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このページは、リチャード・ペックの本の感想のページです。

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「ミシシッピがくれたもの」創元ブックランド(2009年5月読了)★★★★★

1916年の夏。15歳だったハワードがその旅で一番楽しみにしていたのは、ドライブ。車は、父が往診に使っていたT型フォード・ツーリングカー。父は生まれはイリノイ州南部のグランドタワーという小さな町で、ミズーリ州のセントルイスで医者として成功、多忙な日々を送っていましたが、ある日突然、家族旅行に出ると言い出したのです。結局母は家に残るものの、ハワードと双子の弟・レイモンドとアールは生まれて初めてイリノイ州の祖父母と大おじ、大おばを訪ねることに。そして祖母のティリーが15歳だった頃の物語を聞くことになります。(「THE RIVER BETWEEN US」斎藤倫子訳)

物語そのものも1916年の回想で始まりますが、実際に中心となるのは、ハワードの回想の中で祖母・ティリーの語る1861年頃の物語。イリノイ州のグランドタワーに、ニューオーリンズからセントルイスに向かう途中の裕福そうな娘・デルフィーン、そして肌の色の濃いカリンダが来たところからです。南北戦争がすぐそこまで迫ってきていて、ティリーの双子の弟のノアも今にも北軍に志願しそうな状態。そんな家に、黒人奴隷らしきカリンダを連れたデルフィーン、つまり南軍側としか思えない2人が暮らすことになるのですから、話は複雑です。南北戦争は、勝った北軍の立場からすれば、南部の奴隷制度を廃止し、黒人を奴隷状態から解放したという意義があるものですが、南軍側、黒人側からすれば、そのような単純な問題ではなかった、という話を聞いたことがあります。確かに黒人のために白人同士が戦うというのも、納得がいきにくいもの。黒人問題は南北戦争にとって1つの表向きの大義名分に過ぎなかったのでしょう。
ティリーの語る物語は、19世紀の小さな町の様子を濃やかに鮮やかに描き出していきます。当時の人々の生活ぶりや社会風俗・習慣… 特に印象に残るのは、ティニョンと呼ばれるカリンダのスカーフ、そしてショーボートが来た時の興奮。そして戦地にいる兵士たちの酷い状態。キャスの視る幻も印象的なのですが、青と灰色というのは軍服の色なのでしょうか。その辺りが少し分かりづらかったのですが、読み落としてしまったのかもしれません。そしてプラサージュ、クワドルーン、オクトルーンといった言葉そのものは知りませんでしたが、そういう特殊な状態のことや、一滴でも混ざっていれば、という話は聞いたことがあります。そういったエピソード1つ1つの中に当時の様子が見えてきます。そして物語終盤では今まで考えてもいなかったことが次々と明かされて、本当に目が離せない状態。実はとても深い物を内包している物語です。
美しく着飾り自信に満ち溢れた都会の女性・デルフィーンも、無口だがなかなか逞しいカリンダも、リベラルな物の見方ができるティリーも、それぞれにとても印象に残る女性たち。そして「私は、自分の血のどの一滴をも誇りに思ってる」という父と、そんな父の言葉をきちんと受け止めるハワード。皆、それぞれに素敵ですね。そして読み終えた時、最初に戻ってハワードの母の出身地を確かめた時、なぜ母親が同行しなかったのか、すとんと腑に落ちた気がします。人々の中では、まだまだ様々なことが続いていたのですね。


「ホーミニ・リッジ学校の奇跡!」創元ブックランド(2009年5月読了)★★★★★

8月、独身の女性教師・マート・アーバクル先生が40歳で突然の他界。ホーミニ・リッジ学校はインディアナ州の中でも最も辺鄙な地域にあり、教室は手入れの行き届いていない旧式のものが1つあるだけ。生徒は落ちこぼればかり。このような学校に新しい教師を見つけるのは至難の業のはずで、教育委員会ですら学校を続けるのは割に合わないと考えているのを知っていた15歳のラッセルと10歳の弟のロイドは、とうとう学校が閉鎖されると期待に胸をふくらませます。しかし教育委員会の決定は閉鎖ではありませんでした。なんと17歳で町の高校に通っている姉のタンジーが教師として抜擢されたのです。(「THE TEACHER'S FUNERAL」斎藤倫子訳)

20世紀初頭のアメリカの田舎の町が舞台。全身を洗うのは1週間に一度、冬にならないと靴をはいたり下着をつけることもない子供たち。交通手段は馬車が主流。特別列車で最新の蒸気エンジンと脱穀機がやって来る日には、30キロ周辺に住む男たちは皆、大人も子供もモンテズマ駅に集まり、1904年モデルの鋼鉄製の攪拌分離式脱穀機<ケース・アジテーター>に目も眩むような思いをすることに…。そんな古き良きアメリカの田舎町が愛情たっぷりに描かれてています。
この田舎町の学校で新任教師となったのは、17歳のタンジー。あまりにも若いため、タンジーがこの学校の生徒で読本で苦労していた時のことを覚えている生徒もいますし、これは相当やりにくいはず。その上、目が離せない悪がきたちの中には実の弟も2人いますし、さらには学校のトイレが火事になったり、教卓の引き出しに大きな蛇が入っていたり。しかしタンジーは初日から、反抗的なパール・ニアリングを従わせ、学校になんか来たくなかった「ちびパンツ」ことビューラも手懐けてしまいますし、やる気のない生徒たちの頭に次々に知 識を詰め込んでしまうのです。怖いファニー・ハムラインおばさんに対峙した時も一歩も引きません。その毅然として教師ぷりは、若干17歳の少女とは到底思えないもので、とても素敵。作られた人物だからというわけではなく、タンジーだからこそ、と素直に思えます。それだけに、タンジーの教員の仮免許状付与の審査のためにパーク郡教育長と副教育長が来た場面では、読んでいるこちらまで思わずどきどきしてしまうのですが...。この日のファニー・ハムラインおばさんは素敵でした。普段怖い人が思わぬ一面を見せてくれるというのに弱い私。そんな波乱万丈な毎日が、ラッセルのユーモアたっぷりの口調で語られていきます。
しかし物語はラッセル視線で語られているので、やはり信用しきってしまうわけにはいきません。ラッセルかかると、「田舎くさくて、骨ばった体つき」で「年が上というだけでなく体も巨大」で、「男みたいに大柄で、先生みたいにいばってる」タンジーなのですが、どうやらラッセル以外の人間の目には少し違う風に映っているようですね。もちろん、「合衆国で最悪」のパンやパイを作るモードおばさんに代わって、夏の休みの間は家に帰ってきて食事の支度をしてくれること、キャンプに行くラッセルとロイドのために山のように食料を持たせること、「ショートニング入りビスケットは、わたしが焼いたものよ」なんて声を潜めるタンジーに、母のような愛情を感じてはいたのですが。最後の最後で語られる後日談も微笑ましく、驚きつつも納得してみたり。とても幸せな読後感です。

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