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このページは、指輪物語関連作品の本の感想のページです。

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「トールキン神話の世界」赤井敏夫 人文書院(2006年9月読了)★★★★★
神戸学院大学教授の赤井敏夫さんによる、トールキン研究書。トールキンの「ホビットの冒険」「指輪物語」「シルマリリオン」やそれらの作品を巡る評論、キャロル・ルイスやC.S.ルイスとの比較、ルイスやチャールズ・ウィリアムズと活動していたインクリングスでの姿などから、トールキンの創り出した神話世界を考察していきます。

「方法論」「神話学」「解釈学」の3章に分けて構成されているのですが、非常にしっかりと論理的に考察されていて驚きました。既訳・未訳問わず、膨大な研究書に目を通した上で書かれたということがよく分かる本です。
そしてこれを読んでいる間中、目の前に重なって仕方がなかったのは、本書の中でも指摘されていましたが、トールキンの寓話的作品「ニグルの木の葉」の主人公ニグルとトールキン自身の姿。1枚の木の葉を描くことに始まり、葉の形や光沢、葉先にかかる露のきらめきなど細部を写すことに拘り、そこから木の全体像を描こうとしたニグルの姿は、トールキンそのものだったのですね。最初、自分の子供たちのために「ホビットの冒険」という物語を作り、それがアンウィン社の人間の目に留まって出版されることになり、そして続編を求められた時。最初は気軽に執筆を始めるものの、トールキンの前には、「中つ国」を中心とした神話「シルマリリオン」が徐々に出来上がりつつありました。時には執筆中の「指輪物語」に合わせて、神話を遡って書き換えたり、「ホビットの冒険」の最後の「それ以来かれは死ぬまで幸せに暮らしました」という言葉になかなか相応しい続編にならないと、いくつもの草稿を破棄したり。1つのエピソードを大きな物語にふくらましたり。執筆するトールキンの姿が見えるようですし、この本を読めば「ホビットの冒険」「指輪物語」「シルマリルの物語」といった作品群の全体像が俯瞰できます。
ただ、既訳の「指輪物語」を「指輪の王」、「ホビットの冒険」を「ホビット」と表記したなどの拘りは、どうなのでしょう。原題の「The Lord of the Ring」の「Lord」という言葉は、キリスト教的にも、ただ単に「王」と訳せるような言葉ではないはず。おそらくそれを理解した上で「王」とされているのでしょうけれど、日本の読者にとってはやはりあまり親切とは言えないような気がします。

「トールキン指輪物語事典」デビッド・デイ 原書房(2006年10月読了)★★★★
「指輪物語」「ホビットの冒険」「シルマリルの物語」を中心に、トールキンが創り上げた中つ国関連の事柄や用語を「歴史」「地理」「社会」「動植物」「伝記」という分類で整理し説明した本。(「TOLKIEN THE ILLUSTRATED ENCYCLOPEDIA」仁保真佐子訳)

「指輪物語」「ホビットの冒険」「シルマリルの物語」などの作品は、イギリスには良質な伝説がないと感じたトールキンが50年をかけて作り上げた神話体系。固有名詞がとても沢山登場し、読んでいても混乱してしまいやすいのですが、それらの固有名詞や中つ国での出来事がとても分かりやすくまとめてありました。これから「終わらざりし物語」を読もうとしている私にとっては、それぞれの物語の復習にぴったり。まず先に「指輪物語」は読んでおいた方がいいと思いますが、次に「シルマリルの物語」に進む前の予習としてもいいかもしれないですね。
ただ、基本的にあいうえお順に掲載されている事典なので、目的の項目を引くことも可能なのですが、そういった使用法にはあまり向いていないようです。相互に参照できるような機能もほとんどありませんし、全体を通しての索引もありません。例えばエルフの3つの指輪のことを調べたいと思っても、自分で5つの章のうちで当てはまりそうな箇所を考えて探すしかないのです。結局ヴィルヤ(風の指輪)、ナルヤ(火の指輪)、ネンヤ(水の指輪)という項目はなく、「歴史」の「太陽の第2紀」の説明にも「社会」のエルフの項目にも、「伝記」のケレブリンボール(指輪を作ったエルフ)の項目にも3つの指輪に関する記述はなく、持っていたであろう人物の項目を「伝記」で探すしかありませんでした。どちらかといえば通して読むのに向いている本のようですね。通して読むと、似たような記述が繰り返し登場するのが目についてしまうのですが…。それに、それぞれの項目の出典も1つずつ記載しておいて欲しかったです。
イラストも多数使われているのですが、あまり好みではないものが多くて残念。あくが強いものが多く、これは好き嫌いが分かれそうです。

「トールキンによる『指輪物語』の図像世界(イメージ)」W.G.ハモンド/C.スカル 原書房(2006年10月読了)★★★★★
若い頃から自然が好きだったトールキンは、母のメイベルに絵の描き方や飾り文字の書き方を教わって以来、多くの絵を描き、「ホビットの冒険」「指輪物語」「シルマリルの物語」の世界の絵も多く描き残しています。たとえありあわせの紙に走り描きされている時でも、きちんと製作の日付やメモが付けられ、封筒に保存され、その多くは現在、オックスフォード大学やウィスコンシンのミルウォーキーにあるマルケット大学の図書館に手書き原稿と共に保存されているのだそう。そんなトールキンの絵画作品を、「初期の作品」「ヴィジョン、神話、そして伝説」「子どものための絵」「ホビット」「指輪物語」「パターンと図案」という5章で、ほぼ年代を追って順に紹介していく本です。(「J.R.R.TOLKIEN ARTIST & ILLUSTRATOR」井辻朱美訳)

トールキンが文学作品だけでなく、絵も多く描き残していたとは知りませんでしたが、実際に見てみると、見覚えがあるものが多くて驚きました。実はトールキンの作品の中に地図として、あるいは挿絵として既に登場していたのですね。
子供の頃の絵にもはっとさせられるような絵がいくつもあったのですが、惹かれるのはやはり2章の「ヴィジョン、神話、そして伝説」以降の絵。世界を創造するために、絵を通してもイメージを膨らませていたのですね。これを見ると、「ニグルの木の葉」のニグルと重なっていたのは文字による創作面だけでなかったこともよく分かります。しかし「妖精物語について」という文章で、妖精物語は本来文字で表現するのに向いているとした上で、もし絵画で表現しようとした場合、「心に描いた不思議なイメージを視覚的に表現するのは簡単すぎる」ので、逆に「ばかげた作品や病的な作品」が出来やすいと述べている言葉はどうなのでしょう。この本に掲載されているトールキンの絵を見る限り、「ばかげた作品や病的な作品」どころか、とても美しく存在感のある絵が多くて驚かされるのですが…。特に水彩のカラーの絵など、そのまま挿絵として使われていないのが残念なほど。私が特に好きなのは、39「彼方」、52「マンウェの館」、54「トール・ナ・フィン(ファンゴルンの森)」、55「シリオンの谷」、62「アマリオンの木」、98「お山ーー川むこうのホビット庄」、108「裂け谷」、124「ビルボ、いかだエルフの小屋に来る」、136「はなれ山」など。クリストファー・トールキンが「J.R.R.トールキンの著作研究は、絵をぬきにしては完全でありえない」と述べているそうですが、確かにその通りですね。神話の世界がトールキンの中に徐々に形作られてきた過程も見えてくるような気がしますし、「指輪物語」や「ホビットの冒険」「シルマリルの物語」に関連する作品を見ると、理解が一層深まりそうです。それぞれの絵が描かれた状況にも詳細に触れられているのが嬉しいところ。絵画から見たトールキンの半生とも言えそうです。
さらに「子どものための絵」の章では、文学作品から少し離れたトールキンの遊び心が楽しい作品が紹介されていて、これらもとても素敵です。特に一連の「サンタ・クロースからの手紙」を見ると、4人の子供たちの親としてのトールキンの愛情がとても暖かく感じられます。サンタ・クロースや北極グマ、エルフなどキャラクターによって書体が変えられているのも楽しいところ。本人と子供たちが楽しんでいるのが伝わってくるところもいいですね。1932年のクリスマスのために描かれた4つの階層に分かれた絵が特に素晴らしいです。これらの作品は絵本として刊行されているようなので、そちらもぜひ読んでみようと思います。

「図説トールキンの指輪物語世界-神話からファンタジーへ」デイヴィッド・デイ 原書房(2006年11月読了)★★★★
デイヴィッド・デイは、有名なトールキン研究家。トールキンの作り出した指輪物語の世界と、聖書を始めとして、ギリシャ神話や北欧神話、ケルト神話、アトランティス伝説、ベーオウルフやアーサー王など、世界の神話や伝承、おとぎ話などの世界を比較研究し、豊富な図版と共に紹介した本。(「THE WORLD OF TOLKIEN」井辻朱美訳)

メルコールの造形が堕天使ルシファーにそっくりであり、ヌメノールの没落が幻のアトランティス大陸を思わせるなど、「指輪物語」や「シルマリルの物語」の世界に対する聖書その他からの影響を感じずにはいられませんでしたし、実際この本でもその類似が指摘されていましたが、実は逆だったのですね。トールキンがそれらの既存の神話や伝承に影響を受けたのではなく、トールキンはそれらの神話や伝承が生み出されてくるために背景となる歴史を書こうとしていた、という部分がとても面白かったです。例えばエルフの存在にしても、古代アングロサクソン人や初期ゲルマン人には古くからエルフ信仰があり、その周辺も含めて40にも及ぶエルフの種族、国々、部族に関する歴史の伝承があるのだそう。トールキンは目覚めたエルフを西方へと移動させ、移動を望まなかったエルフや移動から脱落したエルフ、遅れて移動したエルフなどを描くことによって、物語を既存のエルフ信仰に結びつけ、それらの信仰に一貫性を与えたのだとのこと。また、現在では単純明快なおとぎ話となってしまった物語にも、かつては背景となる歴史が存在すると信じていたトールキンは、その背景となる歴史を描き出そうとしたのだそうです。たとえばロスロリアンの黄金の森にいるガラドリエルとアルウェンという2人の美女は、白雪姫とその継母、ガラドリエルの水鏡は継母の持つ魔法の鏡。ガラドリエルとアルウェンに対立的要素は存在しませんが、これらの出来事こそが、後の「白雪姫」というおとぎ話を作り上げたという形にしたようです。さらには眠っていたのは白雪姫ではなく7人のドワーフであり、その7人のドワーフこそが、ヴァラールのマハルの作り出したドワーフの父祖の7人であったという… 発想の逆転ですね。
ホビット庄が、トールキンが生まれ育ったイギリスの田園地帯とすれば、裂け谷はオックスフォードであり、ゴンドールやミナス・ティリスはフィレンツェ、モルドールはオスマントルコという地理的な考察もとても面白かったです。こういった背景があるからこそ、東夷が簡単には信用できない人々だということにも説得力があり、読み手は受け入れやすかったのだそう。そしてアラゴルンは、アーサー王やジークフリートにもなぞらえられる人物であり、そういった要素も確かに見られるものの、実はシャルルマーニュ(カール大帝)でもあったのですね。初期のドゥネダインの王国は古代ローマ帝国であり、分裂してしまった帝国を再統一したシャルルマーニュこそがアラゴルンという考えは、トールキン自身持っていたものなのだそうです。そして中つ国に神聖ローマ帝国が再建されたのですね。
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