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このページは、ローレンス・ブロックの本の感想のページです。

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「過去からの弔鐘」二見文庫(2002年4月読了)★★★★★お気に入り
現在は無免許で私立探偵のような仕事をしている、元警官のマット・スカダー。彼曰く、彼は決して私立探偵をしているのではなく、「ただ人に便宜をはかっているだけ」。そんなスカダーの元にやってきたのは、ケイル・ハニフォード。コーラー警部補の紹介だという彼は、先日娘のウェンディを殺されたばかり。ウェンディの同棲相手だったリチャード・ヴァンダーポールが事件の直後に逮捕され、リチャードは独房で首を吊って自殺。警察にとっては既に終った事件でした。しかしケイルは、娘がなぜ殺されたのか、娘は本当はどんな人間だったのかが知りたいのだとスカダーに語ります。(「THE SINS OF THE FATHERS」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの1作目。2年前の警官時代、バーに入った強盗を撃った弾が七歳の女の子を殺してしまい、15年余の警官人生にピリオドをうったマット・スカダー。現在はニューヨークの安ホテルに住み、探偵のようなことをして暮らしています。スカダーのやり方は、関係者1人ずつに当たり、目指す人物のイメージを固めていくという方法。根が真面目なスカダーにとっては、本当はあまり向いていない方法なのではないかと思うのですが…。相手のイメージ、そして相手の罪を丸々受け入れるということは、彼自身の罪をわざわざ思い起こさせることになるような気がします。警察官であることに耐えられなくなって辞めたスカダーなのに、なぜ今もまだ同じようなことをしているのでしょう。慢性的な自殺行為のようでもありますね。しかしそのイメージを膨らませるやり方によって、彼は確実に犯人に近づいていきます。最後の決着のつけ方も、とてもスカダーらしいもの。
ジャンルとしては骨太なハードボイルド。派手さはないのですが、とても読みやすい作品です。ブロックの原文はもちろん、田口俊樹さんの訳文も良いのでしょう。翻訳物が苦手な人は、翻訳特有の文章に入り込めない、登場人物の名前が覚えられない、という理由が大きいのではないかと思いますが、そういう人にとっても、この簡潔で抑え気味の文章はとても読みやすいのではないかと思います。

「冬を怖れた女」二見文庫(2002年4月読了)★★★★★お気に入り
今回のマット・スカダーの依頼人は、ニューヨーク市警のジェリー・ブロードフィールド。彼は警察に勤めながらも、警察内部の腐敗についてアブナー・プレジャニアン特別検察官に協力、全ニューヨーク市警の顰蹙を買っていることで有名な男でした。そのブロードフィールドの頼みは、イギリス人売春婦のポーシャ・カーが、誰の差し金で自分を強請りで訴えたのか、どうすれば告訴を取り下げてもらえるのかということ。しかしその数日後、ポーシャの死体がブロードフィールドの隠れていたマンションから見つかり、たれこみの電話で駆けつけてきた警官に、ブロードフィールドは逮捕されることに。(「IN THE MIDST OF DEATH」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの2作目。特に見せ場らしい見せ場がない淡々としたストーリーなのに、スカダーの会話だけで楽しめてしまうのは、やはり人物造形がしっかりしているからなのでしょうね。この作品で一番驚いたのは、スカダーが真剣に恋をしているということ。「恋」という言葉があまり似合わないスカダーですが、でも恋に落ちているスカダーはなかなか可愛らしくもあります。何と言っても、ほとんどアル中の彼に、お酒をやめてもいいとまで思わせるのですから。しかしスカダーには、寂しげな後姿がやけに似合いますね。イメージとしては、雨のニューヨークの街角に感傷的な音楽。独り傘も持たずにコートの襟を立て、背中を少し丸めて歩く男。この作品のラストもとても感傷的で、とても印象に残ります。
コーヒーにバーボンをたらして飲む習慣のスカダー。今はまだいいのですが、先を知っているだけに、なんともやるせないです。飲酒というのは、スカダーにとって慢性的な自殺なのでしょうか。

P.38「いつものように私は、バーボン入りのコーヒーを飲んでいた。酔ってもいなかったし、素面でもなかった。ほどよくバランスがとれていた。コーヒーが世の中の動きをせっかちにし、バーボンがそれを和らげていた。」

「一ドル銀貨の遺言」二見文庫(2002年4月読了)★★★★お気に入り
情報屋のスピナーからの毎週金曜日の定期連絡がなかったことを不審に思ったスカダーは、川から身元不明の男の死体があがったことを知り、ウェスト・ヴィレッジの六分署にいるエディ・コーラー警部補に確認。その遺体がスピナーに間違いないことを確信します。そして2ヶ月ほど前にスピナーから預かった封筒をあけることを決心。その封筒の中には、彼が強請っていた3人の人物の情報と、その中の誰かに命を狙われているのだと書かれた手紙が入っていました。スピナーの願いは、自分を殺した人間を捕まえて敵をとってほしいということ。しかし3人のうちの、殺しに関係ない2人は、そのまま不問に付したいというのです。スカダーはスピナーの後を受け継いだ恐喝者のフリをして、この3人の人物に接触することに。(「TIME TO MURDER AND CREATE」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの3作目。昔馴染みのスピナーの頼みで、スカダーはスピナーを殺した犯人を探し始めるのですが、この探し方がまさに体当たり。こういう場合、普通なら1人ずつ順番に適当な期間をあけてあたっていくのではないかと思うのですが、スカダーはほとんど時間差なく行動を起こします。これでは殺し屋に狙われても、誰の雇った殺し屋なのか判別がつきません。しかしそういうところがスカダーらしくもありますね。そして案の定、事態は混乱。そして、スカダーが警察をやめたきっかけとなった事件以来の衝撃ではないかと思われる出来事が起こります。これは彼にとっては本当に痛い出来事。スカダーは元々アル中になる要素は十分持っていましたが、ここにもまた1つ後押ししていた事件があったのかと思うと、変な言い方ですが、感慨深いものがあります。
スピナーがスカダーを封筒を渡す相手として選んだのは、やはり正解だったと思います。スカダーにとってみれば、受け取ってしまったということは、限りなく不正解だったとは思いますが。

「暗闇にひと突き」ハヤカワ文庫HM(2002年4月再読)★★★★★お気に入り
アームストロングの店にいたマット・スカダーを訪ねてきたのは、9年前におきたアイスピック殺人事件の被害者の1人・バーバラ・エッティンガーの父親、チャールズ・ロンドン。迷宮入りしかけていたその事件は、ほんの3週間ほど前にルイス・ピネルという男が犯人として逮捕され、解決したばかりでした。しかしルイス・ピネルは7件の事件については犯行を認めるのですが、バーバラに関しては自分ではないと犯行を否認。その事件の当日、病院に監禁状態だったといういうアリバイもあったのです。アイスピック殺人に見せかけて娘を殺した真犯人は誰なのか。チャールズ・ロンドンは、事件の洗い直しを望みます。(「A STAB IN THE DARK」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの4作目。
チャールズ・ロンドンにスカダーを紹介したフィッツロイ刑事が、スカダーのことを「何かに食らいついたら決して放さない」と表現している通り、スカダーは自分の足で、1つ1つの証拠を探り出します。たとえ依頼人が知りたくなかったことまで掘り起こしてしまい、首になったとしても、誰も彼を止めることはできないのです。
そして、この作品で初めてAA(アルコール中毒者自主治療協会)の名前が出てきます。ジャニス・キーンとスカダーの会話では、「私は呑んべえだが、アル中とは違う」「どこが違うの?」「私はいつでもやめたいときに酒がやめられる」「だったらどうしてやめないの?」「どうしてやめなきゃならない?」(P.131)という展開。この時点では、スカダーは自分がアル中であることを認めようとはしていません。もしかしたらそうかもしれないという不安はありながらも、敢えてそれを避けて通っています。その強がりと脆さに垣間見える人間臭さが、スカダーらしいですね。この後本格的にアルコールをやめることになるスカダーですが、やはり飲んでいるスカダーの姿の方が情感があるのではないかと思ってしまいます。飲まないことによって登場しなくなる酒場のシーンなども、後になって懐かしく感じられるはず。最後の1行が素晴らしいです。

P.66「私は自分で気づかぬうちに二杯目のグラスを空けていた。グラスが空なのを見て少し驚いた。よってはいなかったが、素面ともいえなかった。素面ならもう少し頭がすっきりしているはずだった。」

「八百万の死にざま」ハヤカワ文庫HM(2002年4月再読)★★★★★お気に入り
今回マット・スカダーにきた依頼は、友達のエレインの紹介のキム・ダッキネンという売春婦の仕事。今の仕事から足を洗いたいキムは、ヒモのチャンスが怖いので、スカダーに代わりに話をして欲しいというのです。マットは早速チャンスを探し、ようやく見つけた場所でキムの意向を伝えます。そしてチャンスはあっさりと承諾。話はそこで終わったかのように見えます。しかしその後、キムはホテルで惨殺死体として発見されることに。チャンスが犯人だと思うスカダー。しかしチャンスにはアリバイがあり、逆に真犯人を探して欲しいと依頼をされます。アルコールから逃げるかのように、その依頼を受けるスカダー。そしてまたしてもチャンスの抱える娼婦が殺されます。(「EIGHT MILLION WAYS TO DIE」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの5作目。
事件そのものよりも、スカダーとアルコールとの闘いが主軸となった作品。この作品のスカダーは完全にアル中であり、病院にも2度収容されて解毒処理を受けています。医者からもアルコールをやめなければ死ぬと言われ、自らAAにも通い始めているのですが、しかし物語の始めの方では、まだそのことをそれほど深刻に考えようとはしていません。しかしアルコールへの恐怖だけは、スカダーの心の奥底にしっかりと根付いており、彼は自分への戒めのように繰り返し禁酒しようとするのです。アルコールをめぐる葛藤が事件の捜査と絡み合って絶妙。スカダーは元々綺麗事だけの人間ではありませんし(人がくれるものはもらっておくという信条)、アルコールに関しても犯罪的な罪に関しても、元々限りなくグレーゾーンにいる人間なのですが、その微妙なバランスが崩れた瞬間、とでも言えばいいでしょうか。…アルコールに関しては、自身の罪に関するグレーゾーンが恐らくかなりの影響を持っているのだとは思いますが…。警官をやめるきっかけとなった事件が起きた時にはっきりと罰せられていたら、今頃また全然違う人生を送っていたのでしょうね。そしておそらくニューヨークという街自体も、グレーゾーンの部分が占める割合の限りなく大きいのでしょう。街角の描写までもが印象的に感じられます。しかしそれだけに物語のラストは感動です。スカダーシリーズの1つのターニングポイントとなる大切な作品です。

P.187「この腐りきった、くそ溜めみたいな市(まち)に何があるのかわかるかね?何があるのか?八百万の死にざまがあるのさ」

「聖なる酒場の挽歌」二見文庫(2002年4月読了)★★★★★お気に入り
1975年の夏。スカダーが10年ほど前のその夏のことを思った時、真っ先に思い浮かぶのは、その頃近くにいた飲み友達、トム・ティアリーと、スキップ・ディヴォーの2人。モリシーの店に入った強盗の情報を集めていたスカダーが、1万ドルという高額の賞金を忘れてしまった原因の1つが、その2人がそれぞれに巻き込まれた事件だったのです。まず、電話のセールスをやっていたトム・ティアリーの妻が自宅で殺され、トムがその殺人の容疑者に。そしてキティの店という酒場の脱税用の裏帳簿が盗まれ、その店の共同経営者の1人であるスキップがスカダーに帳簿を取り戻す手伝いをして欲しいと言ってきます。(「WHEN THE SACRED GINMILL CLOSES」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの6作目。10年ほど前の回想という形で、物語は語られていきます。この頃のスカダーはまだ毎晩のように飲んでいて、数ある酒場の中でも、アームストロングの店に自分の家のように入り浸っています。酒場のことや、飲み友達のことなどが淡々と語られ、それがまたなんともノスタルジックな雰囲気を醸し出していていいですね。事件は2つ。今までで一番ミステリらしい展開です。読んでいる間は片方の事件に比重がきすぎているような気がしていたのですが、どちらも解決したと思った後の展開に驚きました。読んでいる途中少しダレたのですが、最後の結末が良かったので大満足。この世界、この雰囲気。いいですねえ。

P.42
「私はほろ酔い加減でいるのが好きだった。深く酔いたくはなかった、ときにはそういうこともあったけれども。たいていコーヒーにバーボンをたらしたものから始め、夜が更けるにつれてストレイトで飲んだ」
P.90 キャロリン
「バーボンって下品になるのが好きな紳士の飲み物なのよ。スコッチはヴェストとネクタイと進学予備校。バーボンは自分の中の獣を外に出したがってる、自分の卑しさを見せたがってる、愛すべき男たちの飲みものなのよ。」
スキップはバーボンを入れたコーヒーのことを「ケンタッキー・コーヒー」と呼んでいます。バーボンの名産地の1つはケンタッキー。スコッチを入れたアイリッシュ・コーヒーと対になっていて、なかなか洒落た呼び方ですね。そしてキャロリンの言う、バーボンのイメージも、なんだかとてもよく分かります。
印象的な文章は他にも色々とあります。例えば「ニューヨークの市中には二ダースほどの博物館がある。離婚をすると、それら全部がどこにあるか分かるようになる。(P.63)」というのもその1つ。それだけで1つの物語の雰囲気を作り上げています。

「慈悲深い死」二見文庫(2002年8月読了)★★★★お気に入り
AAにも真面目に通い、アルコールを断っているスカダー。今回の仕事は、女優を志してニューヨークに出てきたポーラ・ホールトキの行方を捜して欲しいという両親の依頼。ポーラは7月中旬、突然行方をくらましていたのです。失踪する前に仕事を辞め、家賃も払い、部屋のクローゼットからは服がほとんどなくなっていたことから、スカダーはポーラが自分の意思で姿を消した可能性が高いとして調査を続けます。一方AAの集会で知り合ったエディ・ダンフィ。アルコールを断って9ヶ月たち、第五段階に進むためにマットに話を聞いて欲しいと言っていたエディが集会に現れず、不審に思ったマットがエディの家を訪ねていくと、彼は首をつって死んでいました。彼の死に不審を覚えたマットは、それについても調べ始めます。(「OUT ON THE CUTTING EDGE」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの7作目。
マットはすでにアルコールを断って3年2ヶ月が経過しています。しかしマットは相変わらずのアル中。アルコールをやめたアル中探偵というのは、シリーズとしてどうなのだろうと思っていたのですが、逆に深みを増しているようですね。しかしこの作品の中で一番気になったのは、キスをしたらスコッチの味がするウィラ・ロシターとの恋愛。彼女とのキスは、マットに禁酒の苦痛をもたらさないのでしょうか。もしかすると、マットが彼女と恋に落ちたのには、そのスコッチの味や匂いが大きな要素となっていたのでしょうか。今回AAの集会やその仲間たちとの場面が多く、現実に立ち向かおうとしているマットの姿が強く感じられます。何か起きてもアルコールに逃れられなくなった現在、物事をそのありのままの姿で受け止めなければならないというのは、マットにとって大きな試練なのでしょうね。しかし22年間禁酒してきても、1杯のワインがそれをまるで台無しにしてしまうこともあるという話には驚きました。
今回マットが追う謎は2つ。失踪したポーラの行方と、突然死んでしまったエディの謎。ポーラの失踪こそが今回のマットの仕事ですし、エディの死はすぐに自殺と片付けられてしまうのですが、物語としてはむしろエディの謎が中心になってふくらんでいきます。クライマックスの畳み掛けるような謎解きは見事。話がこんな風に進むとは全く考えてなかったので驚きましたが、でも読み返してみると伏線はきちんとあったのですね。

「墓場への切符」二見文庫(2003年1月読了)★★★★★お気に入り
高級娼婦のエレインからの久しぶりの電話。10年ほど前は毎週のように会い、持ちつ持たれつの関係を保っていたエレインも、マットが警察を辞めて以来すっかり疎遠になっていました。エレインは非常に怯えており、マットにすぐ来て欲しいのだと言います。彼女の元に、差出人不明の新聞の切り抜きが届いたというのです。それはオハイオ州で夫が妻と子供を惨殺して自殺したという記事。その記事に書かれている妻・コーネリアは、エレインの昔の娼婦仲間だったコニー・クーパーマン。2人は、マットが12年前に刑務所に送り込んだジェイムズ・レオ・モットリーのことを思い出します。コニーやエレインに付きまとい、レイプ同然のことをしていたモットリーは、マットにハメられたことを知って怒り狂い、刑務所から出てきたらコニーとエレインとマット、そしてマットの女を全員殺すのだと宣言していたのです。(「A TICKET TO THE BONEYARD」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの8作目。倒錯3部作の1作目でもあります。
今回の相手は粘着質でサディスティックな男。しかも脇腹に指を押し当てるだけで相手に激痛を与えられるという特技の持ち主。体は決して大きくないのに、バネのように硬く引き締まった筋肉を持ち、目には何の表情も出さず、しかもツボを知っているということで、まるでアメリカ人にとっての謎の東洋人のような男ですね。しかしこの相手がこれまでのシリーズの中で一番の強敵。しかも狂っています。マットが話しているのを見ただけで、苗字も知らないような関係の女性までも殺そうとするのですから。ということで、今回はサスペンスとサイコホラーの要素がかなり強いですね。最後は上手くいくのだろうと思いながらも、かなりハラハラさせられてしまいました。緊迫感たっぷり。
そして今回読んでいて驚いたのは、マットの周りに頼りになる仲間が実に多いこと。高級娼婦のエレイン、マシロン警察の警部補ハヴリチェク、警察で絵を描いている・レイ・ガリンデス、生粋の犯罪者・ミック・バルー…。酒を飲んでいた時代にも、マットの周囲には絶えず人がいましたし、彼らもまたそれぞれに魅力的だったはずなのですが、しかし本作ほどではなかったような気がします。彼らは登場し、そして消え去っていたはず。それに比べ、この作品ではそれらの人々の存在感が今までになく大きく、その印象はくっきりと鮮やか。しかもそれらの仲間たちのおかげで、マットは全ての重荷を1人で背負い込むことがなくなっているようです。いつからそうなっていたのでしょう。今まではまるで気づいていませんでしたが…。しかしマットと周囲の人々との繋がりは、確かに濃やかになっていますね。そして気付いてみれば、私の感想でも、いつの間にか「スカダー」ではなく「マット」と表記が変わっていたのですね。確かに今は「スカダー」よりも「マット」というのがぴったりです。

P.139「我々はみな年老いて己れの戯画になる」

「倒錯の舞踏」二見文庫(2003年1月読了)★★★★★お気に入り
今回のスカダーの仕事は、リチャード・サーマンが妻のアマンダを殺したのかどうかを調べること。パーティから帰ってきたサーマン夫妻が強盗と鉢合わせし、アマンダが殺された事件で、アマンダの兄・ライマン・ウォリナーは、夫のサーマンのことを疑っていたのです。しかもその現場に真っ先に駆けつけた刑事・ジョー・ダーキンもまた、サーマンのことを疑っていました。FBCSのプロデューサであるサーマンを追って、ミック・バルーと一緒にボクシングの試合を見に行ったマットは、観客席に見覚えのある男がいるのに気づきます。それが誰なのかなかなか思い出せないマット。しかし後日、マットはそれが半年ほど前にAAの集会で知り合った男に見せられた、スナッフ・フィルム(殺人が実演されるポルノ映画)に登場していた男とそっくりであることを思い出します。会場でサーマンと声を交わしていたプラカードガールもまた、そのビデオに出ていた女性だったのです。(「A DANCE AT THE SLAUGHTERHOUSE」田口俊樹訳)

マット・スカダーシリーズの9作目であり、倒錯3部作の2作目。MVA最優秀長編賞作品です。
やはりこの作品でも、マットの仲間の存在感を感じました。前作辺りから見えてきていたことですが、やはり既にマットは1人で何もかも背負おうとはしていないですね。過去を忘れようと、酒に逃げて溺れていたマットはもういません。彼は既に自分の足でしっかりと立ち、何に依存することなく、きっちりと1つずつ物事をこなしています。しかしだからと言って、彼の本質まで変化しているわけではなく、マットはマットのまま。物事を綺麗事で済まそうともしないですし、ライセンスもとらず、その日暮らしの探偵家業をしているのも相変わらず。ただ、酒がない分、自分にきちんと向き合っているというのが大きいのでしょうね。そもそも自分とも向き合えないような人間に、他人と向き合うことなどできないはずですから。こうなってみると、初期の作品に登場する人物たちが「仲間」でも「友達」でもなく、「知り合い」だったということがよく分かります。同じことをしていても、一緒に協力をしているように見えても、正面から向かい合うということはなかったのですね。
それでも、いつかまた飲み始めるのではないかという不安は常に付きまとっています。この小さな不安感が、マットの人間的な魅力、ひいては作品自体の魅力となっているのでしょうね。しかし、酒を飲まなくなったらどうなるのかという心配をしていた頃が嘘のようです。やはりこのシリーズはこうなるべくして進んでいるのでしょうね。ローレンス・ブロックの底力を感じます。

P.25「こんなふうにして、人間は自分が中年になったことを知るんだなんて、よく言うね。誰を見ても誰かを思い出すというのは中年になった証拠だそうだ」

「泥棒は野球カードを集める」ハヤカワ文庫HM(2001年12月読了)★★★★
古本屋稼業もすっかり板に付き、泥棒稼業とはすっかりご無沙汰になっていたバーニイ。古本屋の主人という平穏無事な生活にも満足しています。しかし、古本屋が入っているテナントビルの新しい大家から、法外な家賃値上げの通告が。古本屋の収入だけでは到底家賃を支払えないと悟ったバーニイは、丁度泥棒稼業を懐かしく思い出していたこともあり、1年ぶりに泥棒稼業を再開することに。ところが、いざ高級アパートに忍び込んでみると、そこにはまたしても、殺した覚えのない死体が…。そして現金とほんの少しの金目の物しかとらなかったはずのバーニイは、知らないうちに野球カードのコレクションの盗難疑惑までかけられてしまいます。(「THE BURGLAR WHO TRADED TED WILLIAMS」田口俊樹訳)

表の顔は古本屋、しかしその正体は泥棒、というバーニイ・ローデンバー・シリーズの6作目。同じ作者でも、アル中のマット・スカダー・シリーズは骨太でハードボイルドなのですが、このバーニイ・シリーズは明るくて洒落た雰囲気を楽しむシリーズ。楽しいキャラクターとユーモアたっぷりの会話が魅力です。しかし今回のトリックもそう大したものではないものの、色々な小さな謎や疑問が最後にきっちり解き明かされていくところは、読んでいて爽快。そして今回問題となるのは野球カード。ベイブ・ルースやジョー・ディマジオのカードが、絵画や不動産、株式以上の投資の対象になっているとは驚きです。そして今回新しく猫のラッフルが登場。リリアン・J・ブラウンのシャム猫ココが引き合いに出されていますが、こちらは今後どういった役割になるのでしょう。
それにしても、今回はスー・グラフトンを始めとする本の話題で笑わせてもらいました。やけにグラフトンの宣伝をしていますね。しかもキンジー・ミルホーン(スー・グラフトンのシリーズ物の主人公)はレズだなんて書いてしまって大丈夫なのでしょうか。AからZまでいってしまった後の題名がどうなるかという予想にも爆笑です。
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