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このページは、メレディス・アン・ピアスの本の感想のページです。

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「ダークエンジェル」ハヤカワ文庫FT(2007年1月読了)★★★★

その日の黄昏時に行われる結婚式のため、エイリエルは主人であるエオドゥインと共に高い山に登っていました。結婚式にはラッパ花の花輪と花の蜜の酒がつきもの。しかし繊細な花輪と貴重な蜜酒はすぐに傷んでしまうため、結婚式の数時間前に摘みに行かなければならないのです。2人は山の頂近く、空気が澄んで薄い場所に生えているラッパ花のところにたどり着き、淡い金色の滴と花を集め始めます。しかしその時、漆黒の大きな翼を持ったダークエンジェルが現れます。それはイカロス。花嫁となった娘の魂を飲み干してしまうと言われるヴァンパイア。ダークエンジェルは舞い降りてエオドゥインを攫っていったのです。エイリエルは一旦山を降りるものの、エオドゥインの復讐をするため、ナイフを持ってもう一度山を登ることに。(「THE DARKANGEL」井辻朱美訳)

訳者あとがきによると、メレディス・アン・ピアスは、ユングの自伝を読んでいる時にこの物語のインスピレーションを受けたのだそうです。それは18歳の女性患者の訴えた幻覚。それは確かにこの物語の骨格とも言えるようなもので、物語を書きたくなった気持ちがとてもよく分かる気がしますし、実際とてもよくまとまっていると思います。
ただ、この作品だけではまだまだ単に可愛らしいおとぎ話といったところ。ユングの患者の語る幻覚やおそらくメレディス・アン・ピアスが好きなのであろう神話やファンタジーの世界から抜けきれていません。若くて美しい乙女ばかり13人を次々と妻にした美しいヴァンパイアという設定も、まるで「青髭」の少女漫画風アレンジ。どこかで読んだことがあるような物語です。自由で何にも縛られないライオンと白き魔女の戦いはC.S.ルイスのナルニア国物語的ですし、白い魔女・ローレライやその息子・イカロスなどの名前に、様々な神話の要素が感じられるのは、タチの悪いパロディのようでもあります。メレディス・アン・ピアスとしてのオリジナリティが感じられないのです。
それでもエイリエルが星の馬にこの世界のことについて聞き始めると、その印象も徐々に変わり始めます。オケアヌスと呼ばれる地球から炎の車に乗ってやって来た、ラヴェンナと呼ばれる<古き神々>が、この地上に空気や水、そして生命をもたらしたこと、<世界の守護者>たる星馬・アヴァルクロン、太陽のライオン・ペンダルロン、他にも東の山のヒポグリフやテラインのグリフォンなど10以上の守護者を創り出したこと、しかしオケアヌスでは大いなる戦いと疫病が起こり、そのため最早炎の車は来なくなったこと、そのため地上は次第に変わり始めたこと、ラヴェンナはドームの街に入り、そこは封じられて外の世界とは接触を絶たれたこと… これらはとても興味深いですね。これは未来の地球の物語でもあるのでしょうか。そしてこれこそが、メレディス・アン・ピアスとしてのオリジナルな部分なのでしょうね。
この作品が好評だったため、早速3部作として続編も書かれたのだそうです。続編では、この可愛らしさから一皮剥けているのでしょうか。あと一歩踏み出すだけで、非常に魅力的な世界を見せてくれそうな気配が感じられるので、そうならいいと思うのですが…。もしそうなら、その時はぜひ改めて読んでみたいものです。


「炎をもたらすもの-ファイアブリンガー1」東京創元社(2009年5月読了)★★★★

かつて神聖なる丘の聖なる泉のほとりに暮らしていたユニコーンたちは、狡猾なワイバーンに故郷の土地を奪われ、流離いの末に、現在住む谷へ。それ以来ユニコーンたちは、いつか自分たちを故郷に連れ戻してくれるという予言の「ファイアブリンガー(炎をもたらすもの)」の出現をひたすら待ちわびていました。そして今、ユニコーンを率いていたのはカラー王とその息子・コーア王子。コーア王子の息子・ジャンはようやく6歳になったばかりの、そろそろ青年になろうというユニコーン。まだまだ悪戯好きの子供で、平気で掟を破る問題児で...。(「BIRTH OF THE FIREBRINGER」谷泰子訳)

ファイアブリンガー3部作の1作目。
主人公はユニコーンの王子・ジャン。落ちこぼれの王子が失敗を繰り返しながら大きく成長し、自分の使命を知ってさらに大きくなるという物語自体は珍しいものではないですが、主人公がユニコーンというのがユニークですね。ユニコーン以外にもワイバーンやグリフィン、パンといった存在がいる異世界が舞台。
物語はユニコーンに伝わる創世神話から始まり、ユニコーンたちは自分たちが唯一神に愛されている存在だと信じ、その他のワイバーンやグリフィン、パンといった存在を見下げています。彼らの知る限り、ダンスをするのはユニコーンだけ。世界が創られた時、創造主・アルマはユニコーン以外の全ての生き物を創り、踊りの場に招くのですが、パンもグリフォンもワイバーンもドラゴン踊ろうとしなかったため、アルマは改めて自分の姿に似せてユニコーンを作り、ユニコーンだけが踊るようになったのだという話が伝わっています。そしてパンをさげすんでいるのは、アルマが世界を創った時に差し出した言葉という贈り物を、パンだけが拒んだから。そんなことを語り部は歌い、自分たちの世界しか知らないユニコーンは頭から信じ込んでいるのです。そしてワイバーンに住む土地を奪われたことをいつまでも恨みに思い、それでいて自分たちはグリフィンの土地を奪っていることを当然のように思っているのです。
成人の儀式を受けるための聖地への旅の間に、様々な経験をするジャン。この世で神に愛されているのがユニコーンだけではないことも知りますし、自分たちの円(サークル)とは違う環(サイクル)というものが存在するということも知ることに。自分の知っている世界が実はほんのちっぽけなもので、自分の知っている常識が全てはなかったということを学ぶのです。2冊目3冊目で、まだまだ様々なことを経験することになりそう。これからどういう展開となっていくのか楽しみです。


「闇の月-ファイアブリンガー2」東京創元社(2009年5月読了)★★★★

カラー王が亡くなってコーアが新しい王となり、闇の月アルジャンは戦を司る王子となります。戦争中の慣習に従い、群れを統治するのは王子のジャン。グリフィンの攻撃が例年よりも激しかった春が終わり、ユニコーンたちの恋の季節の夏が到来。若者たちは夏至の日に夏の海辺へと旅立ち、求愛のダンスをして連れ合いを探します。ジャンの連れ合いとなったのはテック。しかし契りを交わした翌朝、グリフィンたちが攻めてきたのです。ユニコーンたちの群れはジャンを失ったまま谷へと戻ることになります。(「DARK MOON」谷泰子訳)

ファイアブリンガー3部作の2作目。
海に投げ出されたジャンを助けたのは二本足(人間)。ジャンの姿が二本足の神にそっくりだったために、ジャンは丁重に扱われることになります。記憶を失ったジャンは「ムーン・ブラウ(タイ・シャン)」として人間の都に暮らすことに。今回はそのジャンの視点と、ジャンが死んでしまったと信じるテックの視点から物語が交互に語られることになります。
新たに王になったコーアの狂気が唐突で、旅立ちの前から予兆はあったものの、なぜテックをそこまで目の仇にするのかなかなか分からないのですが…。例年よりも早く到来した冬の寒さに餓死寸前のユニコーンたちの姿と人間の都で至れつくせりな暮らしを送るジャンの姿が対照的。ジャンは、人間には人間の神話が存在すると知り、これまで話に聞くだけで実際に見たことはなかったユニコーンと似て異なるダーヤ(馬)の存在を知り、そのほかにも今まで知らなかったことを色々と知り、それぞれの存在にはそれぞれの立場があることを知ります。人間の世界にいる時に全てを素直に受け止めるために記憶喪失になる必要があったということなのでしょうか。ユニコーンがこの世で一番神に愛された存在ではないことを知るのはユニコーンたちにとってはつらいでしょうし、自分たちもワイバーンと同じことをしていたという現実を直視するのは難しいかもしれませんが、これこそが作者が描き出そうとしていたことなのでしょうね。1巻よりも一回り世界が大きくなったように思えます。


「夏星の子-ファイアブリンガー3」東京創元社(2009年5月読了)★★★★

長年敵対関係にあったグリフィンやパンらとの和平が進み、あとはワイバーンに奪われた聖なる土地を取り戻すだけ。しかしコーアは相変わらず狂気の中にいました。口汚くテックを罵ったコーアは谷を飛び出し、ジャンはその後を追いかけます。(「THE SON OF SUMMER STARS」谷泰子訳)

ファイアブリンガー3部作の3作目。これで完結です。
この3部作で何が面白かったかといえば、各種族にそれぞれの創世神話が残されており、その物語を交換すること。ユニコーンにはユニコーンの、パンにはパンの、グリフォンにはグリフォンの神話があり、英雄伝説があり、それぞれに歴史やしきたりを持っているのです。そして最初は自分たちが一番と思い込んでいた彼らは、お互いを尊重することを学ぶことになっていくのです。同じ種族の中でも旧態に窮屈さを感じて飛び出す者たちもいます。例えば草原のユニコーンもそういう存在。彼らに関しては現代アメリカの奔放な若者たちというイメージですね。伝統やしきたりを大切にし、ある意味頭の柔軟さが足りない自分の一族や、そういったものにまるで囚われない草原の一族などの間で、ジャンは様々な価値観に触れることに。実際にはコーアの秘密や悩むジャンといった一連の展開に関しては、随分と長く引っ張ること、ここまですると誰を信用すればいいのか分からなくなってしまうこともあってあまり感心しなかったのですが… それでも他者の価値観に触れるという意味では十分意義があったのかもしれないですね。

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