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このページは、ヘンリー・ジェイムズの本の感想のページです。

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「ねじの回転」新潮文庫(2009年1月読了)★★★★

夜になると暖炉のまわりに集まり怪談に聞き入る人々。その時「子供に幽霊が出たという話は初めてだ」という意見が出たことがきっかけとなり、ダグラスがかつて聞いた2人の子供に幽霊が出たという話をすることに。それはダグラスがかつてオックスフォードの大学生だった頃、妹の家庭教師だった女性が体験したこと。彼女は20年前に亡くなっているのですが、死ぬ前に、初めて家庭教師をした屋敷で起きた出来事を原稿に書き、ダグラスに送ってきていたのです。それはサセックス州にある田舎の屋敷で、両親を既に亡くしている2人の子供、フローラとマイルズの家庭教師をした時に起きたことでした。(「THE TURN OF THE SCREW」蕗沢忠枝訳)

メインの幽霊話は実際にその体験をした家庭教師の女性の1人語り。雇い主は、自分が後見人となっている甥と姪の家庭教師をしてくれる人間を探している独身貴族の男性。お給料はいいのですが、少し不穏な空気が流れ始めます。たとえ何が起きても、その男性に苦情は入れないという約束なのです。それでも家庭教師の女性にその仕事が受けることになったのは、その雇い主の男性にほのかな恋心を抱いたから。これは直接ストーリーには関係しないことなのですが、その後折りに触れて、彼女の行動を左右することになります。
初めての家庭教師の仕事に緊張する彼女ですが、天使のように可愛い子供たちにすぐに夢中になります。最初はとても上手くいくのです。家政婦をしているグロース夫人とも、すぐに何でも相談し合える仲となります。しかし亡霊たちが現れた頃から、だんだん歯車が狂い始めるのです。彼女は亡霊たちから子供たちを守ろうと孤軍奮闘するのですが…。
とは言っても、全ては彼女の1人語り。どこからどこまでが本当なのかは読者には分かりません。そもそも亡霊たちは何のために現れたのでしょう。本当に子供たちを堕落させるためなのでしょうか。その辺りは全て家庭教師の彼女とグロース夫人の間で想像したことであって、真実は分からないのです。一度不穏に感じ始めると、全てが不穏に見えてきますし、まるで世界が崩壊していくのを目の当たりにしてるように感じられるのですが。
しかしフローラとマイルズという2人の子供たちも、家庭教師が思っている通りの存在とは言い切れないのです。グロース夫人も家庭教師の女性も彼らに心酔し、同時に小さな子供扱いしているのですが、実は彼らは彼女が思いこんでいるほど子供ではないのでは…。年齢は一体いくつなのでしょう。フローラが8歳ですから、マイルズは10歳ぐらいでしょうか。外見の天使のような美しさ、表面上の行儀の良さにすっかり騙されているけれど、実は…? と感じさせられてしまうところもまた、作品全体の不気味な印象を盛り上げています。
ヘンリー・ジェイムズはアメリカの作家さんかと思っていたのですが、とてもイギリス的なのですね。不思議に思っていたら、生まれこそアメリカでも、子供の頃からイギリスやフランスに何度も行っており、最終的にはイギリスに住むことになったのだとか。それで納得です。読んでる間、中学生の頃に読んだシャーロット・ブロンテの「ジェーン・エア」を思い出して仕方ありませんでした。ただ、訳文が直訳調でぎこちないのが気になります。これがもっと自然な日本語なら、もっと楽しめたのではないかと思うのですが…。


「ねじの回転 デイジー・ミラー」岩波文庫(2009年2月読了)★★★★★

【デイジー・ミラー】…スイスの小さな町・ヴェヴェーのホテル「トロワ・クロンヌ」に滞在している伯母の見舞いにジュネーヴから来ていたアメリカ青年・ウィンターボーンは、このホテルに母親と弟、従僕と共に滞在していた若く美しいアメリカ人のデイジー・ミラーに出会います。
【ねじの回転】…夜になると暖炉のまわりに集まり怪談に聞き入る人々のためにダグラスが話すことになったのは、妹の家庭教師だった女性が体験した出来事。彼女は20年前に亡くなっているのですが、死ぬ前に、初めて家庭教師をした屋敷で起きた出来事を原稿に書き、ダグラスに送ってきていたのです。(「DAISY MILLER/THE TURN OF THE SCREW」行方昭夫訳)

ヨーロッパにおけるアメリカ人たちの物語。ウィンターボーンは常識的な紳士であり、その伯母のコステロ夫人は社交界で地位のある人物。それに対して、裕福なミラー一家はニューヨークの社交界では低く見られる存在。デイジーはとても美人なのですが教養はなく、男性と2人でも気軽に外出するという行動にコステロ夫人をはじめとするアメリカ上流階級の人々は眉をひそめます。
登場するのはアメリカ人ばかりなのに、その舞台は歴史と伝統のあるヨーロッパ。ここにアメリカ人たちがニューヨークの社交界とその価値観をそのまま持ち込んでいるというのも面白いですね。コステロ夫人たちは自由気侭なデイジーのことをアメリカ社交界の面汚しと考えるのですが、実際にヨーロッパの社交界の人々がそのことをどう考えるのかなどということは出てきません。実際には、ヨーロッパの社交界の人々はアメリカの社交界のことなど、洟も引っ掛けていないのではないでしょうか。だからこそ、アメリカ婦人たちはここまで頑張ってしまうのかも。
「ねじの回転」は、新潮文庫版を読んでいるので再読。新潮文庫版の訳とはかなり違いますね。こちらの訳の方が全体的に滑らかで読みやすいし好きです。ただ、新潮文庫版の方が駄目というわけでなく、比べてみたところでは新潮文庫版の訳の方が良かった部分もありました。
先日読んだ新井潤美さんの「不機嫌なメアリー・ポピンズ」に女性家庭教師の地位について細かく書かれていましたし、前回読んだ時も下男のクイントと前任の家庭教師・ジェスル先生のことを理解しているつもりでしたが、今回「デイジー・ミラー」を先に読んだことで、より一層理解が深まったような気がします。階級や男女の付き合いのことなどに関するヴィクトリア朝風の道徳観がしっかりと頭の中に入った上で、「ねじの回転」を読ませるというのは、構成的にとても上手いですね。もちろん人気作品同士の組み合わせとも言えますが、そういう意図があったに違いないと思わせる構成の妙でした。

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