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このページは、ヤスミナ・カドラの本の感想のページです。

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「カブールの燕たち」ハヤカワepiブック・プラネット(2009年4月読了)★★★★

タリバン政権下に入ってからは、戦場と砂漠と墓地でしかなくなってしまったアフガニスタンの中でも、特に残骸と化している首都カブール。このカブールに住む42歳のアティク・シャウカトは、刑務所の看守。夜は死刑囚を監視し、昼は彼らを死刑執行人に引き渡すという仕事。疲れ果てて家に帰れば、妻は重い病気。既に医師にも見放されており、今は自宅で死を待つ身。話を聞いたアティクの幼馴染友人・ミルザ・シャフは、妻を離縁すればいいと言い放ちます。しかしアティクの妻は天涯孤独であり、20年も一緒に連れ添ってきた仲。しかも命の恩人なのです。(「LES HIRONDELLES DE KABOUL」香川由利子訳)

アフガニスタンが舞台の物語。アフガニスタンが舞台といえば、丁度1年ほど前に読んだカーレド・ホッセイニの「君のためなら千回でも」もそうでした。そちらはタリバンに踏みにじられる前の平和な時代も描いていましたが、こちらは完全にクーデター後の物語。人々の心は既に荒みきっています。極限状態にあり、ほんの小さなきっかけが集団ヒステリーへと繋がりそう。公開処刑は、そんな彼らの鬱屈を発散させる手段なのでしょうか。教養のある善良な青年までもが思わず売春婦の公開処刑に加わり、投げた石が頭に当たって血が流れるのを見て喜びを感じてしまう場面に胸が痛くなります。しかしとても良かった「君のためなら千回でも」と比べると、こちらは物語としてどこか決定的に物足りないものを感じてしまうのも事実。描きようによってはいい作品になる素質を秘めているのに、作りこみ不足なために、まだ小説として昇華されきっていないような印象があります。
それでも衝撃と言えるほど印象に残ったのは、イスラム社会の夫婦関係でした。幼馴染の友人のミルザと話してる時は、妻を捨てるつもりはないと言い切り、友人に呆れられているアティクなのですが、いざ家に帰ってみると態度が豹変。病気をおして起きだし、家を片付け、食事を作る妻に一言のねぎらいの言葉もないどころか、逆に責めるだけとは。何もかも、悪いのは全て妻なのでしょうか。このあくまでも自分中心の思考回路、この亭主関白ぶりは凄すぎます。ミルザとの会話は何だったのでしょう。届けさせたメロンは…。なんだか騙されたような気がしてしまうほどです。これまでイスラム関係の本も色々読みましたが、ここまでの夫婦関係が描かれてるのは初めて。もちろんこれが全てではないでしょうけれど、これはかなりの部分で真実なのかもしれないですね。結局のところ、亭主関白に見える夫たちは、自分に甘く、妻に甘えているだけのような気もしますが...。


「テロル」ハヤカワepiブック・プラネット(2009年4月読了)★★★★★

アミーン・ジャアファリは、ベドウィン(アラブ系遊牧民)出身でありながらイスラエルに帰化し、テルアビブの瀟洒な家で最愛の妻・シヘムと共に裕福で幸せな生活を送る外科医。しかしその幸せな生活は突然終わりを告げます。病院近くで自爆テロが起き、怪我人たちの世話に追われてようやく帰宅したアミーンを待っていたのは、19人の犠牲者が出たその自爆テロの首謀者が妻のシヘムだという知らせでした。シヘムが妊婦を装って腹に爆弾を抱えて自爆したのを確かに目撃していたという人物がいたのです。呆然とするアミーン。なぜシヘムが幸せな生活を捨ててそのようなことをしなければならなかったのか…。自らの容疑がようやく晴れたアミーンは、学生時代からの友人・キムの助けを借りて、妻の行動について調べ始めます。(「L'ATTENTAT」藤本優子)

幸せな人生だと思い込んでいたアミーン・ジャアファリの土台が崩れ落ちる一瞬。その崩落感が見事に表現されている作品。よく知っているはずの自分の夫や妻が、実はまるで知らない面を持っていた、という物語は他にもありますが、ここでは単に夫婦間の問題だけでなく、民族的・政治的・宗教的問題も絡まりあって話はさらに複雑です。しかも自爆テロというのはやはり強烈。妊婦の姿をして爆弾を抱え、自爆するなど、余程のことがない限りしない行動。幸せにしたつもりの妻にそのようなことをされるだけでも相当の衝撃ですし、幸せにしたつもりでいて、妻のことを何も理解していなかったことを思い知らされることになります。幸せにしたと思っていたことが、自己満足に過ぎなかったということ。結局のところ、自分の見たいものしか見ていなかったということ。
イスラエルに帰化したアラブ人、という設定が、日本人である私には今ひとつ掴みきれていないのではないかと思うのですが、「カブールの燕たち」とは段違いに良かったです。こちらは小説として見事に昇華されていると思います。

P.242「あんたはひたすら彼女を幸せにしようとするあまり、彼女の幸福に影を落とすかもしれないものの存在を認めることさえ拒んでいた」
P.259「まずは、神さまを解放することです。もう長いこと、偏狭な信心に監禁されていますからね」

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