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このページは、エリック・フォスネス・ハンセンの本の感想のページです。

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「旅の終わりの音楽」上下 新潮文庫(2007年5月読了)★★★★★

1912年4月10日。世界最大の客船・タイタニックが出航することになり、楽師として雇われた7人も乗船。バンドマスターはジェイソン・カワード。何度も楽師として船に乗り込んだ経験を持つ30台半ばの男。その一番の仲間は、ロシア人バイオリニスト・アレキサンダー・ビエズニコフ。そしてにこやかで穏やかなビオラ奏者のジム・リール、本好きの伊達男、チェロ奏者のジョルジュ・ドネール、中流階級の教師のような雰囲気を持つピアニストのスポット・ハウプトマン、急遽ベース担当として呼ばれた老イタリア人・ペトロニウス・ウィット、ウィーンから出てきたばかりの17歳、第二バイオリン担当のダヴィット・ブライエルンシュテルンという面々でした。(「PSALM AT JOURNEY'S END」村松潔訳)

タイタニック号では、沈没する最後の最後の瞬間まで楽団員が演奏をし続けたのだそうです。その楽団員たちを描いた物語。とは言っても、ここに描かれているのは、実際にタイタニック号に乗っていた楽師たちではなく、エリック・フォスネス・ハンセンの創作した人物たち。タイタニック号の細部や航海の様子、その船長といった部分は忠実に描かれているのですが、楽師たちに関してはフィクションとして自由に創りあげたのだそうです。
7人の楽団員たちは生まれた国も育ちもバラバラ。そしてここでは7人のうちジェイソン、アレックス、スポット、ペトロニウス、ダヴィットという5人について、1人ずつ焦点を当てて描き出されていきます。医師の父とバイオリンが上手な母の間に生まれ、幸せな子供時代を送っていたジェイソンは、15歳の時に両親を亡くし、人生が一変してしまいます。弟のガヴリックに宛てて、他人の奴隷になることの恐ろしさを書き綴るアレックス。かつては素晴らしい才能に恵まれた神童としてもてはやされていたのに、苦悩に満ちた少年時代を送ったスポット。初恋が幸せな恋愛に、しかしじきに三角関係となり、悲惨な結末を迎えることになったダヴィット。イタリアの田舎で生まれ、子供の頃に人形劇に魅せられたペトロニウス。その共通点は、人生の始まった時点ではとても幸せだったはずなのに、いつの間にか転落、彼らを取り囲む全てが崩壊していったということ。堕ちたきっかけは人それぞれでも、それぞれ見事なほど深淵へと堕ちていくのです。そしてタイタニック号のような豪華客船ではあっても、船の楽師というものは決して高い地位ではなく、むしろ吹き溜まりと言っていい状態。彼らの破滅の総仕上げがタイタニック号の沈没と重なり、それがまるで古き良き時代の終焉を暗示しているようで、何ともいえません。
タイタニック号が舞台ではありますが、船の場面はそれほど多くありませんし、重要でもありません。船が氷山にぶつかってから沈没するまでがあまりにあっさりしていて、逆に驚かされたほど。これは船の事故そのものよりも、タイタニック号を通して見えてくる各個人の現在と過去を描いた作品なのですね。その中でも、ジェイソンの父が語る、この宇宙に存在する壮大な音楽について、バイオリンの弦を使ったケプラーの法則の実験で惑星の天空の音楽を聞く場面がとても素敵です。そして人物的には、スポットに惹かれました。ただ、ここで語られているのは7人の楽師のうち5人。あとの2人、ジョルジュとジムはどうだったのでしょうね。ジョルジュがモンマルトルに例えて語ったギリシャ神話が面白かっただけに、彼ら2人についても知りたかったところなのですが、7人が7人とも破滅の人生を送っているということになると出来すぎの感もあるので、これが妥当なところなのでしょうか。ハンセンがどう考えていたのか知りたいところです。

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