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このページは、ナンシー・ヒューストンの本の感想のページです。

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「天使の記憶」新潮クレスト・ブックス(2007年10月読了)★★★★★

1957年5月のパリ。フルート奏者のラファエル・ルパージュのアパートを訪れたのは、ドイツからパリにやって来たばかりの20歳のサフィー。ラファエルがフィガロ紙に出した家政婦募集の広告を見てやって来たのです。そして会った途端、サフィーの現実に対する無関心な態度に魅了されるラファエル。誰に対しても、まるで抵抗する意思を見せないサフィーは、ラファエルのプロポーズを受け入れて、翌6月には2人は結婚。しかし1人息子であるエミールを生んでも尚、サフィーの現実に対する無関心さには変化がなかったのです。そんなある日、ラファエロのバス・フルートを修理に持って行ったサフィーは、そこで出会った楽器職人のアンドラーシュと突然激しい恋に落ちてしまい…。(「L'EMPREINTE DE L'ANGE」横川晶子訳)

第二次世界大戦が終結して12年という、まだまだ戦争の傷の生々しい時代に、出会うことになった3人の男女の物語。ラファエルは、父親をドイツ人のせいで亡くしたフランス人。ハンガリー系ユダヤ人であるアンドラーシュもまた、多くの血縁をナチスのせいで失っています。そしてドイツ人のサフィーの父は、ナチスの協力者。それだけでも、問答無用に憎みあう条件は十分。しかもサフィーは母と共にロシア人兵士に陵辱され、そのために母を失い、彼女にとってロシアに代表される共産主義者は忌み嫌うべき存在だというのに、アンドラーシュはアルジェリア戦争を支持す共産主義者なのです。この物語が展開しているシャルル・ドゴール時代、かつてドイツにやられたことを繰り替えすように、フランスはアルジェリア人を大量に虐殺しています。単に男女の愛の物語とはいえ、本来なら憎み合ってもおかしくない3人ですが、それぞれが自分の生まれ育った国やその歴史を背負っている以上、相手に惹かれるということは、その背景をも受け入れるということに他ならないのですね。
しかしそんな重い愛が描かれていながらも、同時にとても静かで透明感のある作品でした。そしてとても映像的。特にサフィーがアンドラーシュに恋した後は、それまでのモノクロームな画面がいきなりフルカラーに変わってしまったような鮮やかさがありました。いそいそと乳母車を押して楽器工房へと向かうサフィーの姿、アンドラーシュと散歩をするサフィーの姿などがとても鮮やかに印象に残ります。そしてそんな情景の向こうからは、ラファエルの奏でるフルートの音色や、アンドラーシュの工房での音楽が聞こえてくるようで、非常に美しいのです。
ちなみに原題は、「天使の刻印」という意味。作中でもアンドラーシュによって語られるのですが、ユダヤ人には赤ん坊が生まれる時に天使が鼻と唇の間に指をおいて天国での記憶を消し去るという伝承があるのだそうです。だから赤ん坊は純粋で無垢なまま地上に生れ落ちるのだとか…。そんな風に無垢に生まれついたはずの人間がいつの間に無垢でなくなってしまうのかというサフィーの言葉がとても印象に残りました。

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