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このページは、レイ・ブラッドベリの本の感想のページです。

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「華氏451度」ハヤカワ文庫SF(2009年5月読了)★★★★★

近未来、書物が禁止されている時代。焚書官のガイ・モンターグはその日も通報を受け、仲間たちと共に現場に駆けつけていました。大蛇のような巨大なホースで石油を撒き散らし、本だけでなく家に火をつけて全てを焼き尽くすのです。そして仕事から帰る途中、彼は隣の家に引っ越してきた少女に出会います。少女の名前はクラリス・マックルラン。クラリスはモンターグに色々と奇妙なことを話し、本を焼いているのは幸せなのかと尋ねます。「BEYOND THE GOLDEN STAIR」小宮卓訳)

ディストピア小説の古典的名作と言われる作品。確かに凄いです。読んでいる間中頭にあったのはアントニイ・バージェスの「時計じかけのオレンジ」。そして伊坂幸太郎「魔王」の「考えろ考えろマクガイバー」という言葉。
壁面をテレビにしていつも映像に囲まれ、海の貝と呼ばれる小型ラジオ受信機を耳に入れている人々。街中で車を運転する時は最低制限時速(「最低」です、最高ではなく)が55マイル(約88km)であり、時速40マイル(約64km)で運転しようものなら、即刻刑務所行き。徒歩運動をしても逮捕され、学校で疲れた子供たちは、遊園地に行ったり「窓割り遊技場」で窓を割ったり、「自動車破壊場」で車に大きな鋼鉄ボールをぶつけたり、車で正面衝突ごっこをして気分転換。本は基本的に禁止。許されるのは漫画や性風俗の雑誌程度で、聖書ですらも処罰の対象。人々には、ひたすら何も考えないことが求められてるのですね。何も考えない人々は、日々提供される娯楽に身を任せるだけ。何も考えないことに慣れすぎてしまい、いざ戦争がおきて身近な人間が動員されても、何も考えられない状態。「考えない」だけでなく「感じない」ですね。いくら巧妙に操作されていても、そんな生活を送っていたら、知らず知らずのうちにストレスが溜まるのではないかと思うのですが、そのストレス解消の手段までもがさりげなく提供されているというのが恐ろしいです。
しかしそんな世界を恐ろしいと思いながら読んでいると、それが実は現代社会を如実に映し出していることに気づかされます。全然未来の話ではない、まさに今のこの状態。...モンターグの妻のミルドレッドが夢中になっているのは、テレビの中の人々と一緒になって自分の役割を演じること。RPGのゲームをしているようなものですね。海の貝はiPod。家ではテレビやパソコン、出かける時は携帯電話を手離せず、耳には常にイヤホン。心の底から満たされることがなく、精神的に不安定になっている人々の姿も同じ。本も映画も展開がどんどんスピードアップして今やジェットコースター状態になっていますし、特に作中で署長のビーティがモンターグに語るこの言葉。
「『ハムレット』を知っているという連中の知識にしたところで、例の、<これ一冊で、あらゆる古典を読破したのと同じ。隣人との会話のため、必須の書物>と称する重宝な書物に詰め込まれた一ページ・ダイジェスト版から仕入れたものだ。わかるかね?(P.111)」
まさに今流行りだという「あらすじで読む世界文学」のような本のことではないですか。この作品が発表された当時は突拍子もなく感じられたのかもしれませんが、今やすっかり現実となっています。焚書官という存在がなくても同じ状態になってる分、ブラッドベリが書いたこの作品よりも酷い状態へと向かっていると言えるのかもしれません。
冒頭の火の場面がとても印象的です。素晴らしい...。そのほかでも、まるでアンドロイドのように無機質な人々の中で、モンターグとクラリスの場面だけが色鮮やかで引き込まれました。華氏451度とは摂氏233度、紙が自然発火する温度なのだそうです。色々考えさせられる作品。色んなことを感じ続けたいですね。人間であり続けるためにも。

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