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このページは、トーマス・マンの本の感想のページです。

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「ヴェニスに死す」岩波文庫(2009年7月読了)★★★★★

5月のはじめ、かなり遠くまで散歩に出かけた初老の作家・グスタアフ・フォン・アッシェンバッハは、ふいの旅行欲に襲われて、ヴェニスに向かうことに。ヴェニスで出会ったのは、ポーランド人らしい一家。その中でも14歳ぐらいの美しい少年に,アッシェンバッハは目を奪われます。蒼白な肌に蜜色の巻き毛、まっすぐとおった鼻とかわいい口、やさしい神々しいまじめさを浮かべている顔... アッシェンバッハはどこに行くにしても、彼の姿を目で追い求めるようになり、じきに少年の後を追い、つけまわすようになります。(「DER TOD IN VENEDIG」実吉捷郎訳)

最初は、簡単に入り込むのを拒絶するかのような、まるで気軽に読み解かれるのを拒否するかのような長い文章が続いていきます。しかしそれが第3章でヴェニスに到着した頃から、徐々に変わり始めるのです。長く装飾的だったはずの文章は、短くなり、歯切れが良くなり、みるみるうちに読みやすくなってゆきます。これはおそらくアッシェンバッハの精神的な変化を表したものでもあるのでしょうね。そしてやはり素晴らしいのは、このヴェニスに到着した後の物語。
物語の展開としては、老作家がタッジオと呼ばれる少年に出会い、その存在に心を奪われ、次第に夢中になり... というだけのもの。アッシェンバッハは少年を付け回してはいますが、2人の間にあるのは、老作家の執拗な視線のみ。特に得るものがある恋ではありませんし、具体的な接触もありません。しかしこの出会いによって老作家の世界がどれほど変わったことか。執拗な視線に気づかされた少年は、薄気味悪さを感じたかもしれませんし、周囲にいる人間にとっても、それは滑稽で奇異な光景だったかもしれません。しかし老作家の心はこの恋によって純化し、非常に美しいものへと昇華していくのです。
結果的にこの恋が連れてきたのは死。しかしたとえ少年が死の天使であり、結果的に老作家の旅は死の天使に搦め捕られるためのようなものだったとしても、それは彼にとって最高に美しく幸せな日々だったはず。そんな純粋な日々が愛おしく感じられます。
ただ、気になるのは訳。解説に訳の素晴らしさについて触れられてましたが、おそらく元々は旧字・旧仮名遣いだったのでしょうし、それで読まないと、その素晴らしさは堪能しきれないのではないかと…。少し惜しい気もしますね。

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