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このページは、ジャック・フィニイの本の感想のページです。

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「夢の10セント銀貨」ハヤカワ文庫FT(2006年1月読了)★★
ベンことベンジャミン・バレルは、私生活でも会社でも敗残者。ヘティと結婚してから4年3ヶ月、既にかつての情熱はなくなり、今はヘティの顔も見ず、話も聞かないような生活。ヘティと一緒にいながら、その前に付き合っていたヘシーを妄想している始末です。仕事でも、何か創造的なことをしたいと思いつつも、冴えないサラリーマン生活を送っている状態。しかしそんなある日、ハーマンの新聞スタンドで、ウッドロー・ウィルソンのダイム硬貨を使った瞬間、ベンは別世界へと移動します。そこは確かにニューヨーク。しかしそこでのベンは成功者。28丁目の小さなアパートではなく62丁目の高級アパートに住んでおり、しかも赤毛の美女・テシーがベンを出迎えます。しかし最初は何事も上手くいくかのように思えたのですが、この世界のヘティが、旧友のカスター・ホップフェルトと結婚することを知り…。(「THE WOODROW WILSON DIME」山田順子訳)

日々の生活に疲れていたベンが、同じ自分が大成功を収めている別世界へ移動してしまうというパラレルワールド物。
主人公のベンの自己中心的なところや子供っぽいところが鼻につき、まるで魅力を感じられなかったのが辛かったです。鏡のエピソードは、本人の妄想なのでしょうか? 別世界というのは本当に存在していたのでしょうか? 終盤、ヘティを取り戻すためにベンが必死になっている姿も、ストーカーとしか思えませんでしたし、まるで現実を認識していない変人のようにしか思えませんでした。そこまでして友達を陥れようというのも理解不能。ほのかに漂うノスタルジックな雰囲気と展開のドタバタコメディぶりも、自分の中で上手く調和せず、最後までボタンを掛け違えた時のような違和感が残ったままになってしまいました。
そして、そこまでして手に入れたヘティにも、「釣った魚には餌はやらない」状態になってしまうのが皮肉ですね。「男って一体…」と思ってしまいます。結局、隣の芝生は永遠に青いのでしょう。こういった男性は、どこに行っても何をしても幸せになれないとさえ思ってしまいます。

「ゲイルズバーグの春を愛す」ハヤカワ文庫FT(2006年1月読了)★★★★★お気に入り
【ゲイルズバーグの春を愛す】…新聞記者のオスカーがE.V.マーシュに話を聞きに行ったのは、マーシュが夜の散歩中に、そこにないはずの市電に轢かれそうになったという噂を聞いたからでした。
【悪の魔力】…午後の散歩が何よりも好きなテッドは、ある日1軒の狭い店を見つけます。そこには<マジック・ショップ>という看板が出ており、テッドはそこで不思議な眼鏡を手に入れることに。
【クルーエット夫妻の家】…新しく家を建てようと考えたクルーエット夫妻は、建築家・ハリーの仕事部屋である家の設計図を見つけます。それは1880年代初期の家の完成図でした。
【おい、こっちをむけ!】…批評家のピーター・マークスは、同じ町に住む作家・マックスウェル・キンジェリーと親しくなります。しかしマックスが肺炎で亡くなって半年後、彼の幽霊が現れて…。
【もう一人の大統領候補】…次の大統領候補の1人・チャーリイは、「私」の少年時代からの友人。そしてチャーリイこそが、虎に催眠術をかけた少年だったのです。
【独房ファンタジア】…7日後に刑の執行を控えたメキシコ人の死刑囚・ペレスは、典獄の許可を得て独房の壁に絵を描き始めます。それはドアの絵でした。絵は刑の前日に完成します。
【時に境界なし】…いくつかの未解決事件のためにイリーン警部に呼び出されたウェイガン教授。彼はいくつかの写真を見せられます。過去の写真に犯人そっくりの人物が写っていたのです。
【大胆不敵な気球乗り】…家に1人でいたチャールズ・バークは、パティオで長椅子にもたれて空を見上げた時、鷹の動きに魅せられます。そして自分で気球を作り始めたのです。
【コイン・コレクション】…妻のマリオンがセーターの話をしているのをまるで聞いていなかったアル・ビューレン。ある日気づくと、良く似た、しかしまるで違うニューヨークの街にいたのです。
【愛の手紙】…アパートの近くの古道具屋で小さな机を買ったジェイク・ベルクナップは、その机に隠し抽斗が付いているのに気づきます。その中には折りたたんだ便箋の束が入っていました。
(「I LOVE GALESBURG IN THE SPRINGTIME」福島正実訳)

ノスタルジックな情感が溢れる短編集。基本的に短編集は苦手な私なのですが、あっという間に惹きこまれてしまいました。優しくて暖かくて、ほろ苦くて切なくて、ちょっぴり不思議な物語。古き良き時代という言葉がぴったりです。どの短編も良いのですが、特に「過去」が主なモチーフとなっている表題作と「愛の手紙」が良かったです。ゲイルズバーグの街を歩いてみたくなりますし、「愛の手紙」は本当にロマンティック。そして「独房ファンタジア」や「大胆不敵な気球乗り」も愉快な作品。情景が浮かんでくるようで楽しかったです。そして「コイン・コレクション」は、長編「夢の10セント銀貨」の元となった作品。しかしこちらの方が遥かにいいですね。フィニイは短編でこそ本領発揮をするタイプの作家なのでしょうか。
ただ、フィニイは過去には優しい視線を向けているのですが、現代には否定的なのですね。この短編集ではそれほど強く出ていないので良いのですが、この短編集が書かれたのは1960年頃。その頃で既に否定しているとなると、それからの30年余の人生で、フィニイは一体何を思っていたのでしょうね。
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