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このページは、マイクル・ムアコックの本の感想のページです。

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「メルニボネの皇子」ハヤカワ文庫SF(2007年6月読了)★★★★
【メルニボネの皇子】…<竜の島>メルニボネの初代魔術皇帝から数えて、428代目の直系に当たる皇帝・エルリックは、薬と薬草の力によって生きながらえている白子の皇帝。従兄でもあるイイルクーンが皇帝の座を狙っているものの、イイルクーンの妹であり、将来の皇妃になるであろうサイモリルとの平和な時間を楽しんでいました。しかしそんなある日、メルニボネの民が<新王国>と呼び習わす新興人類の国から、<夢見る都>イムルイルへの襲撃が。そして迎え撃った戦いの場でイイルクーンがエルリックに反旗を翻したのです。
【真珠の砦】…1年の期限を切って、未知の世界へと旅立ったエルリック。しかし砂漠の都市・クォルツァザートにおいてエルリックは死に瀕していました。彼の生命を養う薬と薬草は既に尽きていたのです。砂漠に倒れているエルリックを見つけて助けたのは、アナイという少年。アナイはエルリックのことを夢盗人としてゴー・ファージ卿に売り込み、エルリックはその罠にはまって<世界の心臓>にあるという<真珠の砦>に、<真珠>を探しに行くことに。(「ELERIC OF MELNIBONE and THE FORTRESS OF THE PEARL」井辻朱美訳)

「その膚は野ざらしのどくろの色、肩より長く垂れ落ちる髪は乳酪のように白い。細面の美しい顔からのぞくのは、つりあがった愁わしげな深紅の双眼、ゆるい黄色の袍の袖口からあらわれたほっそりした手もまた骨の色、それが巨大なただひとつのルビーから刻みだされた玉座の、両の肘かけに置かれている」… そんな描写から始まる、エルリック・サーガの第1巻。ここには「メルニボネの皇子」と「真珠の砦」の2巻が収録されています。
作者のマイクル・ムアコックはイギリスで生まれながらもアメリカで活動していると聞いていたので、エルリックの造形もいかにもアメリカ的なヒーローのヒロイックファンタジーなのかと思っていたのですが、予想外に内省的な人物で驚きました。エルリックは白子であるため、見た目にも明らかに他のメルニボニ人とは異なっているのですが、内面的にも一般的なメルニボネ人とははっきりと異なっており、エルリックの考え方や行動を真に理解する人間はあまりいません。一般的なメルニボネ人は残酷なまでにあっさりと物事を決定していきますし、イイルクーンの実の妹であるサイモリルですら、イイルクーンに関してはもっときっぱりとした決断を求めているのですから。そんなエルリックの姿は、まるで神々の中にただ1人紛れ込んだ人間のよう。しかしそんな人間的なエルリックですら、一度新興人類の王国に行けば十分非人間的な印象となるのがとても面白いです。
身体的には薬がないと生きていかれないほど虚弱なエルリック。そのため読書に没頭し、強い魔術の力を持つに至っているのですが、実は戦士としても非常に強く、その精神力は魔剣ストームブリンガーを使いこなせるほど。しかしそのストームブリンガーは、混沌の神であるアリオッホに忠誠を誓って得たものであり、ストームブリンガーによって人々の魂を吸い取って混沌に捧げ続けているのです。それはエルリック本人は善を成したいと考えていても、その裏には必ず悪魔が控えているようなもの。ストームブリンガーが自らの破滅の元だと分かっていながらも、エルリックは手放すことができないのです。…エルリックの中には沢山の矛盾が存在しており、それがエルリックの一番の魅力なのかもしれませんね。しかし私にとっては、老いた目、聡明な目、しかし邪悪な目を持つ美青年の姿で現れる、混沌の神・アリオッホの方が遥かに魅惑的に感じられます。アリオッホとエルリックの対峙場面がもっと読んでみたいです。

「この世の彼方の海」ハヤカワ文庫SF(2007年6月読了)★★★★★
【この世の彼方の海】…ピカレイド人の土地、ライフェルの都で一介の用兵として総督軍に身を投じようとしたエルリック。しかしメルニボネの斥候と間違えられて幽閉されてしまうことに。やっとの思いで脱出し、ようやく海に辿り着いたエルリックの前に現れたのは、見慣れない形の奇怪な船でした。
【<夢見る都>】…<紫の街>のスミオーガン禿頭伯爵を始めとする6人の男たちは、エルリックの手引きで<夢見る都>へと攻め込むことに。メルリックは大艦隊を霧で隠し、一足先に都へと向かいます。
【神々の笑うとき】…ある夜のこと、酒屋で1人飲んでいたエルリックの目の前に、翼を持たぬマイルーンの女・<踊る霧(ダンシング・ミスト)>のシャーリラが現れます。失われたと言われていた「死せる神々の書」がこの世にあることを知り、それを得るためにエルリックの力を借りたいというのです。
【歌う城砦】…シャーリラと別れたエルリックは、ムーングラムと共に旅を続け、ジャーコルの首都ダコスへ。旅籠に泊まっていたエルリックを訪ねて来たのは、イシャーナ女王の使いで来た都の警備隊長を代行するヨラン伯。ジャーコルの田舎の谷に突然壮麗な城砦が現れたというのです。(「THE SAILOR ON THE SEAS OF FATE and THE WEIRD OF THE WHITE WOLF」井辻朱美訳)

エルリック・サーガの第2巻。旧版では「この世の彼方の海」と「白き狼の宿命」の2冊だったものが、1冊になったもの。
この第2巻で驚いたのは、「この世の彼方の海」で、エレコーゼとコルム公子、ホークムーンという他のシリーズの主人公たちが登場していること。この4人は「四戦士」、<一なる四者>と呼ばれているのだそう。(かつては「三戦士」が<一なる三者>だったようです) コルムはエルリックに、ヴァアロディオン・ガニャディアックの塔でエレコーゼと一緒に闘ったという話をします。エルリックもエレコーゼもそのことはまるで知らず、コルム公子は未来の世界から来たらしいという説明があります。かつて3人はタネローンという場所を見出したことがあり、4番目のホークムーンはそれに仕えたことがあるのだとか。エルリックの世界は<混沌の神々><法の神々>の治める世界ですが、他の3人の世界はまた別で、どうやら4人が出会ったこの海は、複数の世界をまたがっているようです。この4人の関係もとても不思議で、これは4つのシリーズの多層的な世界を読まねばという気になります。新版では時系列順に作品が並べられているようですが、実際にはこの「この世の彼方の海」は1976年に発表されており、かなり後になってからの作品。この作品が書かれる前に、ヴァアロディオン・ガニャディアックの塔の物語も書かれているのでしょうね。
そしてエルリック・サーガが始まったのは、実は「メルニボネの皇子」ではなく、この2巻に収められている「<夢見る都>」からだったのですね。「メルニボネの皇子は時系列的には一番最初の物語なのですが、発表されたのは1972年。「<夢見る都>」は1961年。「メルニボネの皇子」で、エルリックは「女殺し」の異名を取ることが予見されていましたが、最初のエピソードで既にその事がなされていたとは驚きました。「<夢見る都>」「神々の笑うとき」「歌う城砦」は初期の作品とのことで、「この世の彼方の海」や、前巻に収められていた「真珠の砦」に比べるとやや荒削りな印象ですが、これがその後の世界の広がりに発展していくのかと思うと感慨深いです。
この2巻で、多くの人々がエルリックの世界観に引き込まれるその魅力がよく分かったような気がします。

「暁の女王マイシェラ」ハヤカワ文庫SF(2007年7月読了)★★★★
【暁の女王マイシェラ】…パン・タンの魔術師・セレブ・カーナを追ってロルミール入りするエルリックとムーングラム。しかし首都のイオサズを目指している途中で、メルニボネの巨竜に似た姿をとった、ウーナイと呼ばれる<混沌>の生き物が2人を襲うのです。
【薔薇の復讐】…ムーングラムと別れてタネローンを出たエルリック。竜のスカースナウトにメルニボネにかつて存在した都市・フィシャンへと連れて行かれます。都市の廃墟にいたのは父・サドリック86世の亡霊。父は最愛の妻の元へと行くために、エルリックにローズウッドの箱を探すよう言いつけます、エルリックは竜に連れられて、箱の持ち運び去られた異次元へと向かうことに。(「THE VANISHING TOWER and THE REVENGE OF THE ROSE」井辻朱美訳)

エルリック・サーガの第3巻。旧版の「暁の女王マイシェラ」と「薔薇の復讐」の合冊。
前巻でコルムが語った、エルリックとエレコーゼと共に、ヴァアロディオン・ガニャディアックの塔で闘ったという話が、この「暁の女王マイシェラ」での1つのエピソードなのですね。ホークムーンは登場しませんが、ルーンの杖は登場します。
セレブ・カーナのエルリックに対する敵意は、ひとえにジャーコルの女王イシャーナを奪ったエルリックへの嫉妬。あまりに激しい思い込みに、イシャーナのことを既に忘れかけているエルリックは戸惑うのですが、エルリックがセレブ・カーナを執拗に追いかける理由も、セレブ・カーナの逆恨みが元となっているので、既に争いだけが先走った状態になっているようです。マイシェラを狙うケルメイン軍の長・ウムブダ王子は<混沌>側、エルリックに助けを求めるマイシェラは<法>側、エルリックは当然<混沌>側、その敵・セレブ・カーナは<混沌>側と、かなり入り組んだ戦いとなっていますし、乞食の町・ナドソコルでエルリックが倒すのは<混沌>の神の1人である<燃える神>チェカラクであり、エルリックを助けるのは<法>の神・ドンブラスであるという部分も同様。最後には自分のお気に入りの僕を助けるべくアリオッホが現れるのですが…。このように、<混沌>と<法>に関して少しずつ見えてきたのですが、次元が違えば、同じ神々でもその勢力関係は大きく異なっているようです。コルムの世界では、既にアリオッホとキシオムバーグは追放されて存在しないとのこと。ここではエルリックの世界ではそれほど力を持たないマベロードが最強の王なのです。
そして「暁の女王マイシェラ」でも「薔薇の復讐」でも、エルリックは多元宇宙の違う次元へと旅をすることになり、特に「薔薇の復讐」では、多元宇宙に関する真理の一端が明らかになります。ウェルドレイクの口から英国やプラハ、ロワール河など実在の地名が登場し、地球もこの多元宇宙に含まれる存在なのだと判明。物語前半で舞台となる、無数の台車で移動し続けるジプシーの街がとても面白いですし、詩人・アーネスト・ウェルドレイクや薔薇、ファット一族、三姉妹など魅力的な登場人物が多く、惹かれる情景も多かったのですが、物語自体は少々難解。哲学的な議論が続きます。しかしこれも全てが分かった時に読み返せば、おそらくとても面白く感じられるはず、そんな予感がします。

「ストームブリンガー」ハヤカワ文庫SF(2007年7月読了)★★★★
【魂の盗人】…<北東部>でもとりわけ裕福な都・バクシャーンで、商人たちに雇われたエルリックとムーングラム。他の者たちよりも規模の大きいイルマーのニコーンを除きたいというのです。ニコーンの後ろにセレブ・カーナがいると聞き、エルリックはその仕事を請けることに。
【闇の三王】…ナドソコルから馬を駆ってきたエルリックとムーングラムがトルースの森で出会ったのは、カーラークの長官の娘・ザロジニア。彼女を警護して2人はカーラークへと向かうことに。
【忘れられた夢の隊商】…エルリックはザロジニアと結婚し、カーラークに留まることに。エルリックに穏やかな幸せの日々が訪れ、ストームブリンガーは武器庫の中に忘れら去られることに。しかしそこにムーングラムが駆けつけます。<炎の運び手>がやって来るというのです。
【ストームブリンガー】…エルリックの妻のザロジニアが妖魔に攫われます。エルリックは再びストームブリンガーを手にすることに…。(「THE BANE OF THE BLACK SWORD and STORMBRINGER」井辻朱美訳)

エルリック・サーガの第4巻。旧版の「黒き剣の呪い」と「ストームブリンガー」の合冊。
エルリック・サーガの最初の作品「夢みる都」が1961年の作品で、ここに収められた最初の3編は1962年、「ストームブリンガー」は1963年から1964年にかけての作品。エルリックの世界はわずか3年の命だったのかと改めて驚かされました。この4巻の最後に「メルニボネのエルリックのサーガ、ここに終わる」という文章があり、5巻以降は21世紀になってから書かれたエルリック・サーガなのだそうです。
この世界は、<法>と<混沌>という2つの勢力によって支配されている世界。<法>は正義や秩序をもたらすけれど、同時に停滞ともなってしまうもの。逆に<混沌>は可能性を秘めてはいるけれど、同時に世界を恐怖と破壊の地獄にしてしまうもの。この2つの勢力のバランスが釣り合っていてこそ、世界は上手く流れていく、というこの世界観がやはりとても面白いですね。欧米の世界観といえば、やはりキリスト教を根底に感じることが多いですし、この<法>と<混沌>の関係も、天使と悪魔のようなものかと勝手に思い込んでいたのですが、それとはまた少し違っていました。
サイモリルを失って以来、女性とは上辺だけの付き合いをしてきたエルリックが、ザロジニアにこれほどまでに惹かれるというのは少し不思議だったのですが、エルリックが嵐の前のつかの間の静けさを味わうだけに、「ストームブリンガー」のラストが一層悲劇的に感じられます。最後は、北欧神話のラグナロクを思わせるような終末戦争。まさかシャルルマーニュ伝説のローランや角笛・オリファン、名剣・デュランダーナが登場するとは思いませんでしたが、オリファンはまるでギャラルホルンのように、世界に終末の到来を告げることになります。悲劇的ではありますが、非常にエルリック・サーガらしい終末とも言えそうです。
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