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このページは、パトリシア・A・マキリップの本の感想のページです。

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「妖女サイベルの呼び声」ハヤカワ文庫FT(2005年7月読了)★★★★★お気に入り

エルド山の奥深く、ライオンのギュールス、隼のター、猪のサイリン、黒猫のモライア、ティルスの黒鳥など伝説の獣たちと白い館に住む、美しき魔女・サイベル。獣たちの心に呼びかける力を持ち、人との関わり合いはほとんど持たずにいた彼女が求めていたのは、美しく大きな白い鳥・ライラレンを呼ぶことだけでした。そんな彼女の元に現れたのは、サールスのコーレンと名乗る若者。彼はサイベルには甥に当たる赤ん坊・タムローンを連れてきており、サイベルに預かって欲しいと頼みます。この赤ん坊は、表向きはエルドウォルド王国の王・ドリードとその妃・リアンナの息子。しかしその父親はサールのノレルなのではないかと疑われていたのです。 (「THE FORGOTTEN BEASTS OF ELD」井辻朱美訳)

1975年度世界幻想文学大賞受賞作品。淡々と、しかし美しい響きと共に進む物語は重厚で寡黙な独特の雰囲気があり、まるで神話の世界のようです。彼女と一緒にいるのは、あらゆる謎の答を知り、吟遊詩人のように伝承民話を吟唱できる赤い眼と白い牙の猪・サイリン、魔術師エーアを殺害した7人の男を八つ裂きにした青い眼の隼・ター、モロク王の第3王女を幽閉中の石塔から背に乗せて救い出した、大きな翼と黄金色の眼を持つティルリスの黒鳥、呪術と玄妙不可思議な魔力の持ち主として語り草となっていた巨大な黒猫、夜の貴婦人・モライア、王の財宝にも匹敵する黄金のライオン・ギュールス、冷たく燃える黄金を褥に幾世紀もの間まどろんでいた竜・ギルド。サイベルは彼らの往方(いにしえ)の名を呼ぶことによって彼らを押さえています。
しかし獣たちを手名づける力は身につけていても、人間の知り合いは父親のオガムのみ。孤独を孤独と気付かないほどの1人きりの生活を送り、愛も憎しみも知識としてしか知らなかったサイベルは、タムローンによって愛情を持つことを知り、老婆メルガからは母のような無性の愛を受けることを知り、コーレンからは男から女への愛情を教えられることに。しかしその愛情は、ドリードとサールスとの間の憎しみをもサイベルに教えることになります。人間らしい感情を何も知らなかった頃のサイベルは失うものもなく、いわば無敵の存在。しかし一旦それらの愛情を知ってしまったサイベルは、愛情を守るために1人の弱い女性となってしまうのですね。そしてそれだけに、憎しみも強く燃え上がることに…。
読んでいると、奥行きのある世界の全てが深く美しく圧倒されます。獣たちも人間たちも、それぞれに示唆に富んでいますし、とても魅力的。私が特に好きなのは隼のターと猪のサイリン、老婆メルガ。そして王妃・リアンナを深く愛していだけに、裏切られた時の怒りと哀しみを忘れることのできず、そのためにサイベルをも恐れることになるドリード王の姿が哀しいですね。


「星を帯びし者-イルスの竪琴1」ハヤカワ文庫FT(2005年12月読了)★★★★★お気に入り

「偉大なる者」が支配する世界の片隅にある小さな島・ヘドの領主・モルゴンは、アンのアウムの領主、ペヴンの亡霊との謎かけ試合に勝ち、ペヴンの王冠を手に入れます。しかし半年もの間、その王冠はモルゴンのベッドの下に埃をかぶるままにされていました。モルゴンは知らずにいたのですが、実はアンの領国支配者・マソムは、ペヴンとの謎かけ試合に勝った者と、アンで2番目に美しいと言われる娘のレーデルルを結婚させるという誓いを立てていたのです。レーデルルは、モルゴンがケイスナルドの大学で学んでいた時の親友・ルードの妹。誓いのことを、「偉大なる者」の竪琴弾き・デスに聞かされたモルゴンは、王冠を持ってデスと共にケイスナルドへ。そしてアンウィンへと向かう船に乗るのですが、その船から突然乗組員が消え、嵐の中で難破してしまうことに。(「THE RIDDLE-MASTER OF HED」脇明子訳)

イルスの竪琴と呼ばれる3部作の1作目。
いつの頃からか「偉大なる者」が支配しているという世界の物語。一読して感じたのは、トールキンの「指輪物語」の影響をかなり受けているだろうということ。平凡な田舎の百姓だった主人公が、生まれながらに帯びていたある使命のために旅に出ること、主人公のいる村は表面上は平和に見えながらも、実は戦乱はすぐそばまで迫っていたこと、主人公は魔法が使えるわけでも剣が使えるわけでもない平凡な人間で、ひたすらその使命に従って行動するところなどがそうですね。ケイスナルドの大学はル=グインの「ゲド戦記」のようですし、豚が多く登場するところなどは、ロイド・アリグザンダーのタランシリーズを彷彿とさせます。しかし領国支配者が領国と密接に結びついており、その領国内でのことは草木の1本に至るまで全て感じることができること、領国支配者が死ぬとその支配権は自動的に世継に移るため、世継は領国支配者の死の瞬間、それを身体で体感することになること、そしてこの世界では「謎解き」がとても重要であり、大学も謎解きとその教訓を教える場所で、謎解きのためには命をも賭けることが珍しくないという設定がユニーク。主人公のモルゴン自身、命を賭けた謎解き試合に勝って王冠を得ていますし、謎を解くために出た旅は、さらに大きな謎を呼び寄せることになります。モルゴンの額の3つの星には一体どのような意味があるのか、「星を帯びた者」とは何者で、その使命とは何なのか、その他にも様々な謎が現れ、謎がさらに謎を呼び、目が離せない展開です。
そしてこの作品を読んでいて感じたのは、旅をしている情景の美しさ。穏やかな農地の明るい日差しや草原を吹き渡る風、竪琴の音色や、北の大地の吹雪く音が直に感じられるような気がしました。それぞれの国で出会う登場人物たちも個性的。普通の魔法だけでなく、一種変わった能力なども楽しめました。
最初は登場人物の名前や地名が多くて、なかなか覚えられずに大変でしたが、巻末に人名と地名の一覧が出ていたので助かりました。


「海と炎の娘-イルスの竪琴2」ハヤカワ文庫FT(2005年12月読了)★★★★★お気に入り

モルゴン、そして「偉大なる者」の竪琴弾きがアイシグ峠で姿を消して1年。アンのレーデルルは、ひたすらモルゴンを待っていました。しかしそこに入ってきたのは、モルゴンが5日前に死んだという知らせ。モルゴンの持っていた領国支配権が、ヘドにいる弟のエリアードに移ったというのです。それを聞いた王マソムは世継である息子のデュアクにアンのことを任せ、誰がモルゴンを殺したのかを探る旅に出ることに。そしてケイスナルドにいるルードにそのことを知らせ、王国に戻るよう要請するために、レーデルルが父の船で出帆。レーデルルはそのまま、ヘルンの領国支配者・モルゴルの娘・ライラ、モルゴンの妹・トリスタンと共に、エーレンスター山へと向かうことに。(「HEIR OF SEA AND FIRE」脇明子訳)

イルスの竪琴の2作目。
今回物語の中心となるのは、モルゴンの婚約者となったレーデルル。「星を帯し者」にも登場していたライラやトリスタンもレーデルルの旅に同行することになり、前回の男性中心の物語とは打って変わって華やかになります。モルゴンがレーデルルをヘドに連れて行くのを躊躇っていたので、てっきり深窓の姫君なのかと思っていたのですが、これがなかなかの気の強さと行動力を見せてくれました。はねっ返りのライラともいいコンビですね。逆に、ヘドでは十分気が強く見えていたトリスタンが、今回も十分に頑固で向こう見ずな行動に出てはいるのですが、少女らしく可愛く見えました。今回は「指輪物語」というよりも、 デイヴィッド・エディングスの「ベルガリアード物語」の雰囲気。(どちらが先に書かれているのかは分かりませんが…) そして今回もその情景描写の美しさは健在。薄明かりの中、レーデルルの前に黒い髪の女が現れる場面、夜の辺境地帯でレーデルルがデスと邂逅する場面など、暗闇に光を放つ炎の場面がとても印象的でした。
まだまだ「偉大なる者」についても、その竪琴弾き・デスについてもまるで謎のままですし、姿を現し始めた魔法使いたちが、これからどのような役回りになるのかも興味のポイントです。


「風の竪琴弾き-イルスの竪琴3」ハヤカワ文庫FT(2005年12月読了)★★★★★お気に入り

イムリスでは、ヒュールー・イムリスがこの世ならぬ者たちの軍勢との戦いを開始。そしてランゴルドの魔法学校の創立者・ギステスルウクルオームと戦うために、意識を取り戻した魔法使いたちがランゴルドには集まりつつありました。それを聞いたモルゴンとレーデルルもまた、アンからランゴルドへと向かいます。そしてその途中、モルゴンたちはまたしても竪琴弾きのデスと出会うことに。(「HARPIST IN THE WIND」脇明子訳)

イルスの竪琴の3作目。これで完結です。
今回はモルゴンとレーデルルが中心となります。そして前作の終わりで徐々に自由を取り戻し始めていたいにしえの魔法使いたちも前面に登場。彼らのそれぞれに個性的な姿も楽しかったです。結局、最後の最後まで謎に翻弄され続けてしまいましたが、これまでの謎も含めて全て鮮やかに解かれていく過程は、本当に読み応えがありました。「偉大なる者」に関しては、途中でようやく気づきましたが、それでも最終的に全てが明らかになるまでは油断できないといった感じ。そしてようやくモルゴンに与えられた数々の試練の意図も、竪琴や剣の存在意義も分かり、すっきりです。それにやはり情景描写がとても素敵ですね。特に最後の戦いの場面の幻想的で美しいことといったら、素晴らしかったです。これからの2人がどうなっていくのか、そちらの姿も垣間見てみたかった気もしますが、ここで終わるのが正解なのでしょうね。面白かったです。マキリップらしい世界を堪能できました。


「ムーンフラッシュ」ハヤカワ文庫FT(2005年12月読了)★★★★

森の中に<河>が流れ、<屏風岩>に始まり<十四の滝>で終わる世界に住む14歳の少女・カイレオール。母・ナラは10<月閃(フラッシュ)>前にこの世界から姿を消し、現在は薬師をしている父・アイクレインと2人暮らし。カイレオールは好奇心が強く、様々なことを空想する少女。世界はどのような形をしているのか、河はどこへ流れていくのか、<屏風岩>の手前には何があり、<十四の滝>の向こうには何があるのか、<月閃(フラッシュ)>とは何なのか、カイレオールには知りたいことが沢山ありました。しかしそんな中、カイレオールが生まれた時から定められている<亀が辻>のターヴァールの末息子・コーレとの婚約式が執り行われます。現実的で、カイレオールの空想を理解できないコーレ。彼女はコーレのために想像をめぐらすことをやめようとするカイレオールですが、森の中で見知らぬ猟人と出会ったことがきっかけとなり、とうとう幼馴染のタージェと船で<十四の滝>へと向かうことに。(「MOON-FLASH」佐藤高子訳)

原始的で素朴な世界。そんな世界で、特に何も疑問を持たずに暮らしていけるコーレのような少年は、実はとても幸せなのかも知れません。カイレオールも、一度は幸せになろうと、コーレとも定めに従って婚約しますし、コーレの家族の中で日々の役割を果たすことを覚えるのですが、一度持ってしまった好奇心や疑問は抑えようもなく、どんどんふくらむのみ。そしてとうとう行動に出ることになります。河を旅していく情景がとても美しくて惹かれますし、2人の間のそこはかとない気持ちが、徐々にはっきりとした形になっていく過程も初々しくて良いですね。
<河世界>では夢が重要な役回りとなります。特に薬師の父親が見る夢には必ず何かしらの意味が隠されていて、その夢を判断することも薬師たる父親の重要な役割。これが、純粋なまま残されているこの世界らしさを出していますね。例えばアルタミラやラスコーのような壁画は、テレビや印刷物などが全くない純粋な世界に生きていたからこそ描けた力強い絵だと聞いたことがありますが、この<河世界>に住む人々ならば、おそらくそのような絵を描けるのでしょう。カイレオールやタージェにとって、文明に触れ、新しい知識を得ることは、そういった純粋な力強さを失うことでもあり、それが少し淋しくもあったのですが、最初はカイレオールに引きずられるように旅に同行しただけのタージェが、気がつけばカイレオールよりもしっかりと現実に適応していたのが可笑しかったです。
SF作品だと聞いていたのに、まるでアフリカの奥地が舞台となったような物語で始まったのには驚かされました。猟人のレグニー・オークロウが見るからに文明人なので、そういった奥地に研究にやってきた人物なのかと思ったのですが、物語は思わぬ方向へと展開。マキリップにかかると、SF風味も一味違うのですね。


「ムーンドリーム」ハヤカワ文庫FT(2005年12月読了)★★★★★

ドーム・シティに4年間暮らし、それぞれに訓練を受けたカイレオールとタージェ。タージェは猟人となり、秋の儀式のために<河世界>へと向かうことに。しかし悪い予感を感じたナラの指示で、急遽レグニーが同行することになります。そしてカイレオールはその間、クスタールという穴居人のいる他の惑星へと調査に赴くことに。しかし<河世界>では薬師のアイクレインが死に掛けていたのです。誰にも姿が見られていないはずのタージェが病床のアイクレインに呼ばれ、<河世界>を出てからのことを逐一物語ことになります。カイレオールが乗った宇宙船は宇宙空間で他の宇宙船と衝突して、見知らぬ惑星へと不時着することに。(「MOON AND THE FACE」佐藤高子訳)

「ムーンフラッシュ」の続編。
SFらしいSFはあまり好みではないはずなのですが、前作よりもすんなりと入りやすかったです。前作は<河世界>からの卒業、この作品は<河世界>への回帰なのですね。今回は前回以上に夢がキーワードとなっていました。<河世界>を既に卒業してしまった者たちも、その本能の奥底には<河世界>を持ち続けており、そしてお互いに繋がっているのを感じさせられることになります。アイクレインが実は色々なことを理解していたこと、そしてタージェに全てを受け継ぐこと。ごくごく狭い狭い世界のはずの<河世界>には、実はドーム・シティを丸ごと包括するほどの包容力があり、タージェの手によって両方の世界が繋げられていく場面が印象的。古い伝統は新しい伝統として生まれ変わり、引き続かれていきます。「なにもかも単純なことさ」というアイクレインの言葉は、本当にその通りなのでしょうね。一見便利に見える文明が、全てをややこしくしているだけなのかもしれません。
ただ、今回コーレの母親は登場するのですが、コーレはどうなったのでしょうね。カイレオールたちの出奔は、<河世界>に相当な衝撃を与えたと思うのですが、それについては誰も触れていないようです。おそらくコーレも他の少女と結婚したのでしょうし、もしかしたら薬師が許したという時点で全て許されてしまうのかもしれませんが、それだけが少し不思議でした。


「影のオンブリア」ハヤカワ文庫FT(2005年7月読了)★★★★★お気に入り

この世で一番綺麗で力があり、豊かで古い都・オンブリア・そのオンブリアの大公であるロイス・グリーヴが亡くなります。酒場の娘から妾妃となったリディアは、宮廷内で権力を振るうロイス・グリーヴの大伯母、黒真珠ことドミナ・パールに宮殿を追い出され、5年ぶりに街に戻り、父親の酒場<薔薇と茨亭>を手伝うことに。しかし宮殿に残してきた5歳のカイエルが気になって仕方ないのです。カイエルは大公・ロイス・グリーヴの息子。ロイスの死によって大公の座を受け継ぐのですが、その摂政となったのはドミナ・パールであり、カイエルが彼女の傀儡にされてしまうのは勿論のこと、成人するまで生きていられるかどうかも怪しかったのです。宮殿の中でのカイエルの本当の味方は、カイエルの従兄にあたるデュコンのみ。しかしそのデュコンもまた、反ドミナ・パールの勢力に担ぎ出されそうになっていました。リディアは、宮殿から逃げ帰る時に助けてくれた影の世界の少女・マグを頼りに宮殿へと戻ろうと考え、地下の世界を訪れます。そこにいたのは、魔女・フェイでした。(「OMBRIA IN SHADOW」井辻朱美訳)

2003年度世界幻想文学大賞受賞作品。
宮殿にも表の通路と裏の通路があるように、オンブリアの街にも表のオンブリアと裏のオンブリアが存在し、「上界」「下界」と呼ばれています。現在のオンブリアと過去のオンブリアも二重写しになっていますし、宮殿にいる権力者・ドミナ・パールと、影の世界の魔女・フェイもまたそう。光と影の二重写し。この薄紙のように重ねられた光と影の情景が重厚な叙事詩のように描かれていて、とても美しくて幻想的です。光が濃ければ濃いほど影もまた濃いというのは、スペイン語の「sol y sombra」(光と影)という言葉を思い出しますが、しかしここで濃いのはむしろ「影」。影があるからこそ、光の存在を思い出すといった印象ですし、光よりも影に惹かれます。しかし影の方が強いというのは、この都の名前を考えれば当然のことかもしれませんね。「オンブリア(Ombria)」という都の名前は影を思わせる言葉。フランス語で「影」は「ombre」であり、イタリア語では「ombra」なのですから。(残念ながらラテン語でどう言うのかは知りませんが) そして二重写しだった光と影は、その後、お互いに溶け合っていくことになります。
リディアやデュコン、ドミナ・パールやフェイ、マグといった、これらの光や影に囚われている登場人物たちも魅力的なのですが、あくまでもこの物語の主役はオンブリアの都そのものであったように思います。光と影が交錯し全てが朧に霞んでいる夢のような世界は、静謐でありながら雄弁。幻想的な美しさに満ちています。


「オドの魔法学校」創元推理文庫(2008年2月読了)★★★★

両親が死んで以来というもの人と関わるのをやめ、ヌミス国の北の小さな村でひたすら植物相手に生きていた青年・ブレンダン・ヴェッチの元を訪れたのは、動物を体中にまとわりつかせた不思議な女巨人のオド。弟のジョードにも恋人だったメリッドにも去られて孤独なブレンダンに、オドは王都・ケリオールにあるオドの学校で庭師として働いて欲しいと申し出ます。この魔法学校は、400年前に国の危機を救って英雄となったオドその人によって作られた学校。魔法に使う植物を育てる庭師が1人仕事をやめて故郷に帰ってしまい、ブレンダンのような人間を必要としているというのです。魔法など何ひとつ知らないブレンダン。しかしオドの申し出を受け、夏の終わりになると収穫した種や珍しい植物などを詰めた荷物を持って、ケリオールの魔法学校を訪れることに。(「OD MAGIC」原島文世訳)

読む前はこの題名から学園物なのかと思い、パトリシア・A・マキリップが普通の学園物を書いたとは到底思えずに戸惑ったのですが、実際には魔法学校はたまたま舞台に選ばれたというだけで、ハリー・ポッターなどのような魔法学校に学ぶ生徒たちの冒険物とはまるで違う物語なのですね。ここにあるのは、パトリシア・A・マキリップ独特の静かで幻想的な雰囲気と、魔法に満ちた空気。その中で、この世界に太古の昔から存在する魔法の本質を捉えようとする物語。
オド自身が作った魔法学校は、その後徐々に雰囲気が変わってしまい、今は魔法使いの力を恐れる王によって厳しく管理されている状態。魔法学校にいる生徒はヌミスの魔法として認められているものだけを学び、その中でもとりわけ有能な魔法使いであるヴァローレン・グレイが、王の顧問官として新たな魔法使いの出現を常に気にかけ、管理外の魔法に厳しく目を光らせています。魔法教師・ヤールはそんな魔法学校のあり方に強い危惧の念を抱き、自分の存在意義をも考えさせられていますし、そんな中に現れたブレンダンの無自覚ながら生まれながらに持つ底知れぬ力が魔法使いたちを混乱させます。さらに治安の悪い歓楽街・黄昏区に現れた魔術師・ティラミンの一座の操る幻影は果たして本当に魔法なのか、それとも手品なのか…。そして王家の内部でも、スーリズ姫がヌミスの魔法ではない魔法を曾祖母から受け継いでいるのです。
女巨人のオドや庭師のブレンダンを始めとして、魔法学校の教師・ヤールとその恋人セタ、魔術師ティラミンと娘のミストラル、警吏監・アーネス、王の顧問官・ヴァローレン、王女・スーリズなど、登場人物たちも多彩で、それぞれに個性的。とても面白く読めましたし、行間に漂うマキリップならではの幻想的な雰囲気はとても楽しめたのですが、この作品がマキリップの本領発揮かといえば、それは疑問。この物語をこの長さで書ききってしまうことに無理があるかもしれません。魔法学校のこともオドのことも、そしてブレンダンのこともあまり分からないままに終わってしまったという印象も残ります。面白く読めたのですが、もっと1つ1つのエピソードをもっと掘り下げて描きこんで欲しかったというのが正直なところです。


「ホアズブレスの龍追い人」創元推理文庫(2008年9月読了)★★★★

【ホアズブレスの龍追い人】…昔、世界のてっぺんにあったのは、黄金と雪でできた環の形の島・ホアズブレス。この島は13ヶ月のうち12ヶ月間が冬に覆われていました。
【音楽の問題】…3歳でやさしい古詩を習い始めたクレス・ダミは、オウノンの大吟唱詩人学校で学び、ダギアンでの吟唱詩人の求めに応じて旅立つことに。
【トロールとふたつのバラ】…昔々橋の下に住んでいたトーンという名の年寄りトロールは、ある晩馬で橋を渡った王子の持っていた白いバラに恋してしまいます。
【バーバ・ヤーガと魔法使いの息子】…昔遥か彼方の広大な国に住んでいた魔女のバーバ・ヤーガは、<地下>に降りて休暇を過ごしていたある朝、自分の家と喧嘩になってしまいます。
【ドラゴンの仲間】…セランダイン女王が贔屓にしているハープ奏者が<ブラック・トレンプター>に攫われ、アン、ジャスティン、ダニカ、フラー、クリスタベルが探索の旅に出ることに。
【どくろの君】…どくろの君は、平野を渡ってくる6人の仲間たちを眺めていました。彼らは日が暮れると塔に入り、次の日没までに塔の中で最も貴重なものを選ばなければならないのです。
【雪の女王】…雪の日にシリーニのパーティへと出かけたカイとゲルダ。ゲルダはカイの愛情を失いかけており、カイはパーティに遅れて現れたネヴァに目を奪われます。
【灰、木、火】…火格子の下に消えたゴキブリは、だだっ広い調理場の面々と話し始めます。
【よそ者】…シルが引き潮の時にみかけたよそ者が奇妙な釣り道具を取り出し両手を動かすと、砕ける波と共に低い音が出てため息のように消え、さらに多くの音が鳴り始めます。
【錬金術】…セリーズがベズル博士の助手となって錬金術の過程を学んでいるのは、詩を書くため。ベズル博士にもらう僅かの金は全て本に変わるのです。
【ライオンとひばり】…古き魔法の都に住んでいたのは商人と3人の娘。商人が旅に出る時、娘たちは自分たちの名前と同じものをお土産に欲しがります。
【ジャンキットの魔女たち】…月や鳥、水に<オイスター・ロック>の中にいるものが現れると警告され、ジャンキット川のマスにも忠告されたヘザーは、早速ポピーの家へと向かいます。
【悪い星のもとに生まれて】…そこにあったのはロミオとジュリエット、ジュリエットの婚約者・パリス伯爵、そしてジュリエットのいとこのティボルトの死体。ステファノは事件を調べ始めます。
【心のなかへの旅】…今週結婚することになっている娘のために一角獣の角を欲しがっている大公。魔法使いは一角獣を油断させる乙女の役にイエナを選びます。
【ヒキガエル】…お姫さまに壁に投げつけられて王子となったヒキガエルの話。(「HARROWING THE DRAGON」大友香奈子訳)

ここに収められた15の短編は、1982年から99年までの17年間に書かれたもので、発表順に収められているのだそうです。面白さが今ひとつ分からない作品もあったのですが、基本的にどれもマキリップらしい、読み始めた途端に情景が広がる作品と言えそう。しかし今まで読んだ長編作品とは違い、民話や童話に近い作品が多いことに驚かされました。短編ではこういった作品も書いていたのですね。いかにもファンタジーらしいモチーフ、龍や吟唱詩人、魔法使い、魔女、魔法にかけられた王子、一角獣などをふんだんに使った作品群。時にはトロールやバーバ・ヤーガといった特定地域の昔ながらの民話のモチーフを使っています。「雪の女王」「ライオンとひばり」「ヒキガエル」は、有名な民話や童話をマキリップ風に味付けした作品。その中で少し異色に感じられたのは、「ロミオとジュリエット」のマキリップ版、「悪い星のもとに生まれて」でしょうか。これはファンタジーではなく、むしろミステリ風。
私が特に好きなのは、表題作「ホアズブレスの龍追い人」。これは1年13ヶ月のうち12ヶ月が雪に閉ざされた最果ての島で金鉱掘りをする人々と、その島を訪れた龍追い人の物語。これは童話や民話に近い作品ではなく、マキリップならではという世界が広がる作品。その他の作品では、ハープ奏者を探して5人が旅をする「ドラゴンの仲間」にはコミカルな魅力がありますし、バーバ・ヤーガが鶏の足を持つ家と喧嘩するという設定が楽しい「バーバ・ヤーガと魔法使いの息子」も楽しいですね。


「チェンジリング・シー」小学館ルルル文庫(2008年9月読了)★★★

1年前に漁師だった父が海に連れ去られて以来、海を憎んでいるペリ。母は考えることをやめ、いつか父が帰ってくることを夢見ながら海を見つめてばかり。15歳のペリことペリウィンクルは、母のいる家をにほとんど帰らなくなり、港のそばの宿屋で働きながら村から3キロほど離れた海辺の小さな家に暮らしていました。ペリは幼い頃からこの家に通い、1人で住んでいた老婆に不思議な物語を聞いたり魔法を教えてもらったりしていたのです。しかしその老婆もまた、ペリの父親が亡くなってすぐ後忽然と姿を消していました。そんなある日のこと、その村の高台に建てられた豪華な別荘に滞在するため、王の一家が村にやって来ます。そしてペリは老婆に会いにやって来た王の息子・キールと出会うことに。(「THE CHANGELING SEA」柘植めぐみ訳)

ルルル文庫というレーベルのイメージに良く似合う、少女向けらしいシンプルでロマンティックな物語。「チェンジリング」という言葉通り、取替え子の物語です。直接登場することはないのですが、海の下の国という存在もとてもロマンティックですし、海に惹かれてやまない王子の存在もいいですね。本来海の存在である王子が、陸の存在であるペリに心惹かれながらも、それでも海に心を奪われるのをとめることができないというのが良かったです。
しかしこれまでのパトリシア・A・マキリップの作品に比べると、イメージ喚起力がかなり弱い気がします。これは翻訳によるものなのでしょうか。訳者あとがきによれば、柘植めぐみさんはマキリップの作品と出会って翻訳家になりたいと思われた方だそうなので、マキリップの作品の魅力は十分ご存知なのだろうと思うのですが… レーベルに左右されてしまったのでしょうか。

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