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このページは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの本の感想のページです。

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「伝奇集」岩波文庫(2009年7月読了)★★★★★

ウクバールを発見したきっかけは、1枚の鏡と1冊の百科事典。5年前、ビオイ=カサレスと夕食後の議論をしていた時、廊下の遠い奥から鏡が2人をうかがっていること、鏡には妖怪めいたものがあることに気づいた2人。そしてビオイ=カサレスはアングロ・アメリカ百科事典のウクバールの項にのっている異端の教祖の言葉を思い出します。しかし2人がいる家具付きの別荘にもこの事典が1セット置かれていたにもかかわらず、ウクバールに関する項目はまったくなかったのです… という「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」他、全17編の短篇集(「FICCIONES」鼓直訳)

読み始めた時は、小説なのかエッセイなのか分からずに自分の立ち位置が確保できずに困ったのですが、これは全て大真面目なほら話だったのですね。例えば「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」は、まるで真実の体験を伝えているように書かれているにも関わらず、そこに書かれていることは実はありもしないことですし、「アル・ムターシムを求めて」は、架空の本の書評。引用されている文章も引き合いに出されている人物も実在するとは限りません。そう思ってみると、突然面白く読めるようになりました。真実と虚実のあわいを行ったり来たりしている作品ということなのでしょう。どの作品にもボルヘスの宇宙が広がっているようです。濃厚にそして無限に広がるボルヘス的宇宙。そして迷宮。
特に面白かったのは、幻想的な「円環の廃墟」、ボルヘスの内的図書館の存在を感じさせる「バベルの図書館」。初読時にはてこずりましたが、鏡についての会話から架空の世界が広がる「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」や、緊迫感たっぷりのミステリ「死とコンパス」も面白かったです。(ここに登場する四文字語とは「ヤハウェ(JHVH)」のこと) しかし読むたびに印象が変わりそうですし、読むたびに新しい発見のありそうな作品集です。

収録作品:八岐の園「プロローグ」「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」「アル・ムターシムを求めて」「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」「円環の廃墟」「バビロニアのくじ」「ハーバート・クエインの作品の検討」「バベルの図書館」「八岐の園」、工匠集「プロローグ」「記憶の人、フネス」「刀の形」「裏切り者と英雄のテーマ」「死とコンパス」「隠れた奇跡」「ユダについての三つの解釈」「結末」「フェニックス宗」「南部」


「エル・アレフ」平凡社ライブラリー(2009年7月読了)★★★★★

1929年6月初旬、ルチンゲ公女はロンドンで、スルミナ出身の骨董商・ヨセフ・カルタフィルスからポープ訳の「イリアッド」を買い上げます。その最後の巻には英語で書かれた手稿がつけられていました。それはディオクレティアヌスが皇帝だった頃のローマ帝国で軍事行政官をしていたマルコ・フラミニウス・ルーフスという人物が、ある夜テーバイの庭園で出会った男に聞いた<不死の人の町>と<人間を死から清める秘められた川>を探す決意をし旅立ったことが描かれていました… という「不死の人」他、全17編が収められた短篇集。(「EL ALEPH」木村榮一訳)

白水uブックスの「不死の人」と、訳者が違いますが、同じ作品集のようです。
この本の中では長い方の「不死の人」や「エル・アレフ」でも30ページに満たない作品ですし、他もごく短い短編が揃っています。しかしその密度は短編とは思えないほど濃いもの。それでもボルヘス自身は、全ての作品を5〜6ページに短くしたいと語っていたのですね。驚きます。
最初の「不死の人」で「人間にとって不死とは何なのだろう」と考えさせられると次は「死んだ男」。こちらでは全てが死に向かって収束していきます。「死なない」幸せと「死ねない」不幸せ。死と不死、正反対のように見えて、実は同じこと、実は同じものの表裏一体なのでしょうか。太古の昔から人間が望んでやまない「不死」ですが、結局のところ、その大きさを受け止められるほど人間は大きくないということなのでしょうね。「死」だけでなく、全てのものが境界線の上をゆらゆらと行ったりきたりしているような印象。そして作品を読むことによって、自分も迷宮を彷徨ったり、広大な宇宙を眺めたり、不思議な「エル・アレフ」を覗き込んだりするのですが、同時に些少過ぎるほど些少な人間の存在も実感させられることになります。
読んでいる時のイメージは、砂時計。全てのことが砂時計の中の砂粒のようにさらさらと流れ落ちていき、しかしまた砂時計をひっくり返せばまた同じように流れていく…。こういう作品は一度で理解できなくても、何度も繰り返し読めばいいのでしょうね。この中で私が一番好きなのは、「神の書き残された言葉」。もちろん「不死の人」や表題作「エル・アレフ」も良かったですし、再読するたびに好きな作品が変わりそうな気もしますが、今の時点ではこの作品が一番すとんと響きました。

収録作品:「不死の人」「死んだ男」「神学者」「戦士と拉致された女の物語」「タデオ・イシドロ・クルスの伝記」「エンマ・ツンツ」「アステリオーンの家」「もうひとつの死」「ドイツ鎮魂歌」「アヴェロエスの探求」「ザーヒル」「神の書き残された言葉」「アベンハカン・エル・ボハリー、自らの迷宮に死す」「二人の王と二つの迷宮」「待つ」「戸口の男」「エル・アレフ」「結び」


「幻獣辞典」平凡社ライブラリー(2009年7月読了)★★★★★

ボルヘスによる、古今東西の幻獣案内。ライオンやキリンの住む現実の動物園ではなく、スフィンクスやグリュプス、ケンタウロスの住む神話伝説の動物園。(「EL LIBRO DE LOS SERES IMAGINARIOS」柳瀬尚紀訳)

世界中の神話や伝説に語られている幻獣を集めた本。とは言っても、もちろん全てを網羅しているのではなく、そのうちの120が紹介されているに過ぎないのですが、ボルヘスが編んだというだけあり、彼自身のフィルターがとても興味深く読める本。世界各地の神話、聖書、ヘシオドスの「神統記」やオウィディウスの「変身物語」、ホメロス「オデュッセイアー」、プリニウス「博物誌」、ダンテ「神曲」、アリオスト「狂えるオルランド」、マイリンク「ゴーレム」、シェイクスピア、「千夜一夜物語」など、ボルヘス自身が好んで読んでいた本の流れも見えてきます。そして例えばサラマンドラやセイレーン、バジリスク、ミノタウロスといった一般的な幻獣だけでなく、バートン版「千一夜物語」の注釈に出てくるという「ア・バオ・ア・クゥー」に始まり、「カフカの想像した動物」「ルイスの想像した動物」「ポオの想像した動物」など特定の作家が想像して描き出した動物まで登場しているのが面白いところ。「引用した資料はすべて原典にあたり、それを言語ーー中世ラテン語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語ーーから訳出すべく、われわれは最善を尽くした」というのが素晴らしいですね。さすがに中国語や日本語は原典に当たるわけにはいかなかったようですが、日本からは八岐大蛇が登場していますし、中国からは竜や鳳凰、亀、一角獣といった四種の瑞獣を始め、饕餮(トウテツ)、狐など。そして「山海経」に載っていると思われる文章が紹介されています。
いわゆる「辞典」として活用するには幻獣の数もそれほど多くないですし、ボルヘスのフィルターがかかりすぎていると思います。例えば「世界の幻獣が分かる本」的な本の方がいいでしょう。しかしこの本からは、そういった本とはまるで違う雰囲気が味わえるはず。また一味違う付加価値があると思います。 1969年の序に「誰しも知るように、むだで横道にそれた知識には一種のけだるい喜びがある」とありましたが、まさにその通りの書でした。楽しかったです。


「創造者」岩波文庫(2009年7月読了)★★★★★お気に入り

1954年から59年にかけて散文や詩の小品を書き、雑誌に発表していたボルヘス。ある日エメセー書店の編集者が訪れて全集の9巻として加えるべき原稿を求められ、その時は用意がないと断るものの、執拗に粘られて、已む無く書斎の棚や机の引き出しをかきまわして原稿を寄せ集めることになったのだとか。そして出版されたのがこの「創造者」。ボルヘス自身が最も気に入っていたという作品集です。(「EL HACEDOR」鼓直訳)

読み始めて驚いたのは、何よりも読みやすいこと。「伝奇集」が途中で止まったままだというのに、こちらは勢いに乗ってあっという間に読了。確かにここ数年でギリシャ悲劇も、ダンテの「神曲」も、アリオストの「狂えるオルランド」も読んだし、北欧神話関連も本が入手できる限り読んでいるし、「ホメロス」も「オデュッセイア」も「失楽園」も再読したし、以前よりも少しは理解できる素地が整ってきているのかとも思うのですが…。訳者による解説を読むと、「伝奇集」や「不死の人」「審問」などの作品にはボルヘスの個人的な感情の発露がほとんど見出せないのに、「創造者」では肉声めいたものを聞くことすらできるとのこと。やはりそういう面も大きいのでしょうね。
ボルヘス自身、とても気に入っている本なのだそう。「驚くべきことに、書いたというよりは蓄積したというべきこの本が、わたしには最も個性的に思われ、わたしの好みからいえば、おそらく最上の作品なのである。その理由は至極簡単、『創造者』のどのページにも埋草がないということである。短い詩文の一篇、一篇がそれ自体のために、内的必然にかられて書かれている」…ボルヘス自身、全ての作品をできれば5、6ページ程度に縮めたいと語っていたそうですが、確かにここに収録されたのはそれぞれにエッセンス的な濃密さを感じさせますね。カルヴィーノの文学論とはまた違うものだとは分かっていても、どこか通じるような気がしてきます。

P.67「文学の始まりには神話があり、同様に、終わりにもそれがあるのだ」

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