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このページは、エリザベス・A・リンの本の感想のページです。

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「冬の狼」ハヤカワ文庫FT(2006年3月読了)★★★

アランの地の北の果て、山脈との境目に北方の異民族からの守りとして築かれていたトーナー廓(くるわ)に、南部からコウル・イーストルの率いる部隊が攻め込んできます。トーナー廓の領主・アソルは死亡、領主の1人息子・アーレルは狩に出ていたところを捕らえられて捕虜となっていました。トーナー廓の数少ない生き残りとなった哨兵隊の組頭・ライクは、アーレルの命と引き換えに、コウルへの忠誠を誓い、コウル軍の武将として取り立てられることに。しかしアーレルは命は助かったものの、チアリと呼ばれる道化の務めを果たせられることになったのです。宴会のたびに呼び出され、屈辱的な仕打ちをうけるアーレル。そんなある日、トーナー廓の西にあるクラウド廓から、<隻眼のビーレント>の休戦の使いとして、緑幇(りゅうばん)の2人の使者、ノーレスとソーレンが遣わされてきます。緑幇の使者は、どちらの味方に付くこともなく、決して欺かない者たち。コウルはビーレントの休戦の申し入れを受け入れ、使者たちはクラウド廓へ戻ることに。しかしその2人の助けを借りて、ライクとアーレルはトーナー廓を脱出したのです。4人はクラウド廓に寄った後、幻の地・ヴァニマーへと向かいます。(「WATCHTOWER」野口幸夫訳)

アラン史略第1巻。1980年度の世界幻想文学大賞受賞作品。架空の場所であるアランという地を舞台にした異世界ファンタジーです。
凍てついた大地に建つ石造りの砦での物語には、良く合っているのかもしれないのですが、まるで日本の戦国時代の物語を読んでいるかのような訳文に馴染むのに時間がかかってしまいました。確かに雰囲気は出していますが、どう考えても西欧風のファンタジーに、「それがし」などと言う主人公はあまり馴染めませんし、「廓」「奉行所」などの言葉にも違和感があります。しかしファンタジーとは言っても魔法は登場せず、まるで中世の歴史小説を読んでいるかのような感覚の作品。むしろアーサー王伝説など、現実に存在する本物の中世の物語の方が魔法の色が濃厚であることを思うと、何だか不思議になってしまうほどです。アーレルの操る、タロットカードのような<運勢の骨牌(かるた)>も、雰囲気を出す以上のものではなく少々拍子抜け。物語が始まる前の作者の言葉によれば、チアリたちの技芸は日本の合気道と類似しているのだそうですが、読んでいてもあまりそういったイメージは受けず、小道具としてはあまり成功しているようには思えません。それでも全体的に男性的で硬派な雰囲気ですし、まるで無骨な石造りの部屋に掛けられた重厚なタペストリーを見ているよう。派手な色合いこそありませんが、落ち着いた色合いでしっかりとした情景が描き出されていきます。
途中、突然意外なフェミニズム論が絡んできたのには驚きましたが、これは今後の展開にも影響してくるのでしょうか。それともこのラストを引き出すためだけのものだったのでしょうか。やや唐突でちぐはぐな印象が残りました。


「アランの舞人」ハヤカワ文庫FT(2006年3月読了)★★★

トーナー廓に住む17歳のカーリスは、トーナー廓の19代目の領主・モーヴェンの甥。両親は既に亡く、たった1人の兄・ケルはチアラスの一員として各地を巡る旅の生活。カーリスは3歳の時に戦闘で右腕をなくしたため、モーヴェンによって戦闘の技を教わるのは無駄だと判断され、今は歴史学者のジョウセンの下で、弟子として祐筆として働く日々。廓の中で肩身の狭い思いをしていました。そんなある日、兄のケルもいるチアラスの一行がトーナー廓を訪れます。彼らはカーリスを迎えに来たのです。カーリスは早速チアラスと共に旅に出ることに。そして自分のことを取るに足らない存在だと思い込んでいたカーリスは兄に教えられて、自分が魔法使いであり、「内話者」であることを知ることに。(「THE DANCERS OF ARUN」野口幸夫訳)

アラン史略第2巻。
1巻の「冬の狼」の冒頭で死んだアソルが13代目の領主であり、跡を継いだソーレンは14代目。この時代は19代目の領主・モーヴェンの時代ですから、一気に5代分の時間が流れてしまったことになります。「北の娘」の下巻に載っている年表によれば、100年ほど経過しているようですね。前回登場のライクやアーレルが意外と気に入っていただけに残念だったのですが、この時代にはそれらの人々のことは既に歴史の中の1コマとなっているようです。事実が事実のまま歴史書に記載されているのに、後世の歴史家がその記載を疑うところなど面白いですね。
そして今回驚かされたのは、その性愛の奔放さ。あまりに自然に描かれてしまっているので、最初は気づかなかったのですが、愛情を持ち行為をする相手が同性であっても兄弟であっても構わないのですね。カーリスの最初の相手は親友のトリッグ、そして洗濯物を担当する女中のキリ。そして作中では兄のケルと関係を持ちます。しかしケル自身は、同性のシーファーが子供の頃からの恋人。このような重厚な作品にそういった場面があるというのが最初はとても違和感だったのですが、巻末の訳者あとがきに引用された作者のインタビューによると、その部分が一番最初に出来たのだそうです。相変わらずの訳文も含め、今ひとつ物語に乗り切れないものを感じます。


「北の娘」上下 ハヤカワ文庫FT(2006年3月読了)★★★

<三角州のキーンドラ>の有力家・ミード家の当主・アーレ・ミードに仕えているソーレンは、北の葡萄園からアーレによって選ばれて連れて来られた婢。背の高いほっそりとした姿に白い肌、小麦色の髪という北国の容姿を持っています。アーレに仕える傍ら、アーレの弟のイサークの舞いには鼓手として務め、<道場主>のパクスを恋人としているソーレン。しかし彼女は時々、見たこともない北の山々、そして塔のある廓を幻視することがありました。それが本当に魔法ならば、<タンジョウ>に聞けば分かること。しかし、もしソーレンが魔法使いだと分かれば、ソーレンはそこから二度と抜け出せないかもしれないのです。ごく身近な人間にしかそのことを言っていなかったソーレンですが、その城がどうやらトーナー廓であるらしいことが分かり…。(「THE NORTHERN GIRL」野口幸夫訳)

アラン史略第3巻。「アランの舞人」からは、さらに100年ほどの時間が経っているようです。
シーファーが作った<タンジョウ>は、この時代にもあるのですが、既に舞いと武器の技を持つ本物のチアリの存在はなく、<三角州のキーンドラ>も刃のついた武器の持ち込み自体が禁令となっています。舞うことだけがチアリの役目、戦うことは兵士の役割。
ソーレンが常々見ていた北の地のことを知り、自分の能力のことを知り、そして実際に北の地に向かうという物語が中心にあるのですが、下巻の3分の2辺りまではほとんど<三角州のキーンドラ>での内輪もめに費やされています。この部分も悪くはないのですが、やはりソーレンが実際に北の地へ行くことを決意してからほど動きがありませんし、薩摩弁や関西弁に訳された会話に気を取られてしまい、なかなか物語の中に入り込むことができませんでした。
どうやらこの「アラン史略」という物語は、アランという国の興亡というよりも、チアリの興亡を描いた作品だったようですね。「北の狼」でようやく認められ始めたチアリたちが、「アランの舞人」ではその最高潮の時代を迎え、そして「北の娘」ではほとんど意味を成さない存在にまで衰退しています。しかしそれが、この物語でどういう意味を持つのか、それを掴むにまでは至りませんでした。場面場面の重厚な情景は印象に残りますが、終始訳文に気を取られてしまい、結局何を訴えていたのか今ひとつ掴めないまま終わってしまいました。

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