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このページは、ローレンス・ブロックの本の感想のページです。

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「殺し屋」二見文庫(2002年8月読了)★★★★★
ケラーはニューヨークに住む中年の殺し屋。「ホワイト・プレーンズの男」から電話がかかってくると、 スーツケースを詰めて飛行機に乗り、告げられた標的を殺しに行くのです。仕事をしていない時の彼は、独身で一人暮らしのごく普通の中年男。映画を見たり、ジムや精神科医に行ったり、犬の散歩をしたり、クロスワード・パズルをしたり、時には女性と関わったりという生活を送っています。殺し屋ケラーを主人公にした連作短編集です。(「HIT MAN」田口俊樹訳)

殺し屋が主人公の物語と聞くと、ハードなバイオレンス物や、非情な殺し屋の心を徐々に開いていくストーリーなどを思い浮かべてしまうのですが、このケラーシリーズは今まで読んだどんな殺し屋の話ともまるで違います。全編殺人が中心となっているというのにギラギラした部分が全くなく、ごく穏やかな物語。ケラーは確かにプロの殺し屋なのですが、彼にとって「殺し屋」とはごく普通の職業のうちの1つ。彼自身が犬のネルソンに語っているように、ケラーは気が付けば殺し屋となっていただけで、子供の頃から殺し屋に憧れて腕を磨いていたというわけではないのです。その行動には全く力みがなく、結果的に相手が死にさえすれば、たとえ相手が事故に巻き込まれて死んだとしても、他の殺し屋に先を越されたとしても、それはそれで好都合だと考えています。しかしだからと言って、仕事に誇りを持っていないわけではなく、プロだからこその筋は通しています。彼を出し抜こうとする人間には容赦ありません。
どの話もケラーの仕事をメインに物語が進んでいくのですが、実際には殺人よりも、淡々と綴られていくケラーの日常や心理描写の方が中心。旅をすると必ずその土地に住みたくなってしまい、不動産屋に色々な物件を見せてもらうというのも微笑ましいですし、職業が殺し屋ということを除けば、彼はまるで普通の等身大の中年男性。でももし本当に「殺し屋」に会ってみたら、案外ケラーみたいな普通の人間なのかもしれないですね。ただ、とても面白かったのですが、「ホワイト・プレーンズの男」についてよく分からずに終わってしまったことだけは、少々残念です。
「ケラーの治療」と「ケラーの責任」は、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)の最優秀短編賞の受賞作品。

収録作品:「名前はソルジャー」「ケラー、馬に乗る」「ケラーの治療法」「犬の散歩と鉢植えの世話、引き受けます」「ケラーのカルマ」「ケラー、光り輝く鎧を着る」「ケラーの選択」「ケラーの責任」「ケラーの最後の逃げ場」「ケラーの引退」

「獣たちの墓-マット・スカダーシリーズ」二見文庫(2003年12月読了)★★★
レバノン人の麻薬のディーラー、キーナン・クーリーの妻のフランシーンが誘拐されます。キーナンは、犯人からの身代金の要求に応じて、40万ドルを犯人に渡すことに。しかし無事に金の受け渡しが完了したにも関わらず、戻ってきた妻はバラバラ死体となっていました。キーナンは妻の死体をそのまま警察に引き渡してしまうに忍びなく、従弟のルーの動物病院で焼却。そして兄のピートが、AAの集会で顔見知りだったマット・スカダーに犯人探しの仕事を依頼します。ミック・バルーを訪ねるために、数日後にアイルランドに発つはずだったマットは、旅行を取りやめてこの仕事を請けることに。あまりに手際のいい犯行に、犯人は何度も似たような犯行を重ねているのではないかとマットは考えます。(「A WALK AMONG THE TOMBSTONES」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの10作目であり、倒錯3部作最終の3作目。
今回の事件も非常に巧妙にして残虐。しかも倒錯3部作の前2作に比べ、現在の日本でも十分起こり得る犯罪なだけに怖いです。この犯人たちは、身代金を取ること以上に、女性を陵辱して身体を傷つけ、最終的に殺してしまうことに楽しみを感じているようですね。ぞっとしてしまいます。愛妻を残虐な方法で殺されたキーナンの、「おれは犯人を死なせたい。おれは犯人が死ぬ場面に立ち会いたい。犯人が死ぬところを見届けたい。この手で地獄に送ってやりたい。」という言葉が、非常に良く理解できます。そしてこの言葉をキーナンは、「なんの抑揚もなく、感情をも一切まじえず」に言い切るのです。麻薬のディーラーと聞くと、なんとなくステレオタイプの売人の姿を思い浮かべてしまうのですが、思いがけない人間らしさが伝わってくるのもとても良かったです。
マットとエレインの仲も安定し、確か前作で初登場だったTJ少年も活躍。しかしTJとその友達によるハイテク捜査が、今ひとつマットのキャラクターやこの作風に合わないと感じてしまうのは、私だけでしょうか。いつものマットらしさが今回はあまり感じられず、それが少々残念でした。

「死者との誓い」二見文庫(2003年12月読了)★★★★★お気に入り
マンハッタンの豪華なコンドミニアムに妻のリサと2人で住む、弁護士のグレン・ホルツマンが、路上の公衆電話を利用しようとした時に何者かに撃たれて死亡。それから間もなく、事件当時現場にいたホームレス・ジョージ・サデッキが逮捕され、事件は公的には解決したかのように思われます。サデッキは、事件に使われた弾丸の薬莢をポケットに所持していたのです。しかし逮捕されたジョージの弟・トム・サデッキがマットの元を訪れ、兄が本当に犯罪を犯したのか調べて欲しいと依頼。さらには、マットは未亡人となったリサの依頼も受けることになり、マットはグレンのことを調べ始めます。(「THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの11作目。PWA(アメリカ私立探偵作家クラブ)最優秀長編賞受賞作。
残虐な事件ばかりを扱った倒錯3部作も終わり、今回の事件は路上でグレン・ホルツマンを撃ち殺したのが本当にジョージ・サデッキなのか確かめること。とても派手だった倒錯3部作と比べ、一気に地味な事件に早変わり。しかしマットの良さは、やはりこういう地味な事件でこそ本領発揮されるのだと再認識。調べる必要がなくなった後も、しつこく調べ続けるマットの姿に、なんとも嬉しくなってしまいます。もっともマットは自分がしつこいなどとはあまり考えていないのでしょうね。自分の気持ちに区切りがつけられるまでのつもりなのでしょうから。それでも警察官のジョー・ダーキンが「報酬に見合うどころじゃない。あんたはなんでもとことんやっちまう。結局のところ、やっぱりジョージが犯人だったとしぶしぶ認めることになろうがなるまいが。でもそのときにはあんたのせいで、明々白々たる事件がもうぐちゃぐちゃになってしまっているのさ」と言っている通りです。…しかし警察の捜査に1つ疑問点が。警察はジョージ・サデッキの手の硝煙反応を調べなかったのでしょうか?
マットがあの晩リサに電話をすることになったのは、恐らくかつての恋人・ジャン・キーンが余命が僅かと知って動揺していたというのが大きいと思うのですが… しかし、エレインとの関係が安定してしまうと、シリーズに動きが少なくなると考えた作者のあざとさのように思えてしまうのだけが、少々残念。しかしTJの韻を踏んだ言葉使いはとても面白かったです。TJの動きもマットの捜査同様、前回よりも物語の展開にしっくり馴染んでいるように感じられます。

「死者の長い列」二見文庫(2004年11月読了)★★★★
1961年5月4日。新しく22歳から33歳までの若者が、ホーマー・チャンプニーと名乗る85歳の老人に招かれて一堂に集い、「三十一人の会」のメンバーとなっていました。この会は400年ほど前にフリーメーソンから分派されたと言われ、モーツアルトやフランクリン、ニュートンらも会員だったとも言われる古い歴史を持つ会。毎年5月の第一木曜日に集まって食事をし、酒を酌み交わすことだけが規則のこの会の最後の1人となった人物が、次の31人を選ぶことによって続いているのです。しかしその最初の会から32年後。会員の1人・ルイス・ヒルデブランドは、その会のメンバーの死亡率が異様に高いことに気付いていました。この7年の間に9人もの人間が事故や病気、あるいは犯罪によって亡くなっていたのです。そして32年たった今年、会員は既に半数の14人になっていました。(「A LONG LINE OF DEAD MEN」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの12作目。
統計学を遥かに超えた死亡率に、調べ始めるマット。今回はいつも以上に本格推理の味わいでした。ライセンスこそないものの、どんどん本職の「探偵」になっているようですね。そのマットが既に55歳というのには驚きましたが、エレインとの関係もしっとりとしていていいですし、リサ・ホルツマンとのことも必要以上の混乱を招くことなく、ほっとしました。悪名高い弁護士・レイ・グルリオウも意外といい味を出しています。しかし作中、世界貿易センタービルが登場した時にはどきりとしてしまいました。あの日のことが、マットたちの物語にどのような影響を与えるのか、今後の展開が気になります。

「殺しのリスト」二見文庫(2004年12月読了)★★★★
ケラーは新しい仕事のためにルイヴィルへ。しかし空港では、字が読み取れないカードを持った男を自分の出迎えと間違えそうになり、ようやく会えた出迎えの男には、必要もない車と銃を用意され、ターゲット本人の顔が分かる写真があれば十分なのに、クリスマスカードについていた家族団欒の写真なぞを見せられ、その上、部屋を間違える酔っ払いはいるわ、真上の部屋が騒がしくてなかなか寝られないわと悪いことが重なり、ケラー自身悪い予感を感じます。それでもフロントに部屋を変えてもらい、無事にターゲットをしとめて仕事終了。しかしその翌朝、ケラーが最初に滞在していた部屋にいた不倫カップルが殺されていたのです。その後も奇妙な出来事が続き、とうとうケラーは自分を消そうとする存在に気がつきます。(「HIT LIST」田口俊樹訳)

「殺し屋」に続く、殺し屋ケラーシリーズの第2弾。
一見ごく普通のサラリーマンのように見えるケラー。普段の生活はごくごく常識的。趣味は切手蒐集で、ドットから仕事の連絡が入ると、まるで普通のサラリーマンが出張に行くかのように出かけていきます。非情な殺し屋というイメージからは程遠いのに、仕事は完璧にこなすケラー。仕事ぶりだけを見ていると、殺し屋という稼業はケラーにとって天職だと思えるのに、普段はまるでそういう人物ではないのが可笑しいですね。ケラーにほとんど目立った特徴がないという辺りで、スパイにも向いているのかもしれないとふと思ったのですが、本当に実在する殺し屋も、もしかしたらケラーのようなごく普通の人物なのかも。噛み合っているような噛み合っていないようなといった感じの、ドットとの会話も楽しかったです。
長編と言いつつも、前半はまるで連作短編集のようだったのは、実際に短編として雑誌に掲載されていたからなのですね。前作「殺し屋」の方が切れが良かったような気がしますし、マット・スカダーシリーズや泥棒バーニーに比べると、まだまだ役不足といった感もあります。しかしやはり面白かったです。

「処刑宣告」二見文庫(2005年8月読了)★★★★
デイリー・ニューズに週3回コラムを書いているマーティ・マグローが、6月初旬の火曜日に「リチャード・ヴォルマーへの公開状」というタイトルのコラムを書いたところ、マグロー宛に気になる手紙が届きます。リチャード・ヴォルマーは子供相手の性犯罪常習者。刑務所で精神治療を受けるものの、社会復帰した後もその性癖は直らず再逮捕。しかし証拠不十分から無罪放免になり、マーティ・マグローはそんなヴォルマーに自殺を促すようなコラムを書いたのです。その手紙には差出人の名前も住所もなく、しかし文面はきちんとタイプされ、教養が伺えるような内容。そしてその投書の人物は、独自に有名人に対する公開状を書いてマグローの元に送っては、その人物を殺すということを始めたのです。そして今回新たに指名されたのは、ここ数年で右肩上がりにマスコミの関心を集めている刑事弁護士・エイドリアン・ウィットフィールド。ウィットフィールドはマット・スカダーに相談します。(「EVEN THE WICKED」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの13作目。CWAダイアモンド・ダガー賞受賞。
犯人に関してはあまりひねりを感じませんでしたが、それでも二段構えとは凝ってますね。
しかしショックだったのは、マットがやけに老け込んでしまっているように見えること。PCの導入に関して、TJに「あんたはまだまだ勉強できる。まだそんなに歳じゃないんだから」と言われていますが、PCを使う気がさらさらないのはともかくとして、エレインの「老いぼれ熊さん」という言葉がだんだんと冗談にならなくなってきているような…。急激に生彩がなくなってきているようなのがとても気になります。現在56歳、確かにお世辞にも若いとは言えませんが、今回はアルコールのことを思う場面も多いせいか、なにやら人生に郷愁を感じてばかりいたような、そんな印象が残りました。それでも最後のTJとの場面はいいですね。マットの渋みが存分に現れたシーンだと思います。
杉江松恋さんの解説に、ニューヨークの地図を手元にこのシリーズを読むといいとありましたが、確かにそうですね。それは全く考え付きませんでした。マットが実際に足で稼いでいるのを実感しながら読むと、新たな発見がありそうです。

「砕かれた街」上下 二見文庫(2005年9月読了)★★★
2001年9月11日に起きた同時多発テロから約1年。毎朝3軒の酒場と1軒の売春宿を掃除して廻るのが日課のジェリーパンコーは、その仕事が終わった後、他にも頼まれている掃除場所を回っていました。その日行くことになっていたのは、マリリン・フェアチャイルドのアパートメント。マリリンにしては珍しいほどの散らかりようでしたが、寝室で寝ているらしいマリリンをよそに、ジェリーは手際よく仕事をこなしていきます。しかしマリリンは寝ているのではなく、絞殺されていたのです。そしてその殺人の容疑者として浮かんできたのは、前夜マリリンと一緒にいるところを目撃されていた作家のジョン・ブレア・クレイトンでした。(「SMALL TOWN」田口俊樹訳)

9.11、いわゆる同時多発テロ後のニューヨークを描いたノン・シリーズ作品。とは言え、それほど9.11テロについて描かれているわけではありません。確かに物語の背景として存在してはいますが、ブロックはそれほど饒舌には語っていません。
物語は、特定の主人公を持たずに進行していきます。何度も第一発見者となったゲイの掃除人・ジェリーパンコー、容疑者の作家・ジョン・ブレア・クレイトン、画廊女性経営者・スーザン・ポメランス、テロで家族全てをなくした「カーペンター」、元ニューヨーク市警察本部長・フランシス・バックラム… 群像劇なのですね。もちろんブロックのことなので、どの人物もそれぞれに存在感たっぷりに描かれているのですが、訳者の田口俊樹さんも書いてらっしゃるように、作品としては長すぎるという印象。直接関係があるとは思えないエピソードも多く、この半分の分量で、もっとぴりっと引き締まった作品が読みたかったと思ってしまいました。そしてその中でもページ数が多く割かれているのは、スーザンの性の倒錯ぶり。訳者あとがきに、9.11テロの表す「死」に対して、ここに描かれているセックスは「生の謳歌」だとあり、それはそれで納得がいったものの、ここまで描く必要があったのかは疑問。もちろん倒錯した性を通じて、9.11によって深く傷つき、それまでの人生とはどこかずれてしまった人々を描いているというのは分かりますし、自分が生きている証のようなものを求めて、ひたすら性に突き進んでしまっているのは分かるのですが…。
途中作家のクレイトンが容疑者となった殺人事件を私立探偵に調べさせるというくだりがあり、その私立探偵が警察に20年勤めた後に私立探偵となった飲んだくれ、とあったので期待したのですが、残念ながらマット・スカダーには関係がなかったようです。

下巻P.82「およそアートというものは、アーティストの正気を保つために創造されるのではないだろうか」
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