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このページは、フィリス・アイゼンシュタインの本の感想のページです。

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「妖魔の騎士」上下 ハヤカワ文庫FT(2006年3月読了)★★★★★お気に入り
リングフォージ城に住む魔法使い、妖魔支配者(デーモン・マスター)であり金属を操るスマダ・レジークは、スピンウェブ城に住む美しい女魔法使い・デリヴェヴ・オルモルに結婚を申し込んで断られます。デリヴェヴの冷たい返事に、自分が憎まれていると思い込んだレジークは、デリヴェヴの魔力を避けるために、黄金の布の肌着を自分で織って作り身につけることに。デリヴェヴは織り姫(ウィーヴァー)とも呼ばれる魔法使いで、織った布なら何でも意のままにできるため、自分の得意技の金属によってその魔力を打ち消そうというのです。しかしリングフォージ城で作業をすれば、デリヴェヴの手先の蜘蛛に気づかれることは必至。デリヴェヴが子供をはらめば1〜2ヶ月の間魔力を狭めることができるという炎の妖魔・ギルドラムの指摘によって、レジークはギルドラムをデリヴェヴの元に送り込むことを決めます。そして普段は14歳の金髪の少女の姿をしているギルドラムは、レジークが作り出した若い青年騎士・メロールの姿となって、スピンウェブ城を訪れることに。計画は予想以上に上手くいき、デリヴェヴとメロールは愛し合い、そしてメロールが去った後に自分が妊娠していることに気づいたデリヴェヴは息子を産み、クレイと名付けることに。(「SORCERER'S SON」井辻朱美訳)

クレイが行方不明のまま消息を絶った父親を探しながら、実は自分自身を探す物語。騎士だったという父親の姿を求めて始めは騎士を目指し、そして妖魔には知り得ないことなどないということから魔法使い、それも妖魔支配者になることを選択します。
クレイが生まれるきっかけを作ったのはギルドラムですが、本当の生物学上の父親はレジーク。しかしレジークはクレイに対してこれっぽっちも愛情などありません。逆にクレイの存在を知った時、レジークはデリヴェヴの真意がどこにあるのか執拗に探る態度を見せます。これは人間のような心の動きがなく、人間を愛することなどできないはずの妖魔・ギルドラムが、デリヴェヴのことを常に想い、レジークの用事を済ませる合間に、陰に日向にクレイのことを見守り、助けている姿と非常に対照的。後にはレジークへの忠誠とクレイへの愛情の板ばさみになってしまうギルドラムの姿が切ないです。しかもその姿が、どう見ても人間の14歳の少女というのがまた、この作品の個性的な部分。そして驚かされたのは、最後に真相を知ったデリヴェヴの態度ですね。ギルドラムの辛い立場をすんなり納得し、恋人であるメロールの帰還に喜ぶデリヴェヴの姿を見ていると、生物学上の父親など何のほどのこともないと改めて認識してしまいます。母性愛は赤ん坊を10ヶ月間おなかの中で育てているうちに湧いてくるものだといいますが、父性愛は赤ん坊が生まれてから徐々に育まれていくものなのですね。
この物語で描かれている世界観もとても好みですし、デリヴェヴの蜘蛛や植物を使った魔法、レジークの火や金属を使った魔法の場面もそれぞれに美しかったです。クレイと旅の仲間になる凶眼のフェルター・セプウィンや千里眼のヘイレン、そして風の妖魔エルルレットもいい味を出していました。しかし四大元素が火風水土ではなく、火風水氷なのですね。もっとも土よりも氷の方がイメージとして綺麗だと思いますが。
それにしてもレジークの思い込みはほとんど狂気ですね。彼のこの勘違いさえなければ物語は始まりすらしなかったはずなのですから。その辺りも、天真爛漫で物事を真正面から見ているクレイと好対照。しかしそんなレジークとギルドラムのやり取りも楽しかったです。

「氷の城の乙女」上下 ハヤカワ文庫FT(2006年5月読了)★★★★
スピンウェブ城にデリヴェヴやギルドラムと共に住んでいるクレイ・オルモルを、親友のフェルダー・セプウィンが訪ねてきます。現在、見者・ヘイレンの元にいるフェルダーは、近くの森で見かけた露のついた蜘蛛の巣が、人の心の望みを映し出す鏡となっていることに気づき、それを同じ物を作ろうと考えていたのです。クレイは蜘蛛たちに命じて、フェルダーの望み通りの蜘蛛の巣の織物を作らせ、ギルドラムや風の妖魔・エルルレット、氷の妖魔・ベリスの助けを借りて、こまかな銀のビーズを百万個も敷き詰めたような金属の蜘蛛の巣を作り出します。そしてギルドラムやデリヴェヴたちは、そこに確かに自分の望みが映っているのを確認。しかしクレイが覗いても、それは単に百万の銀のビーズのきらめきでしかなかったのです。しかし数年後、クレイが鏡を覗くと、そこには6歳ぐらいの少女の姿が…。(「THE CRYSTAL PALACE」井辻朱美訳)

「妖魔の騎士」の続編。本国でも刊行されるまでに9年の時間が経っていたようですが、日本で刊行されたのは前作から実に14年ぶりだったという作品です。
物語としては独立していますが、前回同様、クレイやフェルダー、デリヴェヴや炎の妖魔・ギルドラム、風の妖魔・エルルレットが登場して嬉しい限り。そして今回物語の中心となるアライザが住んでいるのは、人間界ではなく氷の魔界。クリスタルの宮殿の中に、氷の妖魔・イグニニールと2人きりで住んでいます。この宮殿の描写がまたとても美しいのです。
人間の世界と全く接触を持たず、普段話をするのは氷の妖魔・イグニニールだけというアライザ。しかもアライザにとって、イグニニールは友人ではなく奴隷。ただ1人の血縁である祖父がアライザを訪ねてくるのは、年に1度だけで、その目的はアライザの修行の進み具合をチェックするということのみ。そんな環境に暮らしているアライザにクレイが感じたのは、愛ではなく憐れみでした。
確かにアライザの状況は特殊ですし、そこに不自然なものを感じて、外の空気を入れたくなる気持ちも分かります。しかしアライザの頑なさは、「妖魔の騎士」のデリヴェヴと同じ。デリヴェヴは人間界にこそ住んでいたものの、ギルドラムに会うまでは外界を遮断して1人きりの生活を送っていましたし、ギルドラムとのことも、期が熟してのことだったような気がします。それにいくら不自然だと感じたにしても、修行の妨げになるような知識は必要ないから放っておいて欲しいと言い続けるアライザに対して、他人がここまで立ち入った行動ができるものでしょうか。もしクレイの行動するきっかけが「憐れみ」ではなく「愛」であり、クレイが鏡の中の乙女に一目惚れしていたというのであれば、ありきたりではあるにせよ、もっと自然な流れだったのではないかと思うのですが…。「愛」であれば、ある意味、自分よりも相手のことを大切に考えての行動だという裏づけになりますが、そうでなければ、結局のところアライザの祖父と同じことをしているようにも見えてしまいます。しかもアライザの祖父の思いの方が、遥かに痛く切実。おそらくこれは、クレイの造形が今ひとつ深みに欠けるというのも原因の1つなのでしょうね。主人公の割に、前作でも今作でも、周囲の個性にすっかり負けているようです。
しかしそういった不満はありましたが、この世界観はやはり好きですし、全体的には面白く読めました。妖魔や魔界、氷の宮殿の描写もとても素敵ですし、個性的な登場人物たちも楽しいです。
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