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このページは、アリステア・マクラウドの本の感想のページです。

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「灰色の輝ける贈り物」新潮クレスト・ブックス(2006年3月読了)★★★★★

【船】…今でも時々、朝の4時に目を覚まして、寝過ごしたかと不安になる「私」。しかしそこには既に船はないのです。物心ついた頃から傍にあった船、そして家族の思い出。
【広大な闇】…1960年6月28日はジェームズの18歳の誕生日であり、自分で決めた解放の日。生まれ育ったケープ・ブレトンの煤で覆われた炭坑町を出て行く日なのです。
【灰色の輝ける贈り物】…朝8時前に家を出たきり、家に帰っていないジェシー。それまではいつも11時半までに帰宅していたジェシーは、12時になってもビリヤードをしていました。
【帰郷】…モントリオールに住んでいるアレックスは、両親と一緒に列車でノヴァ・スコシアの東の端に向かう列車に乗っていました。ケープ・ブレトンの祖父の家に行くのです。
【秋に】…海と炭坑の町の中間の小さい農場に住んでいる「僕」の一家。父は夏は自分の農場で働き、冬は炭坑の中で働く生活。母は冬の前に馬を売ろうと考えていました。
【失われた血の塩の贈り物】…4000キロもの旅をしてきた「私」は、現地の少年たちの中の1人ジョンの家へ。老人に夕食に誘われ入った家の中で、老婦人が一瞬敵意を見せます。
【ランキンズ岬への道】…1970年代半ばの7月、26歳のキャラムは車で祖母の家へと向かっていました。その日は、1人暮らしの祖母をどうするか、一族が集まってくる日なのです。
【夏の終わり】…8月の終わり。炭坑夫たちは、次の仕事までの間、正真正銘の密造ウィスキーを手に、ケープ・ブレトンの西海岸で寝そべっていました。(「THE GOLDEN GIFT OF GREY/ISLAND」中野恵津子訳)

作者の生まれ育ったというカナダのケープ・ブレトンが舞台となった短編集。31年間に及ぶ作家生活で、わずか1編の長編と16作の短編しか発表しなかったという寡作な作家。この「灰色の輝ける贈り物」には、「Island」という短編集に収められた前半の8作品が収められています。
ケープ・ブレトンは、「赤毛のアン」のプリンス・エドワード島の東隣という島。自然環境という意味では、「赤毛のアン」とそれほど変わらないのではないかと思うのですが、そちらからは想像がつかないほど厳しい自然が描かれています。人間を拒否しているとしか思えないほど厳しく、陰鬱さまで感じさせられてしまう自然描写。「赤毛のアン」が、まるで夢物語のように感じられてしまうほどです。そしてその地に根ざしている祖父母や両親たちの逞しい生活力。「生」の持つ強い力を感じますし、そこには必然的に「性」も存在し、ありのままに描かれていきます。その根底にあるのは、かつて故郷を追われた先祖たちの孤独と悲哀でしょうか。ゲール語訛りの言葉に、かつての故郷が垣間見えるようです。そしてそのようにして人生を全うしようとしている親や祖父母とは対照的なのが、彼らを冷静に見つめる子供たちの目。親たちがどれほど努力しようとも、子供たちはそこから抜け出そうとしていくのですね。確実に時代が移り変わっていくのが感じられて切ないです。おそらく悲惨だったスコットランド時代の生々しさも、あっという間に薄れていってしまうのでしょう。そしてそれらが淡々と書かれているだけに、逆に深く豊かに感じられるようです。
炭坑夫の息子として育ち、子供の頃から勉強や読書が好きだったというマクラウドは、「船」の「私」のような存在だったのでしょうか。この8編の中で特に好きなのは、「ランキンズ岬への道」。表題作の「灰色の輝ける贈り物」も良かったです。


「冬の犬」新潮クレスト・ブックス(2009年2月読了)★★★★★

【すべてのものに季節がある】…1977年「私」が11歳のクリスマス。13歳と15歳の姉たちは大人になり、6歳の双子と2歳の弟たちはサンタクロースを信じていました。そして19歳の兄が帰宅。
【二度目の春】…「私」が子牛クラブの夢に熱中したのは、7年生の夏のこと。学校に精力的な新しい農業研究員が訪れて子牛クラブを設立したのです。「私」もモーラグで参加することに。
【冬の犬】…子供たちがコリーみたいな犬と遊んでいるのを見て、12歳の時に父親が買った犬を思い出す「私」。家では家畜用の働き者の若い犬を必要としていたのです。
【完璧なる調和】…その年の4月半ばに78歳だった「彼」は、また一冬生き延びたと考えていました。若い時に自分で建てた山頂近くの家に1人で暮らしている彼は、若い頃のことを思い出します。
【鳥が太陽を運んでくるように】…昔海のそばに住んでいた男は、以前飼っていたクーモールグラスという大型犬のスタッグハウンドと再会した時に、その子供たちにずたずたに引き裂かれることに。
【幻影】…ロブスター漁の最終日。「私」は父に言われて自宅用のロブスターを別の紙袋に移し、父は11歳だった頃、双子の弟のアンガス叔父さんとカンナに行った時のことを話し始めます。
【島】…一日中雨で、もうすぐ霰になりそうな日。「彼女」は窓の外のティル・モール(本島)を眺めます。彼女は島で生まれた初めての子供でしたが、その時のことを知る人間も既にいないのです。
【クリアランス】…昔、妻と飼っていた羊の毛から作った毛布を犬に引っ張られて目を覚ました「彼」は、妻と共にプリンス・エドワード島へ行った時のことや妻が亡くなった時のことを思い出します。(「WINTER DOG」中野恵津子訳)

「灰色の輝ける贈り物」と同じく、カナダのケープ・ブレトン島が舞台となっている短編集。どうやら「Island」という短編集に収められた後半の8編のようですね。
前半の8編と同じく、とても静かなのがまず印象に残ります。静謐で、しかし生きる力に満ちた物語。この生きる力は、時には激しいと言えるほどでもあります。そして死。その背景に見えるのは厳しすぎるほど厳しい自然の姿。やはり「赤毛のアン」のプリンス・エドワード島との違いをは大きいですね。それほど気候的には違わないはずなのに、生き生きとした躍動感あふれる生活が描かれている「赤毛のアン」とは対照的な静かで孤独に満ちた生活、あるいは賑やかながらも貧しい生活。「赤毛のアン」が穏やかな春から初夏にかけてのイメージだとすれば、こちらは厳寒の冬のイメージ。
どれも違う家族のことを描いているのですが、ほとんど個人の名前が登場しないこともあり、その全てが1つの家族のまた別の物語ような感覚。もちろんアリステア・マクラウドもその家族に含まれている1人なのでしょう。故郷スコットランドのハイランドやゲール語の存在が根底にあり、故郷を離れなければならなかった深い悲哀を漂わせながらも、同時に時の流れを感じさせます。


「彼方なる上に耳を澄ませよ」新潮クレスト・ブックス(2009年2月読了)★★★★★

1779年、55歳でスコットランドのモイダートから新世界へと渡っていった男がいました。それはキャラム・ムーア。ケープ・ブレトンに行けば土地が手に入るというゲール語の手紙を受け取っていたのです。航海中に妻は病死するものの、12人の子供たちと長女の夫、そして犬は無事に新大陸に辿りつきます。そして「赤毛のキャラムの子供たち」と呼ばれる子孫たちが徐々に広がっていくことに。そしてその曾孫のさらに孫の時代。今は矯正歯科医をしているアレグザンダーは、かつては誇り高い炭鉱夫だったのに今は酒に溺れる兄・キャラムを週に一度訪ねるのを習慣にしていました。(「NO GREAT MISCHIEF」中野恵津子訳)

寡黙な作家・アリステア・マクラウド唯一の長編。
スコットランドからカナダへとやって来たキャラム・ムーアとその子供たち。そして幾世代を経てもそれと分かる「クロウン・キャラム・ムーア(赤毛のキャラムの子供たち)」。語り手となっているのは、幼い頃からの思い出を懐かしさとかすかな痛みと共に思い出し、現在のことに思いを馳せ、一族の誇り高さと絆の強さを再確認するアレグザンダー。読んでいると、まさに「血は水より濃し」だと感じさせられられる場面がとても多いです。それでも祖父母の世代ほどゲールを使わなくなっているように、今は矯正歯科医として裕福な生活を送る彼にはかつて「ギラ・ベク・ルーア(小さな赤毛の男の子)」と呼ばれた頃の面影はあまり残っていないように、妹のカトリーナもまた一族とは関係ない石油関係の技術者である夫と共に裕福な暮らしを送っているように、ハイランダーとしての彼らは失われつつあるのですが…。一族のルーツとその広がりを描くことによって、キャラム家の持つ底力と言えそうな強さや、歓び、哀しみが滲み出してくるようです。何度か登場する犬のエピソードのような、情が深く真っ直ぐながらも不器用なその生き様は、彼らの人間としての基本とでも言えそうなもの。この物語は、大きな出来事も小さな出来事も積み重ねて生きてきた彼らの一大叙事詩となっています。そして低く流れ続けているのは、彼らが歌うゲール語の歌。
読んでいて一番印象に残ったのは、スコットランドからカナダへと向かう彼らを追いかけてきた犬の話。それから一働きしてくれた馬に燕麦をやる話。そして読んでいて好きだったのは、まるで正反対の気質を持つ父方の祖父と母方の祖父のエピソード。読み終えてみると、様々なエピソードがその情景と共に脳裏に刻み込まれているのを感じます。短編集の方が読みやすいのでは、と思いながら読んでいたのですが、読んでいる間に思っていた以上にそれぞれの情景が心の中に食い込んでいたようです。これがアリステア・マクラウドの底力なのですね。

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