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このページは、エレン・カシュナーの本の感想のページです。

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「吟遊詩人トーマス」ハヤカワ文庫FT(2007年3月読了)★★★★★

吟遊詩人トーマスがやって来たのは、風が狂ったように吠えたける、陰鬱な秋の夜のこと。犬のトレイが何かを聞きつけたように身を固くし、メグとゲイヴィンがこういう夜は死者が馬で走り回っているのだろうと考えていた丁度その時、扉の外にはひどく背の高いずぶぬれの男が立っていたのです。それが詩人トーマス。病で倒れたトーマスをメグは親身に看病し、やがて病の癒えたトーマスはメグやゲイヴィンに様々な物語を語り、歌を歌います。そして彼らの隣人の少女・エルスペスと出会うことに。(「THOMAS THE RHYMER」井辻朱美訳)

1991年度の世界幻想文学大賞受賞作品。
吟遊詩人トーマスとは、13世紀に実在したといわれるトーマス・ライマーのことで、タム・リンと並んで古いバラッドにも歌われている人物。
物語は主要な4人それぞれの章によって構成されています。まずはゲイヴィンの章。これは謎めいた吟遊詩人・トーマスの到来と滞在を語る導入部。メグが妙にトーマスを気に入っているのが、ゲイヴィンとしては少し微妙なところでしょうか。そして次はトーマスの章。このトーマスの章が4つの中で一番長く、物語の半分ほどを占めており、ここではトーマスが妖精の女王にエルフランドに連れて行かれて7年を過ごす次第が語られます。そしてメグの章ではトーマスの帰還が、最後のエルスペスの章では晩年のトーマスの姿が描かれることに。井辻朱美さんが「訳していてふしぎでもあり、興味深かったのは、Aという人物の視点から描かれたBという人物が謎めいていて不思議なので、Bの一人称部分にはいりさえすれば、この人物の本質がわかるだろうと思うのだが、実際にBの語り部分にはいってみると、謎はあいかわらず解けないということである。Aの目にうつっていたBとはちがうBがそこにいて、しかもBの目にうつるAも、Aの語りの部分とはまったくちがったふうに描かれている。」「かくして四人の主要人物は、四方向からちがった光で照らしだされる四つの像になる。物語は四倍の奥行きをもち、意味をもつ」と訳者あとがきで書いてらっしゃるのですが、まさにその通りですね。ゲイヴィンの章を読んでいる時は、てっきり次のトーマスの章でトーマス自身のこと、吟遊詩人としてのトーマスの半生やエルスペスに対する思いについて語られるのだろうと思っていたのですが、その期待はあっさり裏切られ、読者はゲイヴィンの章で出会ったのとはまた違うトーマスと出会うことになります。そしてメグやエルスペスの章でもまた、違うトーマスに出会うような感覚があるのです。もちろん1人の人間のことを他の人間が全て分かってしまうということはありえませんし、その一面しか見えない方が普通です。しかしこの描き方には意表を突かれました。面白いですね。
本当にとても美しく幻想的な作品。単なる田舎家であるメグとゲイヴィンの家の描写でさえ幻想的に感じられてしまうのですから、ここに描かれているエルフランドは言うまでもありません。幻想的で美しく魅惑的ですね。エルフランドでトーマスが歌い上げるバラッドに関しては、結局何だったのだろうと思う部分もありましたが、それもまた魅力的。読んでいると、メグやゲイヴィンがいる人間の世界とエルフランドのどちらが本当の世界なのか分からなくなってきてしまいそうな感覚でした。もしかしたら、エルフランドの方が存在感があるかもしれませんね。人間の世界での出来事は、実はトーマスの夢に過ぎなかったのかもしれない、とまで思えてきます。


「剣の輪舞」ハヤカワ文庫FT(2007年3月読了)★★

リチャード・セント・ヴァイヤーは当世一番の剣士。暗殺や決闘を請け負っており、主な依頼人は<丘>の貴族たち。その日リチャードがホーン卿の園遊会で殺したのは、ハル・リンチとド・マリスの2人でした。仕事が済んだリチャードは園遊会をひっそりと抜け出し、リヴァーサイドにある自宅、愛人であるアレクの待つ家に戻ります。そんなある日、に三日月法務官・ベイジル・ハリデイ暗殺を目論む大物貴族の竜法務官・フェリスからリチャードに仕事の依頼が舞い込むことになるのですが…。(「SWORDSPOINT」井辻朱美訳)

エレン・カシュナーの処女長編だという作品。
「吟遊詩人トーマス」は人間の世界と妖精の異世界を描いた正真正銘のファンタジーでしたが、こちらには魔法のかけらも存在しません。どちらかといえば剣戟小説。中世的な都市が舞台となり、ここでリチャードとアレクを巡る物語や貴族たちの水面下での権力闘争が繰り広げられていきます。
剣戟小説や冒険小説は好きなのですが、この作品は登場人物が多すぎて混乱しますし、描写が過剰なのか、やや食傷してしまいました。マイケルの剣の師匠・ヴィンセント・アップルソープとリチャードの場面は、池波正太郎の「剣客商売」ような雰囲でなかなか良かったのですが、その他の場面は宝塚歌劇の舞台のような雰囲気。しかもリチャードとアレクは同性愛カップル。政治的な駆け引きにもあまり惹かれず、かといってこの架空の街の描写にもそれほど魅力を感じられず、読んでいてもあまり物語に入り込めませんでした。

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