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このページは、マーガレット・アトウッドの本の感想のページです。

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「侍女の物語」ハヤカワepi文庫(2006年3月読了)★★★★★お気に入り

近未来のアメリカ。キリスト教のファンダメンダリスト(原理主義者)の一派がクーデターを起こし、大統領は暗殺されて国会は機銃掃射され、軍隊は非常事態を宣言。ギレアデ時代が始まります。その頃、中絶を含めた様々な産児制限(バース・コントロール)や性病の流行、原子力発電所の事故や化学、細菌兵器、有害廃棄物によって死産、流産、奇形児が増えた結果、白人種の出生率が急落しており、危機感を抱いていた彼らは全ての女性から仕事を財産を没収。再婚の夫婦と未婚者の私通は全て姦通だとして、子供を取り上げ、女性のパートナーを逮捕。女性たちの中から妊娠可能な女性を選び出して「侍女」としての教育を施し、子供のいない支配者階級の男性の家に派遣。彼女たちは出産のための道具として、儀式の夜に主人の妻の見守る中、主人の精液を受けることになったのです。(「THE HANDMAID'S TALE」斎藤英治訳)

カナダ総督文学賞受賞作品。映画化もされたという作品。
この物語は、ギレアデ政権の間、バンゴア市と呼ばれていた場所から発掘された、およそ30本のカセットテープに吹き込まれていたものを文章に起こしたものという設定。語り手の女性は、出産を目的に集められた女性の第1陣のうちの1人。ギレアデ政権は、その後、様々な粛清と内乱を経て崩壊したようですが、まだまだその初期段階にあり、日々の監視が厳しく、違反者は容赦なく処刑されていた時代です。各個人からその個性を奪い取るには、名前と言葉を取り去るのが効果的なのですね。単なる出産する道具である侍女たちの名前は「オブ+主人の名」。この物語を語っているのは「オブフレッド」と呼ばれる女性です。侍女たちはくるぶしまで届く赤い衣装を纏い、顔の周りには白い翼のようなものが付けられて、周囲とは遮断されています。日々決められた通りに行動し、侍女同士での挨拶ややり取りも決められた通りの言葉。もちろん私物と言えるようなものは一切ありませんし、自殺や逃亡に使えそうな道具は慎重に取り除かれています。侍女たちにはもちろん自由もなく、その存在に人間性などこれっぽっちも求められていません。まさに「二本足を持った子宮」。
一見荒唐無稽な設定なのですが、しかしよくよく考えて見れば、これは十分あり得る未来。それが恐ろしいです。いつどこでこのようなことが起きてもおかしくありません。この作品は1985年に書かれた作品なので、それから20年経ったことになるのですが、世界的な状況はますます悪化するばかり。ここまで極端ではなくとも、ここに書かれた現実が近づいているよう。既にどこかでこういった類の洗脳が行われているかもしれませんね。それでも、子供や夫を奪われて「侍女」となった女性たちは、そうなる以前の暮らしを覚えているのです。それに対して、次世代の「侍女」たちは、元々そのような自由な世界が存在していたなど知る由もなく… それがまた恐ろしいところです。
子供ができない夫婦にとって侍女はありがたいはずの存在なのですが、そこは人間。人間の感情はそう簡単に割り切れるものではありません。単なる行為に過ぎないとはいえ、主人の妻には嫉妬されることになりますし、水面下では様々な感情が入り乱れることになります。その辺りも面白かったです。


「ペネロピアド」角川書店(2009年2月読了)★★

トロイア戦争に10年、そしてエーゲ海を彷徨うこと10年。20年の留守の後にオデュッセウスが見出したのは、オデュッセウスだけをひたすら待っていたペネロペイア。スパルタ王イカリオス王と水の精・ナイアスの娘であり、トロイアのヘレネの従妹であるペネロペイアは頭が良く貞節な妻… とホメロスの「オデュッセイア」は伝えていますが、これが唯一のヴァージョンというわけではないのです。ペネロペイアと、オデュッセウスの帰還の後吊るし首にされた12人の女中たちが冥界で語る、また別の「オデュッセイア」の物語。(「THE PENELOPIAD」鴻巣友季子訳)

英国のキャノンゲイト社が主催する「世界の神話」は、世界の超一流の作家たちによる神話が毎年数作ずつ刊行され、2038年には100冊目が配本される予定なのだそう。そんなシリーズの1冊。日本ではこれが第一回の刊行作品。これはホメロスの「オデュッセイア」を語りなおしたもの。
ペネロペイアが中心となって語り、その合間に処刑された12人の女中たちがギリシャ悲劇のコロス風に歌い、終盤では現代的な裁判が行われたりと工夫はあるのですが、あまり目新しい部分がなくて残念。オデュッセウスの遍歴の中の一つ目の巨人キュクロプスとの戦いが、実は酒場の片目のあるじとの勘定の不払いをめぐる争いだったとか、女神カリュプソとの愛の日々は、実は高級娼館で寄居虫になってただけだったとか、そういうのも面白いのですが…。もしそういう風にするのであれば、ペネロペイア側もそれに応じてもっと変化させて欲しかったですし、それでも敢えて気高い方のバージョンをペネロペイアが信じるというのであれば、それ相応の作りにして欲しかった気がします。マーガレット・アトウッドなら本当はもっと全体的に作りこむことができたはずなのに、あまりに簡単に流してしまったという印象。日本で刊行されたこの本は児童書のような感じなのですが、本国イギリスでも児童書として書かれているのでしょうか。枚数制限などもあったのでしょうか。もっと倍以上の長さをでじっくり腰を据えて書き込めば、きっともっと面白いものが出来たはずなのにと思ってしまいます。

P.58「水はあらがわない。乱暴に手をつっこんでも、やさしく撫でられるだけ。水は固い壁ではない。あなたを止めはしない。けど、水はいつでも行きたいところへ行き、結局なにものも水を阻めはしない。水はしんぼう強い。滴る水は石をもすりへらす。」

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