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このページは、フランク・マコートの本の感想のページです。

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「アンジェラの灰」上下 新潮文庫(2007年6月読了)★★★★★

ニューヨークで出会って結婚し、子供たちを連れてアイルランドのリムリックへと戻った両親。父のマラキは、口ばかり達者で甲斐性なしの飲んだくれ。打ちのめされ、暖炉のわきでうめくだけの信心深い母親・アンジェラ。アイルランドに渡ったのはフランクが4歳の頃で、弟のマラキは3歳、双子の弟のオリバーとユージーンは1歳、妹のマーガレットはもう死んでいなくなっていました。(「ANGELA'S ASHES」土屋政雄訳)

1997年のピュリッツァー賞伝記部門を受賞の処女作。フランク・マコート自身の子供の頃を描いた作品です。
「子供のころを振り返ると、よく生き延びたものだと思う。もちろん、惨めな子供時代だった。だが、幸せな子供時代なんて語る価値もない。アイルランド人の惨めな子供時代は、普通の人の惨めな子供時代より悪い。アイルランド人カトリック教徒の惨めな子供時代は、それよりもっと悪い」
貧しくてひもじくて、それでも父親はわずかに稼いだ金や貰った失業手当を持ってパブに行ってしまい、子供たちは空腹のまま布団に入る毎日。マーガレットやオリバー、ユージーンが死んだのも貧しさのため。フランクの腸チフスが酷くなったのも、お医者さんがそれまで診たこともないような結膜炎の酷い症状になったのも、貧しさのため。仕事が長続きしないのに、ほんのわずかのお金も飲むために使ってしまう父親のために、母親は近所の人に食べ物を借りる羽目に陥り、夫婦は喧嘩をし、子供たちは泣くのです。確かにアイルランドのカトリック教徒の子供たちの悲惨さは桁違いかもしれないですね。それでもこのマコート家の実態が語られる調子がお涙頂戴ではなく、少し突き放した冷めた目とユーモアを感じさせるので、読んでいて辛くはならないのがいいですね。相当悲惨な状況ではあるのですが、フランクたちは決して不幸ではないのです。父親の語るクーフリンの物語をフランクが大事に自分のものにしていたり、早朝の父親を独り占めしている喜びを密かに感じている部分など、読んでいるとほんのりと暖かくなる部分。そしてフランクが大きくなるにつれて異性への関心が育ち、性のことに関する知識も増えるのですが、それにつれて司祭への告解の内容が変化するのもユーモアたっぷり。幼い頃の告解は司祭が笑いをこらえるのに必死になるような内容なのです。その後徐々に素直に告解できるような内容ではなくなってくると、教会に行かなければと思いつつも、なかなか入ることのできずに葛藤することになります。そうなるとフランクは、おできのように大きく腫れ上がった罪の意識が自分を殺すことのないようにと祈るのです。一人前の大人になったように見えながら、まだまだ子供の部分を見せるフランクが可愛いのです。
「アンジェラの灰」の「灰」とは何なのか、この作品にははっきりと書かれていません。アンジェラが時々眺めている暖炉の灰なのか、それともワイルドウッドバインという煙草の灰なのか、それとも「ashes to ashes, dust to dust」(灰は灰に、塵は塵に)からなのかとも思ったのですが、これは続編の「アンジェラの祈り」を読むと分かるのだそうです。


「アンジェラの祈り」新潮クレスト・ブックス(2009年4月読了)★★★★

1949年10月。19歳のフランク・マコートは船で単身ニューヨークへと向かいます。船の食堂で隣席に座った司祭は、アイルランド出身ながらもロサンゼルスの教区に長いため、アイルランド訛りもほとんど消えているような人物。その司祭に、同じ船に乗り合わせているケンタッキーのプロテスタントの老夫婦はとてもお金持ちなので愛想良くしておいた方がいいと言われるフランク。しかし顔はにきびだらけで目は爛れており、歯は虫歯でぼろぼろのフランクには、司祭とも満足に話せない状態なのに、どうやって振舞ったらいいのかなどまるで分からないのです。(「’TIS :A MEMOIR」土屋政雄訳)

「アンジェラの灰」の続編。アイルランドから憧れの地・アメリカに脱出しても、なかなか簡単には上手くいかないのは予想通り。しかしアイルランドのリムリックにいる家族は、フランクがアメリカで苦労しているなどとは夢にも思わず、その送金を当てにしているというのも予想通り。時にはもっと送るように頼んでいたりします。アンジェラ自身、アメリカで上手くいかず結局アイルランドに戻る羽目になったはずなのに、そのことを覚えていないのでしょうか。
しかしこの「アンジェラの祈り」は、前作「アンジェラの灰」のように雪だるま式に不幸が膨らんでいく物語というわけではないのですね。フランクはきちんきちんと家に仕送りをしていますし、母の要求に応じてその額を増やして自分は空腹になったとしても、行き倒れになるわけではありません。不幸な物語を読んでいるつもりでいたら、リムリックでは新しい服や靴を買うことができれば、新しい家に移ることもできるという状態になっていて驚きました。フランクの暮らしも、ほんの少しずつではあっても上向きになっていきます。金持ちにはほど遠くても、きちんきちんと食べていくことのできる暮らし。もちろん並大抵の苦労ではなかったのでしょうけれど、自分のアイルランド訛りや爛れた目、ぼろぼろの歯にコンプレックスがあり、この世の中で一番不幸そうに振舞っているフランクでも、大学に行くこともできれば、美しい女の子と恋愛することもできるようになるのですから。少なくとも「アンジェラの灰」の時のようなどうしようもない出口のないやるせなさはありません。それでも最終的にハッピーエンドで終わるのかどうかは、まだまだこれからのフランク次第なのですが。
前作では、「アンジェラの灰」の灰とは何なのか明かされないままだったのですが、この作品ではきちんと明かされることになります。もちろんそういった意味では意義のある作品だったと思うのですが、前作の方が力強くて惹きこまれたかも…。こちらも悪くないのですが、前作はその1冊で十分光っていたのに比べて、こちらは前作あってこその作品ですね。

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