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このページは、L・スプリング・ディ・キャンプ & フレッチャー・プラットの本の感想のページです。

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「神々の角笛-ハロルド・シェイ1」ハヤカワ文庫FT(2007年7月読了)★★★★
心理学者のハロルド・シェイは、リード・チャーマーズとウォルター・ベイアードという2人と共に新分野の擬似物理学(パラフィズィックス)の開発を進めていました。それは、世界は無数に存在する可能性があり、五感が異なった一連の印象を受けるように同調されることができるならば、他の世界に移ることも可能だということ。現在の生活に退屈しきっていたハロルド・シェイは、自分自身をその方法で他の世界に移し、その世界での冒険をしてみたいと考え始めます。そして選んだのは、クフーリンやマブ女王の時代のアイルランド。入念に準備を整えて、移動のための公式を眺めたハロルド・シェイが次に気づくと、そこは雪に覆われた荒野。しかしそこはアイルランドではなく、北欧の神々の住む、スカンジナヴィア神話の世界だったのです。(「THE ROARING TRUMPET」関口幸男訳)

ハロルド・シェイシリーズ第1巻。ハンサムでもなく秀才でもないハロルド・シェイの造形から、アンチ・ヒロイック・ファンタジーという言葉が生まれたようですが、確かにこのハロルド・シェイ、ヒロイック・ファンタジーの主人公と呼ぶには、あまりいいところがありません。しかしこの作品の面白さは、そんなハロルド・シェイが突然飛び込むことになる環境での冒険を何とかやり遂げることにあるのです。
まず面白いのは、日常の生活からファンタジーの世界への行き方。主人公のハロルド・シェイが心理学者であることから、純粋な魔法ではなく、論理的な手段を採るのです。それはリード・チャーマーズの開発した「論理方程式」。これはある世界から別の世界に人間または物質を移送するために、その世界の背景から基本的仮定を引き出し、論理的形式で表現するというもので、具体的には「Pが非Qと同値であれば、Qは非Pを含意するが…」などという公式を唱えるのです。これがハロルド・シェイの名づけた「三段論法的転送機」。6枚の紙に書かれた公式を理解しようと全神経を集中するだけで、神話の世界へと旅立ってしまうというのが驚きですね。しかしもちろん、事はそれほど簡単ではありません。北欧神話の世界に入り込んでしまったハロルド・シェイは、持参したマッチや銃が使い物にならないのを発見しますし、途中で広げた英語の本も理解できなくなっています。そして逆に、ルーン文字の知識はたっぷりと持っていることに気付くのです。20世紀の物理学や化学の法則に支配された物は何の値打ちもない物に成り下がってしまい、北欧神話の世界の法則でしか動けなくなっています。
最初、物語の雰囲気に馴染むのに時間がかかりましたが、ラグナロク直前の北欧神話の世界に一度馴染んでしまえば、ユーモアたっぷりでとても面白い作品でした。ただ欲を言えば、作品としてはあまり長くないので、もう少し物語を長くして、ハロルド・シェイや神々の活躍をもう少し読ませて欲しかったところです。終盤の展開が、やや慌しかったように思います。

「妖精郷の騎士-ハロルド・シェイ2」ハヤカワ文庫FT(2007年7月読了)★★★
北欧神話の世界から無事に戻ってきたハロルド・シェイ。彼はリード・チャーマーズに、北欧神話の冒険話を語って聞かせます。リード・チャーマーズはハロルド・シェイの冒険話に強い興味を示し、次は自分も冒険に行くことを希望。今度の冒険先にエドマンド・スペンサーの「妖精女王」の世界を選んだ2人は、その時代に合った準備を整えます。そしていざ公式に精神集中をした2人が飛び込んだのは、希望通りの「妖精の女王」の世界。2人は近くに見えた城に向かい、そこで騎士・ハーディムーア、女性騎士・ブリトマート、そしてブリトマートが守っている美女・アモレットに出会います。(「THE MATHEMATICS OF MAGIC」関口幸男訳)

ハロルド・シェイシリーズ第2巻。今回の冒険は、スペンサーの「妖精の女王」の世界。
前回同様行き当たりばったりの冒険となるのですが、今回は黒魔術師たちを倒すという目的があります。そして途中、リード・チャーマーズがフロリメルに心を奪われたり、ハロルド・シェイも森の妖精・ベルフィービーに恋をしてしまったりと、前回にはなかったロマンス要素もありました。ハロルド・シェイはフェンシングの試合刀持参で剣士となり、巡礼の姿になったリード・チャーマーズは魔法使い。やはり2人いると、1人で途方にくれてしまうようなこともありませんし、リード・チャーマーズもなかなかいい相棒となっています。「妖精の女王」の世界は、古い時代とはいえ英国の物語なので、荒唐無稽すぎることもなく、前作に比べてかなり安定しているように思えました。しかし個人的には、「神々の角笛」でのシェイの活躍ぶりが楽しかったので、冒険慣れしてしまった部分が少し物足りなくもありました。

「鋼鉄城の勇士-ハロルド・シェイ3」ハヤカワ文庫FT(2007年7月読了)★★★
ハロルド・シェイは愛妻のベルフィービーと共にセネカ・グローブの森へピクニックに出かけます。しかしベルフィービーは突然姿を消し、驚いたガートルードが警察を呼んで、ハロルド・シェイは2人の警官に殺人の容疑で尋問を受けることに。その場にはハロルド・シェイの同僚の心理学者・ウォルター・ベイアードとヴァーツラフ・ポーラツェックも呼ばれるのですが、2人の警官は彼らの問答に閉口して3人を署に同行しようとします。しかしその時、突然記号的論理学の公式が働いて移動が起こったのです。次に気が付いた時、彼らがいたのはコールリッジの「クブラ・カーン」に描かれている上都ザナドゥー。そこでしばらくもてなされた後、ハロルド・シェイととヴァーツラフ・ポーラツェックは、さらにアリオストの「狂えるオルランド」の世界へ。そこに現れたのは、リード・チャーマーズと美女フロリメルでした。本当はハロルド・シェイだけを呼び寄せようと思っていたリード・チャーマーズが、間違えてその場にいた全員を一緒に呼び寄せてしまったというのです。(「THE CASTLE OF IRON」関口幸男訳)

ハロルド・シェイシリーズ第3巻。
本の裏表紙には、ベルフィービーが現代社会の生活に馴染めなくて姿を消したように書かれていますが、実際にはそうではありませんでした。なんとフロリメルと一緒のために現代社会に戻れなかったリード・チャーマーズの仕業。(彼が一緒にいるフロリメルは雪で作られた偽者のため、現代社会に連れて帰ってきた途端に消えうせてしまうだろうと考えられていたのです。) しかしコールリジのザナドゥーの世界からアリオストの「狂えるオルランド」の世界に移ってみると、ベルフィービーはベルフィーゴールという名前の人物になっており、ハロルド・シェイに関する記憶を一切失っていました。
「狂えるオルランド」が未読のために楽しみ切れなかった部分もあると思うのですが、それを抜きにしても、シリーズがだんだんと尻すぼみになっているように思えます。ハロルド・シェイが冒険慣れしてきた分、同僚のヴァーツラフ・ポーラツェックが同行することになったのでしょうけれど、このポーラツェックに全く魅力がありません。彼の無分別な行動には、楽しめるどころか苛々させられました。

「英雄たちの帰還-ハロルド・シェイ4」ハヤカワ文庫FT(2007年7月読了)★★★
【蛇の壁】…ハロルド・シェイとベルフィービーは無事に自宅に戻るものの、ベルフィービーは何者かに尾行されているのを感じます。警官のピートがザナドゥーの世界に囚われたままなのが原因だろうと考えた2人は、ピートとウォルター・ベイアードを救い出すため、カレワラの世界へと向かいます。
【青くさい魔法使い】…なんとかカレワラの世界を脱出したハロルド・シェイ、ベルフィービー、ピート・ブロドスキーが気付くと、そこはオハイオではなくアイルランド。3人は馬車に乗って現れたクフーリンに出会います。羊泥棒と間違えられて追いかけられていた3人を、クフーリンが救ったのです。(「THE WALL OF SERPENTS/THE GREEN MAGICIAN」関口幸男訳)

ハロルド・シェイシリーズ第4巻。
この4巻でシリーズが終わりになっているのは、シリーズが完結したからではなく、フレッチャー・プラットが亡くなったため。L・スプリング・ディ・キャンプは、自分が1人で書き続けるとシリーズが違うものになってしまうからと断念したのだそうです。
カレワラの世界は面白かったですし、「青くさい魔法使い」で、憧れのアイルランドに来て帰る気をすっかりなくしてしまうピートの奮闘が良かったです。それにベルフィービーに課せられてしまった「禁忌(ギース)」も楽しいですね。ただ、この辺りまで来ると、かなりマンネリ気味。長編で読むのが少々しんどくなってきていたので、この程度の長さで丁度良かったかもしれません。

「妖精の王国」ハヤカワ文庫FT(2006年1月読了)★★
第二次世界大戦が勃発。イギリスで爆弾の破片(もしくは榴散弾の一片)を頭に受けたアメリカ人外交官・フレッド・バーバーは、ヨークシャーの田舎にあるガートン夫妻の家で養生中。しかし聖ヨハネの前夜祭の晩、牛乳好きのバーバーは、ガートン夫人が妖精のために裏口に置いておいた鉢の牛乳をこっそり飲んでしまったのです。そのせいで、なんとバーバーは妖精の取替え子として妖精の王国へと連れて行かれてしまうことに。そして「わやく」に悩まされている妖精の王・オベロンから、コボルト山地へ行くように命じられるのですが…。(「LAND OF UNREASON」浅羽莢子訳)

シェイクスピアの「夏の夜の夢」を下敷きにしたファンタジー作品。
妖精にあげたはずの牛乳を飲んでしまったことから、取り替え子として妖精の国へ… という出だしが面白いですね。目覚めれば、「夏の夜の夢」の世界。妖精の王・オベロンやその妃・タイタニア、取り替え子のゴッシがいます。合理主義の論理派だったはずのバーバーも、実際にその状況に身を置いてしまえば信じるより他ありません。そしてその妖精の王国での出来事には、妖精のための牛乳のエピソードと同じく、アイルランド近辺の伝説などが多く取り入れられています。くしゃみをした時のエピソードなども、そのままですね。おそらく詳しい人ほど楽しめるのでしょう。
解説にもありましたが、ガートン夫人の言っていた「スモモとリンゴのお菓子」が妖精の王国での出来事に影響していますし、確認はしていませんが、他にもありそうです。そしてタイタニアの馬車の後部から飛び降りた従僕たちは、「不思議の国のアリス」のテニエルの挿絵そっくりという記述。これらは結局全部、アリスの物語のような夢物語だったのでしょうか。バーバーの冒険は不条理の連続であり、そしてラストが少々呆気ない幕切れとなっているのも、まるで夢物語のようでした。
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