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このページは、ナンシー・スプリンガーの本の感想のページです。

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「白い鹿-アイルの書1」ハヤカワ文庫FT(2006年1月読了)★★★★★

ミルドンの心のねじけた領主に攫われて塔の小部屋に閉じ込められていた力強い長の1人・プリュス・ダケイリンの娘・エリド。そのエリドを助けたのは、エブラコンの<上王(ハイ・キング)>ビーヴと月の女神セロンウィの間に生まれた<銀の手>のベヴァンでした。人の子たちにとって、ビーヴの世界は遥か昔の神話の中の出来事。しかしビーヴもペル・ブラグデンも<長衣の君>ペル・ブラグデンとの戦いに敗れて滅びたと信じられていたのですが、実はまだ生きていたのです。そしてエリドとベヴァンは恋に落ちます。(「THE WHITE HART」井辻朱美訳)

「アイルの書」第1巻。ケルトの神話を下敷きにした異世界ファンタジー。舞台はまるでアイルランドのような島・アイルであり、J.R.R.トールキンの「指輪物語」の影響も色濃く感じられるのですが、その物語はむしろ中世の吟遊詩人たちが歌い語る物語のよう。「アイルの書」の第1巻となる「白い鹿」は、まだアイルの地に神話が色濃く残されていた時代が舞台。
この物語で中心となるのは、<上王(ハイ・キング)>の血を引くベヴァンと賢者・クラリックの息子・クイン、そしてプリュス・ダケイリンの娘・エリド。読み始めた時は三角関係の恋物語なのかと思ったのですが、むしろベヴァンとクインの友情物語だったのですね。辛い思いを内包しつつも、相手に惹かれてやまない友情が爽やかに描かれていきます。この状態で、固い友情で結ばれるのは並大抵のことではないと思うのですが、ベヴァンが元々人間味が薄い、どこか超越した存在として描かれているというのも、やはり関係しているのでしょうね。そして終盤のベヴァンの変化には驚かされましたが、それもある意味納得でした。やはりそれが神の血というものなのでしょうか。人間には理解しきれない存在。
まだまだ神話の時代だけあって、描写は繊細で美しく、とても幻想的です。まるでこの作品の中の象徴的な存在である白い鹿のように美しく軽やかで神秘的。どこからか楽の音が聞こえてくるような気さえします。しかし土台はしっかりとしていて力強い印象。
そしてエリドの父親が住んでいるのはケア・エイシャと呼ばれる城砦なのですが… C.S.ルイスの「ナルニア国物語」で、王や女王となったぺヴェンシーきょうだいが住んでいたのはケア・パラベル。ケアとは城や城砦のことなのでしょうか。(ウェールズ語だという情報もありました。そしてウェールズ語はインド・ヨーロッパ語族ケルト語派なのだそうです。)


「銀の陽-アイルの書2」ハヤカワ文庫FT(2006年2月読了)★★★★★お気に入り

警邏隊の隊長に打ち据えられていたアランを助けたのは、鋼の灰色の目をした若者。若者はハルと名乗り、アランは誘われるがまま、ハルに同行することになります。2人とも故郷を持たず、行くあてもない放浪者。しかし実はハルは、暴君イスコヴァルの息子・ヘルヴォイエルであり、アランはイスコヴァル王に殺されたラウェロック7代目領主・リュインの息子だったのです。アランにとってハルは、父親の仇の息子。しかしハルがイスコヴァルから息子として扱われたことがないどころか、ハル自身が残虐な扱いを受けていたことを知り、ハルとアランは血の兄弟となることを誓い合います。(「THE SILVER SUN」井辻朱美訳)

「アイルの書」第2巻。「白い鹿」から1千年ほどが経過、ユリムが予言した「ヴェラン」は既に現れ、「ハル」が現れようとしている頃の物語。
ハルとアランという、運命の糸に手繰り寄せられるように出会った2人の若者の物語。この物語は戦いによって自由を勝ち得る物語ということもあって少し重く、前作以上に「指輪物語」のような雰囲気を感じました。それにエルフたちが船で目指す西方の地「エルウェストランド」も、元々はケルト神話の「ティル・ナ・ノグ」から来ているのでしょうけれど、やはり「指輪物語」とそっくりですね。ハルの話す古い言葉やミレルデインやエルウィンダスといった名もそうです。そして<ドル・ソルデン>こと「太陽の書」、ハルの持つ剣の秘密を始めとして謎がいくつもありミステリアス。しかしこの時代になると、「白い鹿」の時代はすっかり伝説と神話の中にしか存在しない古えの物語となってしまっていたのですね。その間何が起きたのかあまり詳細に語られておらず、ベヴァンたちのエピソードにもほとんど触れられていないのが残念でしたが、こちらも見事な一大叙事詩でした。ハルもアランもベヴァンに比べると十分人間的ですし、存在感たっぷり。こちらの作品を読むと、やはりベヴァンは神だったのだと再認識してしまいます。そしてハルとアランの友情は時には愛よりも強く、暖かいです。男同士の固い絆には女性が入る余地はなさそう。シリーズを通してみても女性よりも男性が魅力的ですし、その辺りが女流作家ならではというところかもしれません。赤のケットを始めとする無法者たちも、コリンもロラン殿も、セリドンのぺリスも、そしてエルフたちもそれぞれに存在感たっぷりです。
「東からくる悪」、東方の民の崇める<聖なる子><父なる王>とは、キリスト教のことのようですね。そして「白い鹿」では、人々は海を恐れていたのですが、この「銀の陽」では森なのですね。


「闇の月-アイルの書3」ハヤカワ文庫FT(2006年2月読了)★★★★★

アランとリセの息子・トレヴィンは17歳。不意に現れて馴れ馴れしく城に入り込んだグウェルンと名乗る若者に苛立っていたトレヴィンは、その年初めての雪嵐が来た日、エルフ馬アルンデルに乗って城を出ていきます。トレヴィンが向かうことになったのはレイフが領主をしているリーの地。そしてトレヴィンは森の中で、狼に追われて泥の池にはまり込んだ牝牛のモリーを連れ出そうとしている少女・メグに出会います。メグを手伝ってモリーを池の中から出すトレヴィン。しかし野営をしようとした彼らに、狼が襲い掛かります。(「THE SABLE MOON」井辻朱美訳)

「アイルの書」第3巻。2巻で登場したハルとアランが王として即位してから20年近く経っており、今回はアランの息子トレヴィンが主人公となります。
ハルにとってのローズマリー、アランにとってのリセは「メンドール」でしたが、今回登場するグウェルンは、トレヴィンの「ウィルド」。ウィルドとは内なる宿命であり、黒き双子。自分自身を映す鏡のような存在でもあります。もう1人の「自分」を目の当たりにさせられたトレヴィンの苛立ちはとてもよく分かりますし、なかなか受け入れられなくても当然ですね。今回は全体的にトレヴィンの冒険物語といった趣きで、アイルにも危機は迫っているのですが、前回ほどの重厚さは感じません。それでもトレヴィンにとっては大きな試練ですし、エムリストのような魅力のある人物も登場。
ハルを失ったアランの痛手は予想外に大きく、傷心を持て余すアランや、そんなアランを見守り続けるリセの姿が痛々しかったです。そして今回嬉しかったのは、今まで西方の地としてしか登場していなかったエルウェストランドが、実際に描かれているということ。考えも夢も思いも愛も憎しみも実体化し、その全てが美しいというところがとても面白かったですし、実体化していく情景はとても幻想的。そして災いをアイルに持ち込んだ東方の地も描かれます。地図を見ていると、やはりアイルがアイルランドで、東方はイギリスのように見えますね。


「黒い獣-アイルの書4」ハヤカワ文庫FT(2006年2月読了)★★★★

メリオールは北のエイデン、南のセルト、東のティエラ、西のヴェールに囲まれた<谷(ヴェイル)>の王国。そしてティレル王子は、メリオールの<聖なる王>アバスとその王妃・スエヴィの息子。血は繋がっていないものの、弟のフレイン王子とは仲睦まじく、いつも一緒に行動していました。実はフレインは、王の鍛冶だったファブロンとその妻・メーラの子供なのです。そしてある日、ティレルはアバス王に、ティエラの王・ラズの娘・レシラと結婚するように命じられます。しかしティレルは既に、農民の娘・ミリッタと愛し合っていました。その晩、城を抜け出してミリッタの元に行ったティレルに王が気づき、私設軍を引き連れてミリッタの家を襲い、ティレルの目の前でミリッタを斬り捨てます。ミリッタを失ったティレルは谷を捨てて出て行くことを決意。フレインもまたティレルに付いて行くことに。(「THE BLACK BEAST」井辻朱美訳)

「アイルの書」第4巻。物語はデイモン・ケイン、フレイン王子、ファブロン王、ティレル王子の視点から描かれていきます。舞台が今までのアイルから<谷>へ。神や女神の神話もアイルとはまた異なるものですし、その谷が一体この世界のどこに存在するのかも分からず、読み始めはとても戸惑ってしまっいました。<谷>が舞台となると、今までのケルトの雰囲気もかなり薄れているのですね。どこかギリシャ神話の香りがするような気もしましたが… ここにきてナンシー・スプリンガーがケルトから解き放たれたということなのでしょうか。
ティレルの狂気は、父王に恋人を殺されたところが発端。この出来事によって、ティレルはまるで弟への愛情すらなくしてしまったかのように冷たく振舞うようになります。ティレルの気持ちもとても良く分かるのですが、むしろそれに振り回されるフレインの姿が痛々しかったです。王や王妃がフレインを顧みない宮廷の中で、フレインの味方はティレルだけだったというのに、その唯一の味方に冷たい視線を向けられたフレインのショックはどれほどのものだったでしょう。健気に振舞ってはいますが、彼が感じているはずの痛さが切なかったです。


「金の鳥-アイルの書5」ハヤカワ文庫FT(2006年2月読了)★★★★

兄であり、メリオールの王となったティレルの元を離れたフレイン。夜の鳥となってしまったシャマラを、そしてシャマラを元の姿に戻せるはずのアダリスのいるオジジアを求めて、7年間さすらった後、アイルへと流れ着きます。海辺に倒れていたフレインを見つけたのは、アイルの王・トレヴィンの狼の息子・デイル。デイルはフレインを見つけた時、初めて狼から人間の姿へと変化します。しかし、フレインは人間の姿のデイルしか見ていないにも関わらず、普通の人間ではないものを感じて、デイルを忌み嫌うのです。トレヴィンとデイルはフレインを連れて、<ウィルドの森>へ。東へ行きなさいという女神・アリュスの言葉に従い、フレインとデイルは東へと旅立ち、デイルの母であるメーヴの家を目指すのですが…。(「THE GOLDEN SWAN」井辻朱美訳)

「アイルの書」第5巻。最終巻です。4巻のフレインの物語が、ここで初めてアイルの物語と繋がります。4巻と同じく、語り手はデイルからメーヴへ、そしてフレインへ。3巻のほぼ2年後の物語。
この5巻はフレインが、自分の心の奥底に秘めて、自分自身もその存在に気づいていなかった暗い思い、怒りや憎しみや嫉妬といった感情を解放し、そして癒されるという物語。4巻ではそういった感情をあまり見せず、ひたすらティレルを愛し続けていたフレインですが、やはり相当鬱屈したものを抱えていたのですね。夜、自分自身を失って歩き回るフレインの姿に、逆に人間的なものを感じてしまいました。そしてフレインにとってのデイルは、丁度3巻のトレヴィンにとってのグウェルンのようなもの。4巻では純真無垢だったフレインが、なかなかデイルに心を開こうとしないのが痛かったです。フレインの感じる痛みがあまりに強いため、デイルにとっても今回の旅は大きな試練となったと思うのですが、最後にフレインやデイル、そしてティレルやシャマラ抱えていた様々な思いが昇華されていく場面がとても良かったです。<源>の描写も素敵ですね。読んでいると目の前に情景が浮かび上がってくるかのよう。そして最後の戦いは、人間的でありながら、同時に神々しくすら感じられるものでした。神話時代の終焉を感じます。

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