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このページは、ピーター・S・ビーグルの本の感想のページです。

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「心地よく秘密めいたところ」創元推理文庫(2006年11月読了)★★★★★お気に入り

ニューヨークの共同墓地・ヨークチェスターに19年もの間隠れ暮らしているジョナサン・レベック。かつてはドラッグストアを経営していたレベックは、ある日ぐでんぐでんに酔っ払った時にこの共同墓地に迷い込んで眠り込み、それ以来彼はこの共同墓地に住んでいるのです。食物は鴉が1日2回運んで来ていました。そんなある日、新たにマイケル・モーガンという男が墓地に埋葬されます。レベックはマイケルに、自分は死者の話し相手であり、死んだばかりで不安な死者の話し相手になり、気持ちを落ち着かせる役目をしているのだと説明します。(「A FINE AND PRIVATE PLACE」山崎淳訳)

人生から逃げ出したレベック氏、亡き夫の墓参りに来るクラッパー夫人、墓地の管理人のカンポス、幽霊となったマイケルとローラ。そして鴉。登場人物は決して多くなく、生きている人間で重要なのは3人だけ。しかも墓地が舞台となった物語ですが、ホラーではありません。むしろ独特の透明感と静けさを持った温かみのあるファンタジー。エピソードは沢山ありますし、マイケルの死は毒殺なのか自殺なのかといった興味はありますが、基本的にはそれほど起伏のない物語が淡々と進んでいきます。ただ、舞台が墓地で、死と隣り合わせだけに、とても登場人物たちの言葉に哲学的な雰囲気が漂います。
レベック氏に言わせると、道路があり大通りがあり、ブロックがあり、家の番号もあれば、下層階級や中流階級の地域、小さな宮殿もある墓地は、友達付き合いの馴れ馴れしさやそっけない冷たさ、口論といった性質も持ち合わせている墓地は、まるで都会のような場所。しかしレベック氏やクラッパー夫人にとって、ここはまさに「心地よく秘密めいたところ」であり、ここにいることは人生における執行猶予期間なのでしょうね。死んでしまった自分と向き合う時間を持つことになったマイケルやローラにとっても同様。まさにそれぞれにとっての「死」と「再生」の物語なのでしょう。
レベック氏がマイケルに語る死というもの、静かに記憶がなくなっていくそのイメージが好きです。そしてボロニヤ・ソーセージやローストビーフ・サンドイッチの重さによろけ、時にはトラックの荷台で休みながらも、レベック氏に食べ物を届け続け、皮肉な言葉を吐き続ける鴉の姿がとても微笑ましくていいですね。
この作品は、ピーター・S・ビーグルが19歳の時に書いた作品なのだそう。まだまだ人生の序盤と言えそうな若さでも、このような作品が書けるものなのですね。まるで人生を重ねて老成した作家が書いたような作品。すごいです。


「最後のユニコーン」ハヤカワ文庫FT(2006年1月読了)★★★★★お気に入り

たったひとりでライラックの森に住んでいたユニコーン。不死であり、1つの土地にひとりぼっちで住むのが特性のユニコーンたちにとって、ユニコーン同士でつがうことは滅多になく、自分以外のユニコーンに会うことすら稀。彼女も長い年月を1人きりで過ごしながら、動物たちが何世代も営んでいくのを見て暮らしていました。しかしそんなある日のこと、鹿狩りをしていて彼女の森に入り込んできた2人の男の言葉を聞いたユニコーンは驚きます。彼女が世界でただ一頭だけ残ったユニコーンだというのです。そして暖かな夜のさなか、自分の森を大急ぎで抜けていくユニコーン。自分以外のユニコーンがどこにいるのか、本当に行ってしまったのか確かめようと思ったのです。ユニコーンは、途中で出会った蝶が言い残した「赤い牡牛」という言葉を手がかりに進んでいきます。(「THE LAST UNICORN」鏡明訳)

とても美しく静謐な物語。リリカル(抒情的)という言葉は、おそらくこの文章にこそ相応しいのでしょうね。様々な出来事には遭うものの、それほど冒険に富んでいるとは思えない物語なのですが、どこか不思議な印象があり、繊細で詩的な文章で読ませてくれます。ここで描かれる世界も素晴らしいです。とても美しく、透明感のある幻想世界。この世界はどのような設定で描かれたのでしょう。まるで神話の世界のようでありながら、ロビンフッドとマリアンが登場するなど、現実のこの世界に通じるところもあるようなのですが… しかしこの作品に描かれている舞台に相応しい場所など、ロビンフッドの時代以降、本当にあったのかどうか。紛れもないファンタジーでありながら、他のファンタジー作品とは一線を画しているように思えます。まるで全然違う時間が流れているような印象。
ユニコーンと一緒に旅をすることになったのは、魔術師・シュメンドリックと盗賊・キャプテン・カリーの情婦だったモリー・グルー。シュメンドリックは、大きな魔力を持ちながらも何かに囚われていて、それを使いこなすことのできない魔術師。そしてモリー・グルーは、盗賊集団やキャプテン・カリーという檻に囚われていた女性。そしてこの2人以外の登場人物たちも、それぞれに何かに囚われ、自分が本当は何者なのか探し求めており、何らかの犠牲を払いながらも本来あるべき姿となろうとしています。囚われの身となっているユニコーンたちも同様。
この中で唯一絶対的で、異質な存在だったと思えるのが、「彼女」であるユニコーンなのです。しかし彼女は自分の森を出ることによって、様々なものに囚われることになります。まず、森を出てしまうと美しい白い雌馬としてしか見てもらません。逃げ出した馬だと思われて人間に追いかけられたり、ぐっすり眠っているところをミッドナイト・カーニヴァルのフォーチュナ婆さんに捕らえられて、見世物の檻に入れられてしまったり。ユニコーンをユニコーンとして見せるために、フォーチュナ婆さんは魔法をかける必要があったというのが皮肉ですね。そして最後に自分の森に帰ろうとした時… ユニコーンは既に以前のような絶対的な存在ではなくなっていました。他の面々は明らかに、もしくは心のどこかで変化を望んでいたと思えるのですが、彼女にとってはどうだったのでしょう。
奥を探れば色々と深い意味がありそうな物語。終盤のユニコーンたちの場面の描写は圧巻です。

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