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このページは、キャスリン・ハリソンの本の感想のページです。

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「キス」新潮文庫(2006年6月読了)★★★
17歳の時に出会って結婚、そして「わたし」が生まれて半年後に両親は離婚。母が貧しい牧師風情と結婚していることが許せなかった祖父母が、父を家から追い出したのです。そしてその日から、「わたし」は、母とその両親によって育てられることになります。父のことを愛し続けていた母は、それを忘れようとするかのように他の男性たちとのデートを重ねる日々。そのうち母は祖母の呪縛から逃れようと1人で家を出て、「わたし」は祖父母の家に置き去りにされることに。そんな「わたし」が父に会ったのは5歳の時と10歳の時。そして「わたし」は20歳になった時に、父と3度目の再会をすることになります。父は美しく育った娘に、娘は官能的な父に心を奪われることに。(「THE KISS」岩本正恵訳)

作者自身の体験、それも近親相姦が描かれていると話題になったという作品。しかし確かに近親相姦というモチーフではあるのですが、そっけないほどの飾り気のない文章によって書かれているため、エロティックさはほとんど感じませんでした。そこにあるのは単なる性の倒錯ではなく、歪んだ愛の形。父親の不在、そして自分に関心のない母の存在によって、愛情に飢えた子供が自分の中に溜め込んできた哀しみの発露。しかしこちらの受け取める力が足りないのか、あるいはただ単に言葉が足りないのか、最後まで読んでも、「わたし」がそこまで父親に魅了される気持ちが理解できませんでした。伝わってくるのは、ただ主人公の苦しさだけ。あの父親のどこがいいのでしょう。失われていた父親をようやく取り戻したというだけでは、このような気持ちにはならないはず。それだけセックスアピールが強かったということなのでしょうか。私の目には、この父親は単なる「大人になりきれない大人」に見えてしまいます。自分が欲しいものを我慢することを知らない子供。娘の父に対する思慕という感情をこのような形で利用しようとする父親の姿が、ただ浅ましく感じられました。
原題はただの「Kiss」ではなく、「The Kiss」。作品そのものはまるで感傷的ではないのですが、「その」キスというところに、作者の思いが感じられるような気がします。そしてこの作品では、過去のことを語りながら、その文章は現在形という時制を取っているのですが、これは過去の自分を追体験するという意味があったのでしょうか。小説として人々に読んでもらうことが目的というよりも、敢えて自分の辛い過去を書くことによって、自分自身がその経験を乗り越えることが目的のようにも思えます。祖母から母へ、そして娘へ、あるいは祖父から父へ、そして娘へ、そんな3代に渡る呪縛を無事に断ち切ることができたのならいいのですが。
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