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このページは、ワシントン・アーヴィングの本の感想のページです。

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「スケッチ・ブック」新潮文庫(2009年5月読了)★★★★

元々の「スケッチ・ブック」は、エッセイと短編小説を取り混ぜて全32編。その中から「わたくし自身について」「船旅」「妻」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「傷心」「寡婦とその子」「幽霊花婿」「ウェストミンスタ-寺院」「クリスマス」「駅馬車」「クリスマス・イーヴ」「ジョン・ブル」「スリーピー・ホローの伝説」という全9編収めた本。(「THE SKETCH BOOK」吉田甲子太郎訳)

ウォルター・スコット邸を訪れることによって才能が開花したアーヴィングが書いた作品を集めた「スケッチ・ブック」。読む前にエッセイと短編小説が混ざっていること知らなかったせいもあり、スタンスが取りづらくて困った部分もありましたが、まさに「スケッチ・ブック」という名に相応しい作品集でした。この中で有名なのは「リップ・ヴァン・ウィンクル」と「スリーピー・ホローの伝説」。「リップ・ヴァン・ウィンクル」は西洋版浦島太郎で、おとぎ話の本にもよく収められていますし、「スリーピー・ホローの伝説」はジョニー・デップ主演でティム・バートンが映画化しています。(映画の題名は「スリーピー・ホロウ」)
この2つの作品ももちろんとても良いのですが、私が気に入ったのは「幽霊花婿」。申し分なく美しく教養あふれる婦人に育ったフォン・ランドショート男爵令嬢の結婚相手となったのは、フォン・アルテンブルク伯爵。しかし彼は男爵の城に向かう途上で盗賊に殺されてしまい、道中で出会って同行していた友人のヘルマン・フォン・シュタルケンファウストがそのことを知らせに男爵の城に向かうのですが… という物語。それほど珍しい展開ではないのである程度予想がついてしまうのですが、とても可愛らしくて好きな作品。
しかしこの男爵令嬢を育て上げたのは未婚の叔母2人なのですが、この2人、若い頃は「たいした浮気もので、蓮葉女」だったのだそうです。しかし「年とった蓮葉女ほど、がっちりして用心ぶかく、無情なほど礼儀正しい付きそい役はまたとないのである」とあります。西洋の上流社会を舞台にした作品には、時に厳しすぎるほど厳しい老婦人が登場することがありますが、彼女たちはもしや若い頃は蓮っ葉な浮気者だったのでしょうか。想像すると可笑しくなってしまいますね。


「ウォルター・スコット邸訪問記」岩波文庫(2009年4月読了)★★★★

1817年8月29日。スコットランドの境界地方(ボーダーズ)にあるセルカークという古めかしい小さな町に到着したアーヴィングはそこに1泊することに。アーヴィングがエディンバラからこの地にやって来た目的は、まずメルローズ寺院の遺跡とその周辺を訪れること、そして「北方の偉大な吟遊詩人」ウォルター・スコットに一目会うこと。翌朝、早い朝食を取ると、アーヴィングはメルローズ寺院に向かう途中でウォルター・スコットの住むアボッツフォード邸に寄り、都合を聞くだけのつもりだったはずのところを思いがけず暖かい歓待を受けることに。(「ABBOTSFORD」齊藤昇訳)

「リップ・ヴァン・ウィンクル」や「スリーピー・ホロウ」などで有名なワシントン・アーヴィングですが、それらの作品を書き、才能が花開く転機となったと言われているのが、このスコットランドへの旅なのだそう。最初は紹介状を持参のほんの短い時間の訪問をするつもりだったアーヴィングですが、ウォルター・スコット自身に会った途端、その計画は簡単に崩れ去ります。既に朝食を食べていたにも関わらず、スコット邸で2度目の朝食を食べることになり(「スコットランドの丘陵の朝の澄み切った美味い空気を吸いながら馬車を走らせて来たのなら、もう一度朝食をとるぐらい、なんでもないはずだ」)、朝食の後はウォルター・スコットの長男のウォルターの案内でメルローズ寺院に行くことになり、それが終わればウォルター・スコットの案内で周辺の散歩、翌日はヤロー川にまで足を伸ばしての散策、次の日は馬車でドライバラ寺院へ、とすっかり計画が立てられてしまうのです。アーヴィングがスコット邸に滞在し、スコットランドの遺跡や自然を訪れ、伝説を聞き、ウォルター・スコットの家族や友人たちと交流した数日間が描かれているのがこの本です。
スコットランドやウォルター・スコットに興味を持つ人間にはとても興味深い作品です。やはりウォルター・スコットという人は、民族の歴史や地方の伝説に対してとても深い造詣を持つ人だったのですね。アーヴィングとの会話のはしばしに、土地の伝説や物語が織り込まれているのも興味深いですし、特に詩人トマスが妖精の女王に会った場所には行ってみたくなります。そんな伝説や物語の残るスコットランドの地やその自然をこよなく愛し、そこに暮らす毎日を楽しんでいる様子もいいですね。そしてその当時既に巨匠とされていたウォルター・スコットなのに、土地の人々と気軽に付き合う気さくな人柄。初対面のアーヴィングにも初対面だなどとまるで感じさせません。周囲の人々もウォルター・スコットを敬愛していますし、もちろんアーヴィング自身も常に尊敬の念を抱いています。しかし黙って想いを胸にしまっておけない性分だというアーヴィング、実際に目にした境界地方にまるで樹木がないことに失望して、そのことをウォルター・スコットに伝えたり、ここ数年スコットランドに溢れているイングランド人観光客たちについてこぼすウォルター・スコットに対しては、それはロマンティックなイメージを描き出したウォルター・スコットにもかなりの責任があるのではないかと批判したりするのですね。そんなアーヴィングの率直なところも好印象な作品です。
ウォルター・スコットの作品は全部読みたいと思っていましたが、その思いがますます強まるような作品でした。特に「最後の吟遊詩人の歌」の舞台となったメルローズ寺院についても詳しく書かれているので、これは実際に作品を読むのがとても楽しみになってしまいます。未訳の「ロブ・ロイ」などもぜひ日本語に訳していただきたいですし、「マーミオン」など絶版の本もぜひ復刊して欲しいですね。

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