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このページは、アンソニー・ドーアの本の感想のページです。

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「シェル・コレクター」新潮クレスト・ブックス(2009年4月読了)★★★★

【貝を集める人】…58歳の時にケニアのラムのすぐ北に移り住んだ盲目の老貝類学者は、小さな海洋公園で研究を続けます。しかし2年前、その生活に予期せぬねじれが出来たのです。
【ハンターの妻】…モンタナ州の外に初めて出たハンターは、シカゴで20年ぶりに妻に会うことに。妻は死んでいく生き物の魂を感じ取る力を持っているのです。
【たくさんのチャンス】…長年掃除夫をしてきた父は、いきなり船を造ると言い出してメイン州に引っ越すことに決め、14歳のドロテア・サンファンは生まれて果てしなく広がる海を見ることに。
【長いあいだ、これはグリセルダの物語だった】…1979年、ボイシ高校バレー部の最上級生だったグリセルダ・ドラウンは、アイダホ野外市会場で見た金物喰いに魅せられ、ついて行くことに。
【七月四日】…マンハッタンにある釣り人たちに会員制クラブで、アメリカ人のグループとイギリス人のグループが言い争いになり、それぞれの大陸での釣り対決が行われることになります。
【世話係】…アフリカ西部リベリアの小さな家に住むジョゼフ・サリービーとその母親。母は菜園で作った野菜を市場で売り、ジョゼフはセメント会社の事務員。しかし1989年、リベリアは内戦に。
【もつれた糸】…妻がまだ寝ているうちにフライロッドや飲み物・食べ物、替えのソックスを持って家を出るマリガン。女性の所に行く日もありますが、その日はラピッド川に釣りに行くのです。
【ムコンド】…1938年10月、アメリカ人のワード・ビーチは先史時代の鳥の化石を入手するために、オハイオ州自然史博物館からタンザニアへ。(「THE SHELL COLLECTOR」岩本正恵訳)

ケニアやタンザニア、リベリアといったアフリカの自然の情景、北欧の原野、モンタナ州の山の中の情景、様々な自然の情景が描き上げられている短編集。大きく静かな自然の圧倒的な美しさと厳しさ、そしてもっと身近にある小さな自然のさりげないけれど確かな美しさ。自然に畏怖を感じたり、愛情を感じながら、寄り添って生きる人々の姿。これらの人々に共通するのは、深い喪失感。どれほど大事にしていても、大切な物が指の間からすり抜けて落ちていってしまう哀しみ。しかし確かな再生もそこにはあります。日常のごく普通の情景の中にも潜んでいる美しさを描いた、シンプルなのに深みのある作品群に、何も知らなければ年配の作家が書いたと思うところなのですが、これを書いたのは20代の新人作家。本当に驚かされました。
特に印象に残ったのは、「貝を集める人」と「ハンターの妻」。「貝を集める人」での盲目の老貝類学者が少年の頃に初めて貝の美しさに開眼した場面、そして現在の「貝を見つけ、触れ、なぜこれほど美しいのか言葉にならないレベルでのみ理解する」のがいいですね。目は見えなくとも、彼は貝類の美しさを全身で感じ取っていますし、むしろ目が見えていた時よりもはっきりと見て取っているのです。作品を通して、読者も貝類の美しさを十分感じ取れるはず。そして「ハンターの妻」で2人が暮らす冬の山の情景がとても印象に残ります。冬眠する動物たち、そして凍死・餓死寸前までいってしまう冬の厳しさ。そしてそんな現実の情景とは対照的な、彼女の感じ取る幻想的な情景。命が身体の中から外に流れ出る時に見えるのは美しく豊かで暖かい情景。それもまた彼女と実際に手が繋がっているかのように身近に感じ取ることができます。そして「ハンターの妻」と同種の物語の「ムコンド」もいいですね。ハンターとその妻も、ワードとナイーマも、お互いにまるで違う存在だからこそ惹かれ合い、まるで違う存在だからこそ同じ場所では幸せにはなれないのですね。

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