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このページは、イアン・マキューアンの本の感想のページです。

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「アムステルダム」新潮クレスト・ブックス(2005年11月読了)★★★

タクシーを止めようとした時に腕に走った痛みをきっかけに、数週間のうちに物の名前が出てこなくなり、肉体の機能がコントロールできなくなってからはユーモアのセンスも失われ、あっという間に痴呆状態に陥り、そして亡くなったモリー・レイン。レストラン評論家であり、ファッショナブルな才人にして写真家、先端を行く園芸家で、外務大臣・ジュリアン・ガーモニーにも愛されたモリーを忍び、かつて恋人だった高名な作曲家のクライヴ・リンリーと、新聞「ザ・ジャッジ」の編集長・ヴァーノン・ハリディはその葬儀に参列。死ぬ間際になって、とうとうモリーは金持ちの出版社社長であり、陰気で所有欲の強い夫・ジョージだけのものとなったのです。(「AMSTERDAM」小山太一訳)

98年度ブッカー賞受賞作品。
モリーが亡くなったことがきっかけとなり、徐々に歯車が狂っていく男たちの姿が描かれていきます。事件を目撃していながら、それを警察に伝える努力を怠ったために、作曲中の交響楽に最後の啓示を受けることのできなかった作曲家。政治家のいかがわしい写真を大スキャンダルとして利用するものの、結局自分がその地位から追いやられる羽目に陥る新聞の編集長。写真を公表されたスキャンダル自体は妻の機転で免れるものの、その地位に留まり続けることができなくなってしまった政治家。そこには既に、彼らを結びつけるモリーという女性の存在はないのです。
全体的に漂うのは知的で洗練された空気。成熟した大人のための小説といった印象。特にクレイグの作曲の場面が、とても興味深く面白かったです。しかし社会的に成功し、ある程度の地位を得てしまった男たちの自滅ぶりは、実に皮肉な冷めた視線で描かれています。長い時間かけて築き上げてきた経歴も、崩れ去るのは一瞬。その一瞬を描くのに、このシンプルな文章が効果的なのですね。これは結局、モリーを通してしか存在し得ない、男たちの奇妙な友情の物語だったのでしょうか。3人の男たちの転落への過程がありきたりで、たちの悪い冗談のように感じられてしまったのですが、それがまたこの作品の良さであったのかもしれないですね。


「愛の続き」新潮文庫(2007年11月読了)★★★★

ある風の強い日。6週間ぶりに再会した恋人のクラリッサ・メロンとピクニックに出かけたジョー・ローズは、ワインの栓を開けようとしたその時、男の叫び声を耳にして立ち上がります。巨大な灰色の気球が不時着し、かごから半分出かかったパイロットはロープに片足が絡まってひきずられており、かごには10歳ぐらいの少年が乗っていたのです。思わず助けに走るジョー。同じように駆けつけた何人かの男たちと一緒にロープを掴みます。しかし少年にかごから出るように叫んだのもつかの間、やがて強風のため気球は男たちをぶら下げたまま浮かび上がったのです。やがて男たちは1人また1人とロープから手を放して落下。1人が手を放すごとに気球は数フィート浮かび上がり、最後まで残っていたジョン・ローガンが手を放した時、気球は300フィートの上空にいたのです。ジョン・ローガンは死亡。事故にショックを受けたジョーとクラリッサは家に帰ってからも事故のことを話し続けます。その晩遅くかかってきたのは、「知ってもらいたいんだ。あなたが何を感じているかぼくには分かる。ぼくも同じことを感じてるから。愛してる」という電話。それは気球の事故の時に一緒にかけつけた男たちの中の1人、ジェッド・パリーからの電話でした。(「ENDURING LOVE」小山太一訳)

前回読んだ「アムステルダム」は、大人っぽいクールな空気が漂いながらも、あまり起承転結のない作品だったという印象があるのですが、これはまるで違うのですね。冒頭の気球の事故の場面からドラマティックですし、その後の展開も驚きの連続。てっきり自分は生きたいあまりにロープから手を放してしまい、ジョン・ローガンを死なせてしまった主人公の罪悪感の物語かと思いきや、実際にはこの事件をきっかけにジェッド・パリーという男に見初められてしまった主人公の物語だったのですね。「ド・クレランボー」症候群というのは初耳でしたが、これは一種の妄想症。患者は勝手に対象となる相手に愛されていると強烈に思い込み、何があってもその信念は揺らがず、その間に起きた様々な出来事を全て何らかのサイン(2人の愛情にとって肯定的なサイン)だと思い込むというものなのだそうです。愛されていると思い込んで付きまとうだけでもストーカーとしては十分なわけですが、ジェッドの言葉はさらに恐怖をそそります。どこまでいっても平行線を辿る会話。言葉は十分通じているのに、話の通じない恐怖。実際、ジェッド・パリーの行動が始まってすぐにジョーはノイローゼ気味となり、そんなジョーをクラリッサは持て余すようになり、あまり真剣に相手にしてもらえないジョーは、クラリッサに実は男がいるのではないかとまで思うようになるのです。その間にジェッドがしたことは、留守番電話にメッセージを吹き込むことと、手紙を書くこと。そしてジョーの後をつけ、ジョーの家を見張ること。ジョーにとっては脅威ですが、クラリッサにとってみれば、多少危ないかもしれなくても特に危険のない相手に過ぎないジェッド。警察も相手にされない程度。それでもジョーとクラリッサの関係は、内側から壊れ始めてしまうのです。この辺りが怖いですね。イギリスの田園地帯ののどかな自然の情景の美しさが一転して恐怖の場面となる辺りも良かったですし、有名な科学ジャーナリストとして名を挙げていても、本当は科学者になりたかったという微妙なコンプレックスが、ジョーの精神崩壊に生かされているのも、とても巧いですね。傍目には、本当にジェッドはジョーが言うように危険な人物なのか、それとも本当はジョーがおかしいのか、徐々に分からなくなってくる辺りも。惹きこまれながらも、同時に読むのがとても辛かったのですが、それだけ迫力があったということなのでしょう。
この作品は「Jの悲劇」として映画化もされているのだそうです。

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