を信用すれば、とことん信用する人の良さもあり、邪気のない笑顔がとても魅力的ですね。ローズマリーと恋仲になるメインもいいのですが、母であるメーヴ女王に頭が上がらない状態なのが少し残念。相手がメーヴ女王ともあれば、これは仕方ないことなのかもしれませんが。
ただ、ドルイドであるパーダルによって2人の安全が保証されているところが少し興醒め。本来なら、コナハトからアルスターに乗り換える姉弟は非常に危険な状態になるはずなのに、メイン王子やファーガスの助け、パーダルの保証によってせっかくの緊迫感が和らいでしまったのではないでしょうか。


「夏の王」講談社(2007年5月読了)★★★★

双子の妹のオナーが死んで1年。ローレル・ブラックバーンは再びアイルランドの祖父母の家に来ていました。神話や伝説が好きで、妖精を信じていたオナー。オナーは日記に「彼ら」について、そして<七者>というグループについて、そしてミディールという人物について書いており、ローレルは何度も日記を読み返します。オナーはどうやら、何らかの使命を果たす人間に選ばれていたようなのです。スポーツが大好きで、直接的で実際的なローレルに対して、本が好きで、物静かに豊かな想像の世界に生きていたオナーは、そのことを決してローレルに話そうとはしませんでした。ローレルはオナーが亡くなったブレイ山の山頂へと登り、そこでオナーが「おきあがりこぼしくん」という渾名をつけていた妖精に出会います。その妖精はクラリコーン。クラリコーンはローレルの祖父母の家に再び現れ、オナーの代わりに、1週間後の夏至の前夜までに夏の王を探すという使命を果たして欲しいと言い出します。(「THE SUMMER KING」井辻朱美訳)

ケルトファンタジー第4弾。「妖精の月」の後の物語。
ローレルは牧師の息子イアン・グレイと共に、<アキルの年古りたワシ>ライーン、西方の<海の女王>グローニャウェイルの助けを借りて、夏の王を見つけ出し、かがり火に火を点すことになります。オナーの日記に登場する<七者>という言葉は、「妖精王の月」の7人なのでしょうね。その面々がきちんと出てこなかったのが残念ですが、ミディールやハートおばばなど「妖精王の月」の登場人物がちらちらと顔を覗かせます。
物語としては、「妖精王の月」同様、基本的には現代のアイルランドが舞台。2人の女の子が物語の核心となっているところも同じですが、フィンダファーを現実の世界に連れ戻そうとグウェンが奮闘する「妖精王の月」と違うところは、今回はフィンダファーの立場であるオナーが既に死んでいること。グウェンの位置にいるローレルが、もっとオナーの話を聞いていれば、もっとオナーを理解していればと後悔し、オナーを死なせたのは自分だと自分を責め続けるところ。これはローレルにとっては贖罪の旅なのですね。そして贖罪といえば、イアンも同様。2人とも深い喪失感を抱え、自分にはどうにも出来なかった部分を後悔し、責め続けているのです。
そしてこの作品のライーンの登場場面で、アイルランドの5つの祖とはアサローの鮭、ベアールの古き女、ベン・バラウバンの大ジカ・ブラックフット、水をつかさどる<白い貴婦人>、鳥の王にしてエーリ族のあるじ・ライーンだと出ているのですが、この5つの祖はいずれ出揃うのでしょうか。今回登場する<白い貴婦人>に関しても、もっとじっくりと読ませて欲しかったので、それが少し残念でした。


「光をはこぶ娘」講談社(2007年5月読了)★★★★

ダーナ・フウェイランは11歳で父親のゲイブリルと2人暮らし。母親はダーナが3歳の時いなくなって以来、行方が知れない状態。そんなある日、ゲイブリルにカナダでの仕事の話が入ります。それはトロント大学のケルト学の課程で音楽とアイルランドを教えるというもので、蹴るには惜しい金額。しかもゲイブリルはカナダ生まれのカナダ人。娘が年頃になるにつれて、父親1人では手に負えないと感じることが増えており、ゲイブリルはカナダにいる母や妹たちの手を借りたいと思っていたのです。そんなある日、ダーナの前に不思議な若者が現れます。その若者の口から出てきたのは、「緑ノ道ヲタドルガヨイ」という言葉。そしてダーナは彼女を待っているという女王に会うことに。それは妖精の女王・オナー。上王(ハイキング)がトーニシュタとなるウィックローの王に送る使者が国境のところではね返されて困っており、唯一接触できるはずのダーナに、ウィックローまで行って欲しいと言うのです。その見返りは、ダーナの心の奥底の願いを叶えてくれること。ダーナは母親のことを考えて、その任務を引き受けることに。(「THE LIGHT-BEARER'S DAUGHTER」井辻朱美訳)

ケルトファンタジー第5弾。
今回、主人公の年齢が下がることによって今まで以上に家族との絆がクローズアップされています。思春期を迎えようとしている娘、そんな娘を持った父親。それぞれの心の揺れも濃やかに描かれています。その辺りが、今までの恋愛色の強かった物語展開とは異なっていますし、今回は現代のアイルランドが抱える環境問題という、今までにない社会的な面も持った作品となっているのですね。この社会的な部分は今まで全くなかっただけに、少し違和感も感じましたが、ダーナからウィックローの王に伝えることになる、「影が王国を横切る。<敵>が立ちあがる。闇に橋をかける光はいずこに?」という謎めいた言葉が、最後になれば全てすっきりと分かるようになるこの展開は良かったです。
ゲイブリエルに仕事の口を世話したのはブラックバーン教授。おそらくオナーとローレルの父親なのでしょう。訳者あとがきによれば、次の舞台はカナダになるのだそうです。今までの登場人物たちが繋がりを見せる時がとうとう来たのかもしれませんね。話が一気に広がりそうでとても楽しみです。


「夢の書」上下 講談社(2007年7月読了)★★★★

グウェン・ウッズも22歳。教育関係の単科大学を卒業し、教師の口を探している真最中。そんなグウェンに、アイルランドのハートおばばからのメールが届きます。妖精国を大きな災いが襲おうとしており、その鍵となるのがダーナ・フウェイラン。しかしダーナは全く準備ができていないため、グウェンがダーナを命がけで守らなければならないというのです。ミュージシャンのフィンヴァラとフィンダファーは、アメリカ合衆国でツアー中のため留守。7者の他の面々がグウェンを助けると申し出ていました。しかしハートおばばは、決戦の舞台はカナダとなるので、カナダ人がやらなければいけないと主張します。グウェンはローレル・ブラックバーンを訪ねて、一緒に戦って欲しいと訴えることに。しかしローレルは、もう妖精国とは係わり合いになりたくないと考えていたのです。(「THE BOOK OF DREAMS」井辻朱美訳)

ケルトファンタジー第6弾。
「妖精王の月」「夏の王」「光をはこぶ娘」の3冊の物語がここに1つにまとまります。カナダの歴史を辿るダーナの旅は楽しかったですし、特に「聖ブランダンの航海」が登場するとは思っていなかったので、これは嬉しい驚き。ダーナの継母に当たるアラダーナは相変わらず魅力的ですし、ダーナのボーイフレンドとなるジャンや、叔母のイヴォンヌとディアドレもいいですね。妖精が存在するのはアイルランドだけでなく、移民と共にカナダにやってきたという概念もとても面白かったです。
ただ上下巻と長い分、どうしても冗長に感じられてしまう部分があります。それに<7者>が結局ほとんど登場しなかったのがとても残念。グウェンはともかく、フィンダファーとフィンヴァラも、ダーラもハートおばばもケイティもマティーも、ほんの顔見世程度の登場なのです。今回はカナダが舞台ということで、カナダの人間がやらねばならなかったという前提は分かるのですが、それでももう少し<7者>には登場して欲しかったところ。結局、物語の展開としては、これまでと同じパターンなのですね。今回、舞台がカナダに移るだけに、「妖精王の月」「夏の王」「光をはこぶ娘」の3冊、あるいはそれ以外の作品の分まで人間関係が広がり、世界が広がるのではないかと期待していただけに、とても残念でした。3つの物語の完結編となるのならば、もう少しそれらの物語の積み重ねを感じられる物語が読みたかったと思ってしまいます。

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