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このページは、ヒルダ・ルイスの本の感想のページです。

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「とぶ船」上下 岩波少年文庫(2007年3月再読)★★★★★お気に入り
ピーター、シーラ、ハンフリーにサンディー・グラントは、ラディクリフ村に住んでいる4人きょうだい。ある日ピーターの歯が痛くなった時、いつもラディクリフ町のフリントン先生のところに連れて行ってくれるお母さんが病気だったため、ピーターは1人で町へ行くことになり、ピーターはお父さんに渡されたお金の他に自分の貯金箱に入っていたお金も持って出かけます。治療が終わった後、小さな可愛い船が欲しくてぶらぶらとお店を見て歩いていたピーターは、いつの間にか見慣れない薄暗い通りに入り込んでいました。そして、そこで覗き込んだ小さな店の中には、ピーターが丁度欲しがっていたような小さな船が。ピーターは、店の奥から出てきた黒い眼帯をした年を取った男の人から、「いまもっているお金全部とーーそれから、もうすこし」を使ってその船を買うことに。(「THE SHIP THAT FLEW」石井桃子訳)

子供の頃から大好きな物語。北欧神話を知ったのもこの物語がきっかけです。なぜならこの物語に登場する「とぶ船」とは、北欧神話の神々のうちの1人フレイのスキードブラドニールだからなのです。そもそもピーターがその船を買うのも、オーディンその人自身から。しかも空気・土・火・水という四大元素を初めて意識したのも、この本に登場する4人の誓いの言葉からだったような気がします。
子供たちの冒険の行き先は、エジプトの市場、アースガルド、ウィリアム征服王時代のイギリス、エジプトの岩の墓、アメネハット一世の時代のエジプト、もう一度ウィリアム征服王時代のイギリス、そしてロビン・フッドの時代のイギリスなど。面白い物語を読んでいる時に、自分の目で見てみたい体験してみたいと思うことがありますが、その夢を叶えてくれる物語なのです。しかも1つの冒険が次の冒険へと繋がっていくのがいいですね。お母さんの病院に行くというエピソードは独立していますし(「となりのトトロ」は、この部分を真似したのでしょうか)、最初のエジプトだけはそうではありませんが、エジプトに関しては教訓ということで仕方がないのでしょう。次のアースガルドへの旅から、とぶ船は本領発揮し始めますし、これこそが物語の根底に関わる冒険となっています。エジプトの岩の墓への冒険は、アメネハット一世の時代のエジプトへと繋がっていきます。ウィリアム征服王時代のイギリスへの旅によって4人はマチルダという少女と出会うことになります。4人が生きている1939年とマチルダの生きている1073年とではまるで違います。見た目は全く同じ場所でも、旅立った時とまるで同じ入り江に降り立ったように見えても、そこにはさっきまでの4人の足跡はありませんし、1939年に存在する家も乗合自動車も横丁も往来もないのです。それはマチルダを目を通しても確認されます。ノルマン時代に建てられた古い教会を通して、現代と昔の違いがはっきりと浮き彫りにされることになります。マチルダは1939年の生活を楽しみながらも、また迎えに来ると言うシーラに向かって「いいえ、わたしは、わたしの時代のなかで、わたしらしく、生きていかなくてはいけないの」と静かに言うマチルダが印象的。さらにこの旅の途中で落としたハンフリーの模型機関車は、4人をロビン・フッドの時代へと繋げていきます。
しかしそれだけの冒険をしながら、子供たちは魔法を信じなくなっていきます。それは子供の頃にこの物語を読んでいて唯一の不満であり、どうしても納得できなかった部分。それでもピーターが船を返しに行く場面は、子供の頃に読んだ時よりも大人になってから読んだ方が深く感じられるような気がしますね。「大人=魔法を信じない」という図式も、文字通りの意味ではなく、象徴的な意味が篭められていたのだろうと今なら分かります。
イギリスの児童文学では、男女2人ずつの4人の子供たちが活躍する物語がとても多いのですが、これもその1つ。中流階級の家を舞台にしたと思われるそういった物語では、親はほとんど顔を出さないのが特徴ですね。4人が自分たちの責任においてさまざまな冒険をするのが楽しいですし、それぞれに役割があるのも楽しいところ。子供の頃は、4人がそれぞれに違う晩御飯を食べているのが不思議だったのですが、久しぶりに読み返してみてもやはりこの場面は印象的でした。ピーターは干し葡萄を一握りとチョコレートビスケットが2つ、シーラはジャムトーストが2つにチョコレートを1杯、ハンフリーはオレンジ1つリンゴ1つにレモンに砂糖を沢山入れて作ったレモネードが1杯、サンディーは金色のシロップをかけたいり米にミルク1杯とバナナ1本… "dinner"ではなく"supper"とはいえ、本当にこれが晩御飯なのでしょうか。その辺りも含め、とても羨ましい物語で、そういった意味でも大好きな作品です。

P.104「時というものは、いまと昔のあいだにかけられた、カーテンのようなものなのでしょうか。すきまがあったら、あいだから、のぞいて見られるのでしょうか」
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