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このページは、フィリップ・プルマンの本の感想のページです。

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「黄金の羅針盤-ライラの冒険I」上下 新潮文庫(2006年2月読了)★★★

ライラは、生まれてすぐに両親を飛行船の事故で亡くし、おじのアスリエル卿にオックスフォードのジョーダン学寮に預けられている少女。現在11歳のライラは悪戯盛りで、その日もダイモン(守護精霊)と一緒に、普段は絶対に入ることのできない奥の間に忍び込んでいました。ふいの話し声に慌てて隠れたライラが見たのは、その日訪れる予定のアスリエル卿のために用意されたワインに、学寮長が白い粉を流し込んでいる場面。そのまま部屋から出られなくなってしまったライラは、衣装ダンスの中に隠れて様子を伺うことに。アスリエル卿は北極地方に見られる自然現象の解明に携わっており、そのスライドを学者たちに見せて、再び探検に出る資金を募ろうとしていました。一方、ライラの周辺では、ゴブラーと呼ばれる集団に子供たちが連れ去られるという事件が起こり始めていました。ライラと仲の良いロジャー・パースローも姿を消します。しかしライラは急にジョーダン学寮からコールター夫人の手元に引き取られることになり、学寮長から真理計(アレシオメーター)を渡されることに。(「THE GOLDEN COMPASS」大久保寛訳)

「ライラの冒険シリーズ」の第1部。カーネギー賞とガーディアン賞をダブル受賞という作品です。作者のプルマンは、ミルトンの「失楽園」を始めとするキリスト教的神話に大きなインスピレーションを受けて、叙事詩のようなモチーフを持った冒険ファンタジーを描きたかったのだそう。しかし叙事詩のような重みは感じられないですね。どちらかといえば展開の速いハリウッド映画のようなジェットコースター感覚です。
舞台となる世界は、私たちの住むこの世界にそっくり。登場する地名は共通していますし、同じように聖書も存在しているのですが、細かい部分は色々と違うパラレルワールド。決定的な違いは、人間がそれぞれダイモンと呼ばれる守護精霊を持っていることでしょうか。人間とそのダイモンとは遠くに離れることができず、人が死ねばダイモンも死に、ダイモンが死ねば人も死ぬという関係。このダイモンというのは、魂が具現化したような存在なのでしょうね。読んでいる最中、「ダイモン」という文字を見るたびに「デーモン」が頭をちらついて困りましたが、プルマンはそこまで考えて名付けているのでしょうか? 子供の頃のダイモンは様々な動物に姿を変えるのですが、大人になると一定の姿に固定し、それはその人間の本質的な姿を表したものと言えるようです。この辺りは、物語が進めばもっとその暗示するものが見えてくるのでしょう。
鎧を着た熊のイオレク・バーニソンや、ファーダー・コーラムを始めとする人情に厚いジプシャンたちといった面々が魅力的。ジプシャンというのはジプシーから来ているのでしょうね。熊の鎧は人間のダイモンと同じように深い意味を感じさせます。そしてダストが降り注ぎ、夜空を覆うオーロラの向こうには見知らぬ町並みが見えるという北の地の情景も素敵。しかし肝心のライラにあまり魅力を感じられなかったのだけが、何とも残念でした。ジョーダン学寮の面々にせよ、ジプシャンたちにせよ、リー・スコーズビーにせよ、どうしてそこまでライラのことを愛せたのでしょう。私の目にはただの困った嘘つきの少女にしか見えなかったのですが…。(ライラという名前には、実際に「ライアー(嘘つき)」という意味が掛けられているようです)


「神秘の短剣-ライラの冒険II」上下 新潮文庫(2006年2月読了)★★★★

12歳の少年ウィル・クーパーは、母親と2人暮らし。探検家の父は物心付いて以来家におらず、生きているのか死んでいるのかも分からない状態。そんなある日、ウィルは母を連れて、かつてピアノを教わっていたクーパー先生の家を訪れます。ウィルの母親は以前から精神的な病にかかっており、しかも最近、警官でも福祉関係者でも犯罪者でもない男たちがウィルの母に父のことを執拗に質問しに来るようになってきていたため、そのままでは母の身が危ないと判断したのです。母親を預けて安心したウィルは、自宅に隠されていた古ぼけた緑色の革の文具箱を探し出し、それを持って家を飛び出します。そして雌のしまネコの行動から、道路のへりから2メートルほど離れた空中の一部に窓のようなものが開いているのを知り、そこから別世界へと飛び込みます。(「THE SUBTLE KNIFE」大久保寛訳)

「黄金の羅針盤」に続く「ライラの冒険シリーズ」の第2部。
「黄金の羅針盤」のライラに加えて、この「神秘の探検」ではもう1人の主人公となるウィルが登場。彼が住んでいるのは、私たちのこの世界と同じ世界ですが、偶然別の世界への窓を見つけ、そこでライラと出会うことになります。1作目ではライラがあまり好きではなかったのですが、このウィルの登場によって物語のバランスがぐんと良くなった気がします。一気に面白くなりました。
「黄金の羅針盤」の真理計に対して、ここで登場するのは別世界への窓を切り拓くことのできる短剣。そして「黄金の羅針盤」で子供たちを攫う「ゴブラー」に対し、こちらでは大人だけを襲う「スペクター」が登場します。そして「ダスト」は、この世界では「シャドー」という名前で知られていることが判明。アスリエル卿が何を企んでいるのか、コールター夫人がどのような動きをしているのかということも分かり始め、「失楽園」からインスパイアされた部分が徐々に具体的になってきました。天使も登場しますし、これからが本番。続きも楽しみです。


「琥珀の望遠鏡-ライラの冒険III」上下 新潮文庫(2006年2月読了)★★★★

コールター夫人に連れ去られ、洞窟の中でずっと眠り続けさせられていたライラ。コールター夫人に毎日食べ物を届けていた牛飼いの娘・アーマは、洞窟の中で見たライラの姿が忘れられず、偉大な祈祷治療師であり知恵者である、活仏(トゥルク)のパグジンに眠り病にかけられたという少女を治す薬をもらうことに。しかしライラは眠り病なのではなく、コールター夫人に薬で眠らされていたのです。それを知ったアーマは、ライラを探しに来たウィルや熊のイオレク・バーニソンの手助けをすることに。(「THE AMBER SPYGLASS」大久保寛訳)

「黄金の羅針盤」「神秘の短剣」に続く、「ライラの冒険シリーズ」の第3部。
ここにきてようやく、「失楽園」にインスパイアされたというプルマンの描きたいことがはっきり見えました。「失楽園」に書かれていた、ルシファーにしろアダムにしろイヴにしろ自由意志を持った、自分で選択する自由を持った存在として神が創造したという部分もこの作品に表れていますし、ルシファーやアダム、イヴのやったことは実は魂の解放と自由の始まりだったという部分も、「失楽園」を読んで感じた通り。欧米でこの考えがどの程度受け入れられるのかは分かりませんが、「オーソリティ」についての解釈や描写も大胆でとても良かったと思います。しかしオーソリティのあの姿、そしてその後には驚かされました。
アスリエル卿のことはもちろん、結局のところ娘が大事だと言うコールター夫人の言うことも信じきれないですし、善悪が複雑に絡まりあった人間が描かれているため、最後まで緊迫感が持続するのもいいですね。真理計や短剣の存在にやや都合の良いものを感じていただけに、ウィルとライラが自分たちの運命を受け入れていく様子もとても良かったと思います。安易なハッピーエンドにはならなかったところが気に入りました。ただ、この3部で新たに重要人物の視点が物語に加わってくるために、話が色々なところに飛びすぎてしまい、散漫な印象が残ってしまったのが少し残念。それでもメアリー・マローン博士がうるしを塗り重ねていく場面はとても好きですし、琥珀の望遠鏡を覗いた時に見た金色のダストの情景がとても美しくて良かったです。


「かかしと召し使い」理論社(2008年9月読了)★★★

パンドルフォじいさんが作ったかかしはその夜のうちに怠け者の農夫に盗まれ、そして次の晩はまた別の誰かに盗まれ、だんだんとじいさんの小麦畑から遠ざかっていってしまいます。そしてある嵐の晩、かかしは稲妻に直撃され、そのショックで体中の分子や原子や素粒子が活発に働き出したのです。翌朝、畑の脇で小麦のつぶとカブの葉としなびたニンジンを食べていた少年・ジャックは、かかしに呼ばれて驚きます。それでもかかしに提案されるまま、かかしの召し使いとなって一緒に世界を回ることを決めることに。(「THE SCARECROW AND HIS SERVANT」金原瑞人訳)

かかしが動いたり話したりしているといえば、まず「オズの魔法使い」、そしてその影響を受けていると思われる「魔法使いハウルと火の悪魔」が印象に残っていますが、それらのかかしが動いていることには、特に説明がなかったと思います。しかしここに登場するかかしが動いているのは、かかしを直撃した稲妻のため。直撃されたことによって体内の分子や原子、素粒子が活発に動き始めたというのが面白いですね。フィリップ・プルマンは、既存の物語でかかしが動いている理由がきちんと説明されていないことに不満を持っていたのでしょうか。そして始まるのが、かかしと少年の冒険物語。山賊をやっつけたかと思えば、お芝居に出演、軍隊に入って突撃していたかと思えば無人島に漂流したりと、なかなか盛り沢山な内容。かかしという仕事柄(?)鳥には詳しいですし、生まれた時にパンドルフォじいさんに「礼儀正しく、勇ましく、誇りをもて。思いやりを忘れるな。精一杯がんばれ」と言われた通りの生き方をしているかかしですが、そうそう理想ばかりでこの世の中を渡っていくことができるわけがありません。しかもカブ頭のせいなのか、それとも脳みその豆が途中で飛び出してしまったせいなのか、かなりピントがずれています。その点、召し使いのジャックの方が余程現状を把握しており、その都度さりげなくかかしをフォローしていますね。しかしそのジャックにしたところで、かかしの召し使いになる前はただの貧しい少年。それほど世間を知っているわけではありません。2人で大真面目に行動していても、いつの間にかどんどんずれていってしまう様子は、まるでドン・キホーテとサンチョ・パンサ。
読んでいる間は少々物足りなく感じていたのですが、読後感はほのぼの。ばあさんガラスが導き出した解決方法も鮮やかでしたし、宿敵・ブッファローニ家との最後のやりとりも、実はとても含みがあったのかもしれませんが、外見的にはとても爽やかで良かったです。


「マハラジャのルビー-サリー・ロックハートの冒険」創元推理文庫(2009年3月読了)★★★

1872年10月。最近父を失ったばかりのサリー・ロックハートは、父がサミュエル・セレビーと共同で経営していたロックハート&セルビー海運会社へとやって来ます。3ヶ月前にスクーナー船<ラヴィニア号>が南シナ海に沈み、これに乗船していたサリーの父も亡くなっていました。しかしその日の朝、シンガポールからサリーのもとにメモのようなものが郵送されてきたのです。そこには父のものではない筆跡で「サリ七つの祝福に用心しろ マーチバンクスが助けになってくれる チャツム 用人しろ」と書かれていました。サリーはミスター・セレビーに会うつもりだったのですが、ミスター・セレビーは生憎留守。そして代わりに会ったミスター・ヒッグスは、「七つの祝福」という言葉を聞いた途端、心臓麻痺で死んでしまったのです。(「THE RUBY IN THE SMOKE」山田順子訳)

サリー・ロックハートの冒険シリーズの第1弾。この作品は4部作で、「ライラの冒険」シリーズよりも前に約10年がかりで完成したという作品なのだそうです。
舞台はシャーロック・ホームズが活躍し始めるよりも10年ほど前のヴィクトリア朝のロンドン。主人公は天涯孤独の身となってしまったサリー・ロックハート。孤児となったサリーを引き取る親戚・ミセス・リーズの造形を見てもいかにもヴィクトリア朝の未婚女性といった感じの堅苦しさですし、当時の風物が生き生きと書かれているのが楽しいですね。この作品の中に登場するものでは、ステレオスコープ(日本ではのぞきからくり)が面白そう。そして物語は、マハラジャのルビーという謎を中心にテンポ良く進んでいきます。主人公のサリーは、好きに学習するようにまかされた結果、「英文学、フランス語、歴史、美術、音楽に関する知識は皆無だが、軍の作戦、簿記、株式市場の動き、ヒンドゥー人に関する実用的知識には堪能となった」という、ヴィクトリア朝の女性としてはあり得ないほど個性的な少女。実はサリー自身には今ひとつ感情移入できないまま読み終えてしまったのですが、悪たれ少年のジムはなかなかいい感じですし、写真家のフレドリックとその妹・ローザ、トレンブルといった面々が揃うバートンストリート45番地が魅力的。物語の本筋の冒険や謎よりも、ここでサリーがガーランド写真店を建て直す辺りの方が断然面白かったかも。
第2弾はこの作品の6年後。サリーは既に大学を卒業して一人立ちしているようです。


「仮面の大富豪-サリー・ロックハートの冒険2」上下 創元ブックランド(2009年3月読了)★★★

1978年。ケンブリッジ大学での勉学を終えたサリー・ロックハートは、今やロンドンのシティの金融界の心臓部に財政コンサルタントのオフィスを構えていました。その日、そのオフィスを訪ねてきたのは、引退した教師のミス・ウォルシュ。彼女はその前の年にサリーのアドバイスで海運会社への投資を行うことを決め、老後の蓄えの3000ポンドでアングロ-バルト海運会社の株を買っていました。その後アングロ-バルト海運会社は順調に業績を伸ばし、ミス・ウォルシュもサリーのアドバイスに満足していたのですが、それからわずか1年でこの海運会社は倒産してしまったのです。アングロ-バルト海運会社自慢の蒸気船・イングリッド・リンデ号がバルト海上で忽然と消息を絶ったことは世間でも話題となった出来事。しかしその他にもスクーナー船が一隻消えてしまい、さらにもう1隻の船がサンクトペテルブルグのロシア政府に押収され、その船を解放してもらうために莫大なお金を払わなければならなかったのです。ミス・ウォルシュはこれは実は詐欺なのではないかという疑問を抱いていました。(「THE SHADOW IN THE NORTH」山田順子訳)

サリー・ロックハートの冒険シリーズの第2弾。「マハラジャのルビー」から6年後。サリーは22歳になっています。写真家のフレデリックやジム・テイラーたちが周囲にいるのは相変わらずですが、状況的にはかなり様変わりしています。サリーは財政コンサルタントの仕事だけでなく、ガーランド写真店の共同経営者となっていますし、フレデリックは写真だけでなく探偵業にも手を出している模様。劇場の裏方として働きながら脚本を書こうとしているジム・テイラーも、ガーランド写真店に頻繁に出入りしています。フレデリックの妹のローザが既に結婚しており、今回の物語には登場しないのがとても残念ですが、サリーは前作の時よりも魅力的に感じられました。
上巻では、サリーのところに持ち込まれた話と、フレデリックやジムのところに持ち込まれた話が、当時大人気だったという降霊術も絡みながら徐々に繋がりを見せていきます。サリーが結婚を躊躇う理由の1つが当時議会を通過したばかりの「妻財産法」ということなどにも、当時のイギリスが出ていて楽しいですし、労働者階級が中心となっていた前作とは異なり、今回は上流階級が絡んでくるのも面白いところ。劇場支配人としてのブラム・ストーカーの名前も登場します。そして下巻に入るとさらに物語の展開は速くなり、まるで次々に爆発していく爆弾のよう。正直あまり嬉しくない展開だった部分もあるのですが、それでも読ませてくれる物語となっています。
次の作品は3年後とのこと。25歳のサリーはどうなっているのでしょうね。

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