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このページは、テリー・ブルックスの本の感想のページです。

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「魔法の王国売ります!-ランドオーヴァー1」ハヤカワ文庫FT(2005年3月読了)★★★★★
シカゴで弁護士事務所を営む、辣腕弁護士ベン・ホリデイ。しかし2年前に妻とそのおなかの中にいた子供を亡くして以来、自分の殻に閉じこもっていました。弁護士会をたびたびすっぽかし、最後に残った友達は同僚のマイルズ・ベネットただ1人。そんなある日ベンの元に届いたのは、買い物好きだった妻宛てのローゼン社から届いたクリスマスのカタログ。このカタログを観ていたベンは、奇妙な広告を見つけます。それは「魔法の王国売ります」というコピー。ランドオーヴァーという魔法と冒険の島を100万ドルで売るというのです。ニューヨークの信用あるデパートのローゼンが出す広告とも思えないまま、ベンはその魔法の王国が気になり、突然の休暇を取ってシカゴからニューヨークへと飛ぶことに。しかしその魔法の王国は、とんでもない欠陥商品だったのです。(「MAGIC KINGDOM FOR SALE-SOLD!」井辻朱美訳)

ランドオーヴァーシリーズ第1巻。
れっきとしたファンタジー作品なのですが、妙に現実的な部分があるのが可笑しいです。まず、通販のカタログで魔法の王国が買え、しかも10日以内に申出れば、クーリングオフが適用されるのです。しかも主人公はもう40歳にもなろうという中年の弁護士。児童書のファンタジーでの導入ではなかなか見られない展開です。もちろんベンは、異世界に旅立つ前に全てを自分で整理しておかなければなりません。誰にも1年もの休暇の理由を理解されないまま、税理士にも100万ドルを用意することを渋られつつ、ベンは全ての仕事の解約や引継ぎを済ませます。現実世界でのしがらみを全てを乗り越えた上で、自分の意志で異世界に乗り込むことになるのです。有無を言わさず巻き込まることが圧倒的に多い異世界物ファンタジーには珍しい展開ですね。
そしてこの現実世界と対照的なのが、魔法の王国・ランドオーヴァー。売りに出されただけあり、なかなかの難物です。ベンの新しい住居となるスターリング・シルヴァー城は「くもり」のせいで、まるでドラキュラ城のようですし、家来は4人しかおらず、戴冠式に来た国民もほんの数人。それでもそこは、ベンにとってはまさに自分の国なのです。魔法の王国でありながら魔法に頼ることもできず、自分の王国でありながら王とは認められず、ベンは自分の持ち味である法律の知識とと法廷で鍛えられた話術をもって道を切り拓いていこうとします。結局は自分自身の負けん気だけが頼り。王様とは名ばかりのこの国で、無力感と挫折感に負けそうになりながらも、状況をありのまま受け入れて最善を尽くすベンは、ヒーロー的なかっこよさこそありませんが、絶対的な信頼のおける存在です。
登場人物たちもそれぞれに個性的で楽しいです。魔法を失敗してばかりいる宮廷魔術師・クエスター・スーズや、彼の失敗のせいで毛の柔らかなウィートン・テリアにされてしまった宮廷書記・アバーナシィ。この2人のやりとりはまるで漫才のボケとツッコミのよう。そして一見巨大なサルに見えるコボルトの宮廷使者・バニオンと宮廷料理人・パースニップ。途中で知り合うシルフのウィロウ。その他にも、ドラゴン、魔女、ニンフ、ノーム、妖魔など。まだまだ普通の人間の登場がほとんどありませんし、ランドオーヴァーの奥はこれからさらに深く広くなりそうですね。

「黒いユニコーン-ランドオーヴァー2」ハヤカワ文庫FT(2007年5月読了)★★★★
100万ドルで魔法の王国・ランドオーヴァーを買い取ったベン・ホリデイは、今や名実共にランドオーヴァーの王。この世界に来てから、早1年が経っていました。しかしそんなある日、ベンはかつての仕事上のパートナー・マイルズ・ベネットが困って半狂乱になっている夢をみます。それは単なる夢ではなく、夢知らせと思われるもの。そしてその日、宮廷魔術師のクエスターと、シルフのウィロウもまた、それぞれに夢知らせと思われる夢を見ていました。クエスターは失われた魔術所の夢、ウィロウは黒いユニコーンの夢をみていたのです。ベンは早速、マイルズのいるシカゴへと戻ることを決意します。そしてまた、クエスターとウィロウも自分の夢の謎を解くための旅に出ることに。(「THE BLACK UNICORN」井辻朱美訳)

ランドオーヴァーシリーズ第2巻。
前回、期待に反してランドオーヴァーを投げ出さなかったベン・ホリデイに、ミークスが魔の手を伸ばします。ベンがランドオーヴァーの王だという根拠は、ベンの持つメダルのみ。しかしそれすらミークスに奪われてしまい、自分がかけ続けていると思っていたメダルは、パラディンの代わりにミークスの姿が浮き彫りになった色褪せたものとなっていました。ミークスの魔法によって外見も変えられてしまったベンは、誰からもベンだと思ってもらえないという状態。城からも放り出されてしまいます。
ベンを変えた魔法はベン自身のもの。「王さま、それはきみが、きみ自身を失い出したからさ」「きみの着けている仮面が、きみになりかかっているんだ!」…ミークスがベンにかけた魔法に関しては、何度もヒントが出てきますし、読者には十分分かるのではないかと思うのですが、それが分かっていても、最後にベンがその魔法を打ち砕く様子はなかなか感動的。他でもない自分が、自分自身を信じなければならないというお話なのですね。

「魔術師の大失敗-ランドオーヴァー3」ハヤカワ文庫FT(2007年5月読了)★★★★
宮廷魔術師・クエスター・スーズが、かつて自分が魔法で犬にしたアバーナシイを人間に戻す魔法を発見。小動物などには実験済みで、あとは本人に試すだけだというのです。ただしその魔法には、ベンのかけているメダルが必要。メダルがなくてはランドローヴァーの言葉の読み書きができないベンは、万が一メダルがなくなったり、傷ついたりという事態を危惧するのですが、アバーナシイを元の姿に戻すなら危険を冒す価値はあると判断。早速クエスター・スーズが呪文を唱え始めます。しかしその長い呪文の中で、クエスター・スーズはなんとくしゃみをしてしまったのです。アバーナシイの姿はかき消え、アバーナシイのいたはずの場所にあったのは、踊る道化の列が朱色で描かれている、コルク栓がしっかりと締められている瓶。なんとそれはかつてこの世界から出ていったミークスとマイケル・アルド・リイがランドオーヴァーから持ち出したもの。アバーナシイはその瓶と引き換えにアメリカに行ってしまったのです。(「WIZARD AT LARGE」井辻朱美訳)

ランドオーヴァーシリーズ第3巻。
「魔法の王国売ります!」でランドオーヴァーにやって来たベン・ホリデイは、「黒いユニコーン」でもアメリカに一旦戻ることになりますが、その時はランドオーヴァーにとんぼがえり。今回はかなり本格的にアメリカで動き回ることになります。相手はかつてランドオーヴァーの王子だったマイケル・アルド・リイ。これまで名前だけの登場だった王子・マイケルとの対決となります。
クエスター・スーズの魔法の失敗は想像通りの展開ですし、「魔術師の大失敗」という題名からかなり予想できるものなのですが、そのクエスターの成長が目ざましい1冊となっていました。乾坤一擲の大博打とも言えますが、その結果はこれまでの数々の失敗、そして題名通りの大失敗を取り戻す成果を上げていますね。とても爽快ですし、最後はほっと心温まる出来事もあり、読後感の良い1冊となっています。

「大魔王の逆襲-ランドオーヴァー4」ハヤカワ文庫FT(2007年5月読了)★★★★
ベンがランドオーヴァーに来て早2年。スターリング・シルヴァー城もすっかり蘇り、ピカピカに輝いていました。ウィロウに子供ができたと知らされて喜んだベンは、早速みんなにそのことを知らせようと食堂に向かいます。しかしその朝、請願者として城にやって来たのは、20年前にランドオーヴァーを追放されたはずのホリス・キュー。ホリスは質の悪いまじない師で、魔法で自分の足をすくってばかりの最悪のトラブルメーカー。前王の時に、ミークスによってベンの元いた世界に追放されていました。それからというもの、ホリスは言葉を話すムクドリのビガーと組んで宗教団体を作り、信者たちから金を巻き上げて荒稼ぎしていたのですが、信者にイカサマがばれて大ピンチ。何とか逃げようと唐草箱を持ち出した時、中に閉じ込められていた強大な魔物のゴースを解放してしまい… ホリス・キューとビガーとゴースは、一緒にランドオーヴァーへと辿り着いたのです。(「THE TANGLE BOX」井辻朱美訳)

ランドオーヴァーシリーズ第4巻。
今回は、子供を産む準備のために3つの世界の土を集めなければならなくなったウィロウと、魔女のナイトシェイドとドラゴンのストラボと共に記憶を奪われて唐草箱の中に閉じ込められたベンという2つの冒険があり、王と王妃を失った宮廷魔術師・クエスター・スーズや宮廷書記・アバーナシイの物語も平行して進んでいきます。その中で読みどころなのは、やはり唐草箱に閉じ込められたベンとナイトシェイド、そしてストラボの冒険でしょう。3人とも自分が何者なのか分からない状態で、<騎士><貴婦人><ガーゴイル>として旅をすることになります。これはまるで「黒いユニコーン」の時のような自己発見の旅。
訳者あとがきで書かれているように、確かに1つ1つのモチーフへの突っ込みは浅いと思いますし、アバーナシイたちが心を奪われてしまう水晶など、他の作家ならもっと色々と料理してくれるのではないかと思います。それが私にとっても5つ星のシリーズにはならない、そこまではまり込むことのない理由のような気がします。しかし少なくとも、今回の唐草箱の事件がナイトシェイドに及ぼした影響はかなり大きく、それこそが次の物語の本題となりそうで、それがとても楽しみです。

「見習い魔女にご用心-ランドオーヴァー5」ハヤカワ文庫FT(2007年5月読了)★★★★
ベンとウィロウの間に生まれた娘はミスターヤと名付けられ、そのミスターヤもようやく2歳。しかしその成長は人間とはまるで違っていました。数ヶ月で何年分も成長したかと思えば、まるで成長が止まったように見えることもあり、また一夜にして何か月分も成長するのです。2歳の今、ミスターヤの見掛けは10歳、中身は25歳という状態。そんなある日、ウィロウが恐ろしい予感を感じる夢を見た朝のこと、2人の黒衣の人物がスターリングシルバー城を訪れます。それは<妖精の霧>の向こうにあるマーンハル王国のリダル王と名乗る人物。リダル王は国境に大軍を待たせているのだとベンに降伏を促します。全く相手にしないながらも、その朝のウィロウの夢のこともあり、クエスター・スーズとアバーナシイと共ににミスターヤを<河の長>の元へと行かせることにするベン。しかしその旅の途中、クエスター・スーズとアバーナシイとミスターヤは消えうせ、近衛兵たちは石に変えられてしまったのです。(「WITCHES' BREW」井辻朱美訳)

ランドオーヴァーシリーズ第5巻。
前回生まれたばかりのウィロウとベンの赤ん坊が、すっかり成長していて驚いたのですが、今回はそのミスターヤが中心となる物語。シルフのウィロウとの娘ですし、3つの世界の土から生まれた存在でもあるので、生まれながらに魔力を持っていても全く不思議はないのですが、ベンもこの辺りはまだ常識的な概念と願望から逃れられないようです。そのミスターヤは今回、魔女のナイトシェイドに魔法の手ほどきを受けることになります。
今回の読みどころも、前回に引き続きナイトシェイドでしょうね。今回の出来事に対して、ベンもウィロウも途中から「妙に個人的な匂いがある」と感じていますが、まさにその通り。結局のところ、今回の事件はナイトシェイドの個人的な恨みからくるものなのです。前回の衝撃からベンをさらに憎み、その娘のミスターヤの手によって息の根を止めようと考えるナイトシェイド。しかしこの憎しみは、ナイトシェイドのベンへの愛情の裏返し、前巻で心ならずも親しくしてしまった自分への歯がゆさにしか見えないのですね。自分の感情の揺れに動揺し、その動揺を憎しみにすり替えようとしているような…。それでいて、ナイトシェイドはミスターヤに必要最低限なことだけではなく、色々と魔法を教え込んでいるようです。途中のナイトシェイドの告白も思いがけない心情の吐露となっていましたし、これまでのランドオーヴァーは「面白いアイディアを思いついたから書いてみた」的な作品だったと思うのですが、これで魔女の造形が一気に深まって面白かったです。
それにしても、今回気の毒だったのはアバーナシイ。せっかく成長したエリザベスに再会し、しかも人間の姿に戻れたというのに、元の木阿弥だったとは。いつかエリザベスがランドオーヴァーに来る日もあるのでしょうか。「魔術師の大失敗」の時は12歳だったエリザベスは、もうじき16歳というところ。まだティーンエイジャーなので、親元から独立するまで無理かもしれませんが…。アバーナシイも早く人間に戻らせてあげたいものです。
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