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このページは、フィリパ・ピアスの本の感想のページです。

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「トムは真夜中の庭で」岩波少年文庫(2009年7月再読)★★★★★お気に入り

トムは腹を立てていました。夏休みは弟のピーターと庭のリンゴの木の枝と枝の間に家を作ろうと前々から計画していたのに、ピーターははしかにかかり、トムはうつらないようにするために、アランおじさんとグウェンおばさんの家に行かなければならなくなったのです。アランおじさんたちが住んでるのは、庭のないアパート。万が一はしかにうつっていた時のために外に出ることもできず、友達もおらず、トムは日々退屈しきっていました。運動不足で夜も寝られなくなってしまったトムは、毎晩のように時計の打つ音を数えるのが習慣となります。古い置時計は、打つ音の数を間違えてばかり。しかしそんなある晩、夜中の1時に時計が13回打ったのです。夜の静けさに何かを感じたトムは、こっそりベッドから抜け出します。(「TOM'S MIDNIGHT GARDEN」高杉一郎訳)

子供の頃に何度も繰り返して読んだ本。いわゆるタイム・ファンタジーです。間違えて13回打つ古時計、その時にだけ現れる庭園、そしてハティという名の少女。昼間はがらくたばかりが置かれている狭苦しい汚い裏庭があるだけの場所に、広い芝生と花壇、木々や温室のある庭園が広がっているのです。その庭園での遊びの楽しいことといったら…! ハティの秘密の場所を教えてもらったり、弓矢を作ったり、リンゴの木の中に家を作ったり。そして冬は川でスケート。退屈だったはずの夏休みが、わくわくする真夜中の冒険に一変してしまいます。そしてトムはヴィクトリア時代の英国の暮らしを垣間見たり、時とは何なのか、ということを考えることになります。
しかし楽しい冒険も、じきに終わりを告げることになります。それはピーターのはしかも治り、アランおじさんの家にいられる日々も残りわずかになってしまうせい。しかしそれ以上に庭園での生活が大きく変わってしまうのです。最初は小さかったハティが、いつしか大人の女性になっていたと気づくところは本当に切ないですね。しかもそのことに気づかされるのは、他人の目を通してなのですから。しかし最後に彼女の名前を叫んだ時、きちんとその声が届いていたというのがなんとも嬉しいところ。年齢差を越えた2人の邂逅には胸が温まります。子供の頃はやはりトム視点で読んでいたと思いますし、大人になった今もそうなのですが、トムだけでなく、かなりハティに感情が入っていたかもしれません。読む年齢に応じて、その経験値に応じて、新たな感動をくれる本です。
フィリパ・ピアスは自然豊かな田舎町に生まれ,ケンブリッジ大学の修士まで進んだ知性派なのだそう。ここに描かれる庭園は、確かに自然の中での暮らしを知っている人によるものですし、大人になって改めて読んで感心するのは、この構成の素晴らしさ。計算されつくした論理的構成なのですね。


「真夜中のパーティー」岩波少年文庫(2009年7月読了)★★★★

【よごれディック】…隣の家に住んでいたのは、"よごれディック"。数年前に奥さんに逃げられて以来、ディックは一人暮らしで、母さんに言わせると、ブタ小屋のブタのような暮らしぶりでした。
【真夜中のパーティー】…ハエのせいで目を覚ましたチャーリー。耳にハエが入ったと言っても誰も相手をしてくれず、仕方なく下に下りて水を一杯飲み、何か一口食べようと思うのですが…。
【牧場のニレの木】…モートロックおばあさんの牧場の真ん中に立っていたニレの木から、突然大枝が落ちます。そして2年後また大枝が1つ落ち、さらにもう1つ。ニレの木は切り倒されることに。
【川のおくりもの】…川の中で生きているイシガイを見つけたダンは、それをローリーにあげることに。ローリーが5日後にロンドンに無事に持って帰れるように2人で工夫します。
【ふたりのジム】…ジェイムズ・ヘズロップ老人は孫のジムが大好きで、ジムもジム老人が大好き。耳が遠いジム老人に無口なジム。近所の人たちは「音なしジムと口なしジム」というあだ名をつけます。
【キイチゴつみ】…物を無駄にするのが嫌いな父さんの発案で、キイチゴ摘みに出かけることに。行ったのは父さん、ヴァル、ピーター、隣のターナーさんの子供2人の計5人。
【アヒルもぐり】…大きな池でアヒルもぐりを練習しているのは、デブなのでソーセージと呼ばれている「ぼく」。コーチがレンガを投げ、池の底までもぐり、レンガをつかまえて戻るのです。
【カッコウ鳥が鳴いた】…素晴らしい午後を過ごす予定だったのに、お隣のルーシーにつかまってしまったパット。仕方なくルーシーも連れて行くことに。(「WHAT THE NEIGHBOURS DID AND OTHER STORIES」猪熊葉子訳)

どれもごく普通の日常から始まる物語。特に不思議なことが起きるわけでもなく、日常のさりげない出来事と共に子供たちの思いが切り取られている作品群。しかしそれがとても鮮やかなのです。真夜中のパーティーが親にばれないように工夫する姉弟たち、ついついニレの木を倒してしまった少年たち、貴重なイシガイを川に隠す少年たち、せっかく摘んだキイチゴを無駄にしてしまい、怒る父親から逃げ出す少女、レンガの代わりにブリキの箱を拾った少年…。特に印象に残ったのは、「川のおくりもの」で、川の底に潜りこもうとするイシガイを見ながら密かに逡巡するダンの姿でしょうか。これは本当に、ダンと一緒になってドキドキしてしまいます。「カッコウ鳥が鳴いた」で、兄のようなパットが大人たちに糾弾されるのに憤慨した小さなルーシーの反撃も良かったですね。溜飲が下がります。そして、「アヒルもぐり」で、間違えてブリキの箱を拾ってきた少年のあの達成感や充実感! 読んでいるその時には、それほど大した物語には思えないのですが、後から考えると印象的な場面がとても多かったことに気づかされるような、深みのある短編集でした。

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