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このページは、モーリス・ルブランの本の感想のページです。

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「怪盗紳士ルパン」ハヤカワ文庫HM(2005年12月再読)★★★★★

【アルセーヌ・ルパンの逮捕】…大西洋航路を行く定期客船・プロヴァンス号にアルセーヌ・ルパンが一等船客として乗っているという無線電信が入ります。
【獄中のアルセーヌ・ルパン】…セーヌ川の真ん中の岩に毅然として立つ奇怪な古城マラキに住むナタン・カオルン男爵に、獄中にいるはずのルパンから泥棒の予告状が届きます。
【アルセーヌ・ルパンの脱獄】…ルパンが予告した脱獄を恐れて、デュドゥイ警部の部下が床のタイルをはがしたりベッドを分解し、警部は葉巻の間から薄い紙片を見つけ出します。
【謎の旅行者】…パリから乗ったルーアン行きの特急のコンパートメントで1人の女性客を乗り合わせた「ぼく」は、列車にルパンが乗っていると聞き驚きます。
【王妃の首飾り】…ドルー=スビーズ伯爵夫人のマリー=アントワネットの首飾りが、伯爵が仕舞った寝室の隣の納戸から消えうせているのが翌朝発見されます。
【ハートの7】…「わたし」がルパンと知り合い、その冒険譚を伝えるようになったのは、「わたし」が偶然その事件の1つに巻き込まれたことからでした。
【アンベール夫人の金庫】…ルパンの名前がまだ世の中に全く知られていなかった頃の物語。ルパンは足がかりを求めて、アンベール氏と知り合うための芝居を打ちます。
【黒真珠】…アンディロ伯爵夫人の持つ見事な黒真珠を盗みに入ったルパンは、夫人が殺されているのを発見します。しかし殺人犯と思われた召使は無罪放免となり…。
【遅かりしシャーロック・ホームズ】…銀行家のジョルジュ・ドヴァンヌに、ルパンにそっくりだと指摘された高名な画家のヴェルモン。なんとその翌日、シャーロック・ホームズがドヴァンヌの住むティベルメニル城に招かれているというのです。(「ARSENE LUPIN GENTLEMAN-CAMBRIOLEUR」平岡敦訳)

ルパンのシリーズは、子供の頃にポプラ社から出ていた南洋一郎氏訳の全集を読んで以来です。一度、新潮社から出ている堀口大學氏訳のルパンシリーズを読もうとしたのですが、ルパンが自分のことを「わし」と言うこと、そして訳文がいささか古く感じられて読めず、創元推理文庫から出ているルパンは「リュパン」という表記から馴染めなかったという経緯もあるのですが、今回読んだ平岡敦さんの訳は非常に読みやすくて良かったです。子供の頃のわくわくした気持ちが蘇ってくるような訳文でした。
ルパンといえば、ピカレスクロマンの元祖とも言える人物。しかし泥棒とはいえ、ミステリの謎解き的要素を持つ作品も多い中で、ここに収められている9編は、そのルパンの活躍の中でも純粋に泥棒としてのルパンを楽しむことができるものばかり。2005年の今年はルパン誕生100周年記念に当たるそうなのですが、今読んでも100年前の作品とは思えないほど楽しかったです。子供の頃に読んだ時も、いきなりルパンが逮捕されて驚いた覚えがありますが、最初の4編と「遅かりしシャーロック・ホームズ」では、宿敵ガニマール警部とのやり取りに始まり、まさかの逮捕、そして脱獄とその後が描かれて、同時にルパンのロマンスも楽しむことができます。シャーロック・ホームズとの邂逅もこれが最初。「王妃の首飾り」ではルパンの生い立ちが、「ハートの7」では「わたし」がルパンの冒険譚を伝えるきっかけとなった物語が、そして「アンベール夫人の金庫」では無名時代のルパンが、「黒真珠」では裏をかかれたルパンの名推理ぶりが描かれ、この1冊だけでも、ルパンの様々な面がぎっしりと詰まった1冊となっていると思います。


「カリオストロ伯爵夫人」ハヤカワ文庫HM(2005年12月再読)★★★★★

3ヶ月前に南フランスで出会った時から相思相愛の仲だったラウール・ダンドレジーと、デティグ男爵の1人娘・クラリス。ダンドレジーは子爵の家柄ながらも、ラウールは数週間前にクラリスと結婚させて欲しいと男爵に願い出ていましたが、逆に罵詈雑言を浴びせられていました。そのラウールが、午前3時に男爵の家に忍び込み、男爵のライティング・デスクの中から秘密の手紙を見つけ出します。そしてラウールは、男爵が仲間たちと行う会議の場にも忍び込むことに。その会議では、カリオストロ伯爵夫人・ジョゼフィーヌ・バルサモが連れて来られ、男爵の仲間を殺したと糾弾されていました。カリオストロ伯爵夫人は、普仏戦争のどさくさで失われた秘宝を見つけるためのカリオストロ伯爵が残した謎を解くために、男爵の仲間のボーマニャンとしのぎを削っていたのです。(「LA COMTESSE DE CAGLIOSTRO」平岡敦訳)

20歳の頃のアルセーヌ・ルパンの物語。いわばルパンの最初の大仕事の物語。しかし「怪盗紳士ルパン」の中に収められた「アンベール夫人の金庫」では、「将来の栄光を約束されたこの名前は、アンベール氏を助けた恩人のために作り出されたものだった」とあり、ルパンが自分で考えた名前のように書かれていますし、「王妃の首飾り」では、子供時代のルパンがラウール・ダンドレジーという名前で登場しています。しかしこの作品では、亡き父から譲り受けた本名であるように書かれています。ダンドレジーの名前は、母の結婚前の名前。
恋多きルパンの面影はこの作品からも見ることができます。ルパンは清純な男爵令嬢クラリスに惹かれながらも、妖艶な美女・カリオストロ夫人にも心を奪われるという惚れっぽさは、いかにもルパンらしいところですね。しかしクラリスを一度は泣かせつつも、後半で危機に陥ったクラリスを何とか救い出そうとするところもまた、ルパンらしいところ。まだまだ若いだけに、百戦錬磨といった感のあるカリオストロ夫人にまんまとしてやられる場面もあるのですが、その詰めの甘い部分も含めて魅力的。
肝心のカリオストロ伯爵夫人が今ひとつ魅力的に感じられず、伯爵夫人のルパンに対する思いにも今ひとつ信憑性を感じられなかったのが少し残念でしたが、何十年何百年経っても年を取らないカリオストロ夫人の謎、そして隠された宝物の謎が、好敵手同士のスポーツの試合のような競争に絡んで描かれていて面白かったです。


「奇岩城」ハヤカワ文庫HM(2006年6月再読)★★

明け方の4時頃、ジェーヴル伯爵の屋敷に何者かが侵入します。居間の物音に気づいて起き出した伯爵の姪・レイモンド・ド・サン=ヴェランと伯爵令嬢シュザンヌは、外を何者かが大荷物を抱えて歩いていくのを目撃。居間に駆けつけると、2人の目の前を、角灯を持った男がいました。男がバルコニーから姿を消し、2人が居間の隣の伯爵の部屋に駆け込むと、そこには気を失った伯爵と、ナイフで刺された伯爵の秘書・ジャン・ダヴァルが折り重なって倒れている姿が。レイモンドは咄嗟にバルコニーへと向かい、逃げていく男を銃で撃ちます。銃弾は見事男に命中。しかし屋敷の召使たちが追っても、男をつかまえることはできなかったのです。男が倒れた場所には血痕もなく、ただあったのは茶色い革のハンチング帽のみ。通報を受けた憲兵隊は、すぐに現場に急行します。(「L'AIGUILLE CREUSE」平岡敦訳)

子供の頃に愛読したルパンシリーズの中でも、特に面白かった覚えのある「奇岩城」。子供の頃何度か読んでいたとはいえ、それ以来全く読み返す機会もなく、今回読むのは本当に久しぶりです。話の展開もほとんど覚えていなかったので、新鮮な気持ちで読めました。が、改めて今読んでみると、正直あまり面白くなくてびっくり。同じくハヤカワ文庫HMから出た「怪盗紳士ルパン」や「カリオストロ伯爵夫人」に比べて、かなり落ちるように感じられてしまいました。
ルパンやガニマール主任警部はもちろんのこと、高校生探偵・イジドール・ボードルレ、シャーロック・ホームズも登場して豪華キャストですし、奇妙な暗号がフランスの王室に伝わる秘宝に繋がるという探偵小説的・歴史的な興味もあるはずなのですが… どうもルパンの器が妙に小さく見えてしまいます。ルパンには怪盗紳士らしくもっと泰然と構えていて欲しいのに、ボードルレ少年にやりこめられて、あたふたとしてしまうからなのでしょうか。それとも行動が実際に小さいのでしょうか。特に前半部分のボードルレ少年とのやり取りにはがっかり。この作品に関しては、ボードルレ少年の方が遥かに魅力的ですね。


「水晶の栓」ハヤカワ文庫HM(2007年7月再読)★★★★

手下のジルベールとヴォシュレーが下調べをしてルパンが押し入ったのは、代議士のドーブレックの住むマリー=テレーズ荘。しかし無人のはずの別荘には、召使のレオナールが残っていたのです。2人はレオナールを縛り上げるものの、レオナールは縛られた縄を解いて警察に電話をかけてしまい、ヴォシュレーは思わずレオナールを殺してしまいます。そして駆けつけた警察に、ジルベールとヴォシュレーは殺人容疑で逮捕されることに。2人を必ず助け出すと誓うルパン。しかし逮捕される寸前にジルベールから渡された水晶の栓は、ルパンが置いた隠れ家の暖炉の上から、少し目を離した隙に消えていたのです。(「LE BOUCHON DE CRISTAL」平岡敦訳)

ルパンといえば、常に自信たっぷり相手を煙に巻き、手玉に取るというイメージがありますが、この作品のルパンはいつもとは逆の立場になってしまう場面が多いのですね。代議士のドーブレックは相当の好敵手だったようで、ルパンが手下を助けようと打つ手はことごとく裏をかかれ、巧みな変装は見破られ、いつもは自分が言うような、相手をからかったりもてあそんだりするような台詞も、今回は全て相手に取られてしまいます。しかも何度も思わせぶりに登場する「水晶の栓」が、何の意味を持つかも、なぜ手に入れるたびに消えうせてしまうのか、まるで分からないままなのです。結局、ルパンがクラリスから話を聞くまでは、ルパン自身も読者も事情が分からない状態。そして事情が分かってからは、2人の手下がギロチン台にかかる日が刻々と近づき、最後はルパンが勝つと分かっていても、手に汗を握ります。
新訳のシリーズのルパンの言動にはどうも軽薄な印象があり、子供の頃に思い描いていたようなスマートで上品な紳士には感じられないのですが、特にこの作品では敵に翻弄され続けることになり、ルパンはあまり格好良くありません… が、この緊迫感だけは、いつ読んでも変わらないですね。

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