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このページは、ジェイン・ヨーレンの本の感想のページです。

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「水晶の涙」ハヤカワ文庫FT(2005年1月読了)★★★★

パウト(タラの一種)やイカと一緒に鬼ごっこをしているうちに、海面高く飛び上がった人魚のメルーシナは、ボートに乗っていた陸の少女に姿を見られていたと気付いて愕然となります。人魚にとって、姿を見られるのは決して許されないこと。今は昔のような、無邪気な船乗りたち相手にお遊びができた時代ではないのです。仲間の人魚たちは人魚の王・ラーに古魔術(オールドマジック)を使うことを要請し、メルーシナはその魔術によって人間の姿へと変えられ、陸へと追放されてしまうことに。(「THE MERMAID'S THREE WIDSOMS」村上博基訳)

人魚から人間の少女へと変わったメルーシナ、耳の不自由な少女・ジェス、そして2人を見守る老人・キャプテン・Aの、ファンタジックなおとぎ話。いかにもおとぎ話らしい展開ではありますが、障害者が登場するところが現代的でもありますね。耳の不自由なジェスが、一見して障害者だと分かってしまう手話を嫌いながらも、舌がないために言葉が話せないメルーシナとのふれあいによって、自分自身の障害を乗り越え、一回り大きく成長していきます。一見無邪気なおとぎ話のように見えながらも、ジェスやメルーシナの成長を通して、そしてイルカとのふれあいを通して、色々と考えさせられるような奥深さも内包しています。
そしてこの作品の一番の特徴は、やはりその描写の美しさでしょうか。特に海の描写がとても綺麗ですね。水中での人魚たちの意思の疎通の方法が気泡と手話というところで意表をつかれましたが、一旦そう読んでしまうと、それ以外ないようにしっくりとくるのが不思議なほど。おそらく人魚の涙が水晶であるとか、人魚には舌がないなどの部分で、既存の人魚のイメージも大切にされているからなのでしょう。メルーシナがジェスにやってみせる、「手がうたう歌」「指がよむ詩」の場面なども、とても印象に残ります。物語のラストは十分予想範囲ではあるのですが、全体を流れる叙情的な美しさ、詩的な雰囲気がとても良かったです。


「夢織り女」ハヤカワ文庫FT(2004年11月読了)★★★

「夢織り女」、「月のリボン」、「百番目の鳩」という2冊の短編集を、1冊にまとめた本。20の短編が収められています。(「DREAM WEAVER」村上博基訳)

「夢織り女」は、年老いた盲目の夢織り女の紡いだ7つの夢の物語、「月のリボン」と「百番目の鳩」は、作品同士に特に何の繋がりもない、ごく普通の短編集。どの話も昔どこかで読んだような、アンデルセンやグリム、ペローの童話だと言われればそのまま信じてしまいそうな、そんな懐かしい雰囲気を持つおとぎ話となっています。そのヨーレンが、アメリカの作家だと聞いて驚きました。この作風やヨーレンという名前から、北欧系の人だとばかり…。ジェイン・ヨーレンは、20世紀のアンデルセンとも呼ばれる作家なのだそうです。
7つの夢が紡がれていく「夢織り女」のような設定と構成は大好きですし、そのラストにはヨーレン独自のものを感じます。「サン・ソレイユ」や「人魚に恋した乙女」のように、おとぎ話特有の残酷さを持つ物語でも、苦いだけでないのがいいですね。どこかにほのかに夢が残っているように感じられました。

「夢織り女」…「ブラザー・ハート」「岩の男、石の男」「木の女房」「猫の花嫁」「死神に歌をきかせた少年」「石心臓姫」「壷の子」
「月のリボン」…「月のリボン」「蜂蜜と薪の少年」「バラの子」「サン・ソレイユ」「いつか」「月の子」
「百番目の鳩」…「百番目の鳩」「炎の乙女」「風の帽子」「白アザラシの娘」「約束」「昔、善良な男が」「人魚に恋した乙女」


「三つの魔法」ハヤカワ文庫FT(2005年1月読了)★★★★

かつて海の魔女・メリンナがソレティアの若い王子アンガードに渡したのは、願い事を叶えてくれる3つの銀のボタンが付いた上着。しかしアンガードはメリンナの言うことを聞こうとはしなかったのです。王となったアンガードは結婚しないまま死に、王位争いによって王国は荒れ果て、一方メリンナは歌を歌っては水夫たちを冷たい海に引きずり込むドレッド・メアリーとして知られるようになっていました。銀のボタンは願い事を叶えることもないまま、ボタン職人シアンの妻に拾われ、その妻が亡くなった後は娘のシアンナの物となることに。そんなある日、突然の高波が浜辺にいた12歳のシアンナを攫います。そしてシアンナを助けたのは、今はドレッド・メアリーとして知られるメリンナだったのです。(「THE MAGIC THREE OF SOLATIA」宇佐川晶子訳)

「歌のシアンナ」「からの男」「水晶の池」「ガチョウの兄妹」という4部に分かれており、最初の2部がシアンナの物語、後の2部がシアンナの息子・ランの物語となっています。
めるへんめーかーさんの挿絵の似合う、叙情的で美しい物語。3つの魔法を叶えてもらうというのは、昔ながらの童話に良く見られるパターンなのですが、魔法には結果がつきものであり、もしも魔法によって自然のバランスが破られた時は、自然そのものがその均衡を正すという考えが面白いです。おとぎ話の中で魔法とは、その使い手にとって都合の良い手段であり逃げ道であるのですが、この作品では「魔法」という存在に逃げ込むことが許されていないのですね。しかし自分の力で道を切り開くことは大切。甘いだけではない物語ということで、もう1捻り欲しかった気もしますが、でもこれはこれでいいのでしょう。


「光と闇の姉妹」ハヤカワ文庫FT(2005年7月読了)★★★★★お気に入り

スリップスキンの街に生まれた白い巻き毛に黒い目の美しい赤ん坊は、生まれた瞬間に母親を亡くし、妻を亡くした悲しみにくれた父親からは拒否され、産婆はその赤ん坊を山の部族と預けるために山へと向かいます。しかしその途中で産婆は山猫に殺され、赤ん坊は山に住む戦士・セルナとその闇の妹・マージョによって拾われて、女ばかりが住むアルタの郷の1つ・セルデン郷へと連れて行かれることに。ジョ=アン=エンナ、そしてアヌアンナという名前をもらい、ジェンナと呼ばれることになった赤ん坊は、そのままセルナとマージョに引き取られることになります。しかし諍いを引き起こしたセルナは、郷を追放され、逃げる途中で見知らぬ男に刺されて死亡。ジェンナは再びアルタの郷へと戻されることになります。そして3度その母を失ったジェンナこそが、「光の書」に書かれている白い女神だったのです。(「SISTER LIGHT, SISTER DARK」井辻朱美訳)

白い女神アンナことジェンナの物語、第一の書。
ケルトの神話を思わせる物語。この物語でまず驚かされるのは、物語が「神話」「伝説」「物語」「歴史」の章に分かれ、その合間に「歌」や「バラッド」、「寓話」などが挿入されていること。細かく分かれていると、どうしても流れが分断されやすいと思うのですが、実際にはそれほどでもなく、それ以上にこの世界をより深く重層的にしています。例えば物語に厚みを持たせるために、その世界の神話が物語中に挿入されるのはそれほど珍しいことではありませんし、それもまた有効な手段だと思うのですが、しかしそういった「前」の時代だけではなく、この物語よりもずっと「後」の時代、ここで語られる物語が遥か彼方の歴史の1コマとなり、そして神話となってしまうほど時間が経った後世まで描かれているのが興味深いです。この本の中で流れている「物語」は、「神話」として高められて信仰の対象となり、あるいは民衆によって「伝説」として伝えられて語り継がれます。その時点で「物語」は既にある程度形を変えており、それはジェンナが訪れたニルの郷のアルタ教母が、「そなたとわしが<洞>におもむいて長くたてば、そなたにそういう誕生の伝説を与えてくれる詩人や物語作者があらわれるであろう」言う通り。そして神話や伝説が残す様々な資料から、後世の歴史家たちがこの時代のことを研究し、推論し、事実として残していくのが「歴史」。さらに長い年月が、一層「物語」の形を変えていきます。実際に様々な架空の資料や研究家の名前が登場し、様々なことが論じられていきます。後世の研究者たちの推論は堂々と間違えていることも多々あるのですが、それもまたリアル。色々なファンタジー作品を読んできましたが、こういった試みは初めてですね。「物語」だけ読んでいてもそこに起きた出来事は分かりますが、「神話」「伝説」「歴史」も合わせて読むことによって、「物語」が立体的に見えてくるのです。しかも<谷>の音楽として、作中に登場する歌には楽譜までつけられています。本当に深いですね。
そしてそんな物語の中で、ジェンナの誕生と成長、予言書に伝えられること、本人や周囲の葛藤などが叙情的に描かれていきます。影の姉妹という存在もとても面白いですね。子供たちはある年齢になると闇の姉妹を呼び出すことになるのですが、この闇の姉妹は普通の影のように、その姉と全く同じ姿で、月明かりや松明の火の元で現れ、月が雲に隠れり、火を消したりするとその姿も消えます。どうやら日中は出てこないようで、郷は闇の姉妹のために夜の間もずっと煌々と明かりが灯されています。闇の妹は光の姉が見聞きしたことや感じたことを全てそのまま知っており、本当に表裏一体のような存在なのですが、それでも一番理解できているはずの姉妹の間でも諍いが起きることがあるなど、一筋縄ではいきません。そしてそんな郷の情景や、ジェンナが戦士、あるいは狩人として訓練する森の情景などが、ジェイン・ヨーレンらしく美しく描かれていきます。

P.281「知らないことはよくないが、知ろうとしないことはもっと悪い」


「白い女神」ハヤカワ文庫FT(2005年7月読了)★★★★★お気に入り

<ニルの郷>で司祭の修行中だったペトラ、子供たち、そして負傷したパイントを連れてセルデンの郷に戻ってきたジェンナは、皆から白い女神として認められ、カトローナとその闇の妹カトリ、そしてペトラと共に他の郷に警告を出すための旅に出ることに。まず向かったのは<カラの渡し場の郷>。しかし郷には既にアルタの民はいなかったのです。女たちは殺され、あるいはカラス卿の元に連れて行かれていました。恋人のメイも連れ去られたというジャレス、そしてシャーンドルとマレクという少年たちがジェンナの旅に同行することに。(「WHITE JENNA」井辻朱美訳)

白い女神アンナことジェンナの物語、第二の書。「光と闇の姉妹」の続編です。こちらも「光と闇の姉妹」同様、「神話」「伝説」「物語」「歴史」の章に分かれ、その合間に「歌」や「バラッド」、「寓話」などが挿入されています。「伝説」には本来の物語とはまた違うことが描かれていることがほとんどですし、「歴史」では、真実であったことを主張している人間が頭から馬鹿にされて、まるで違うことが真実として信じられていたりするのですが、それも全てカルムの言う「物語が語ることこそが、いつまでも残るのだ」ということなのですね。しかも「物語」の中でも、「予言ははすに解釈しなければならない」と繰り返し語られています。常に頭を柔軟にして物事に向かうことの大切さでしょうか。しかしヨーレン自身は歴史だけが絶対ではないという意図だけで、特に皮肉る意図はなかったのかもしれませんが、現実の世界の中の考古学を始めとする歴史に関する学問に対する痛烈な皮肉のようにも感じられます。
この「白い女神」で、ようやくジェンナは自らが白い女神であることを受け入れることになります。そしてアルタの郷という女性だけの社会は崩れ去ってしまいますが、その後の男性社会との融合によって新たな力が生まれます。その過程で相当多くの血が流され、世界は産みの苦しみを味わうことに。新たな始まりをもたらすために必要不可欠だったこの崩壊については、色々と考えずにはいられません。
この中では、アルタの草原の場面がとても素敵です。時間の流れがまるで違う場所のことはおとぎ話によく登場しますが、その場面のようでもあり、アーサー王伝説のアヴァロンのようでもあり、「指輪物語」のロスロリエンのようでもあります。ファンタジーとしての本筋以外にも色々と目が向けられる作品でしたが、やはりファンタジーそのものとしてもとても魅力的ですね。

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