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このページは、タニス・リーの本の感想のページです。

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「土の褥に眠る者 墓掘り人の物語-ヴェヌスの秘録3」産業編集センター(2007年8月読了)★★★★★

墓職人ギルドの親方・バルトロメが、幼い頃に仕事を手伝った<死の島>での葬儀の後でおじ・ティメオに聞いたのは、ヴェヌスの名門貴族のスコルピア家とバルバロン家の確執の物語。両家はこの100年ほど反目しあっており、14年ほど前にも身の毛のよだつような事件があったのです。それは、スコルピオ家の14歳のメラルダが、キアラという貴族の婚約者がいたにも関わらず、17歳の画工・ロレンツォと駆け落ちをしようとした事件。メラルダとロレンツォは、メラルダの侍女・ユーニケの密告によってアンドレア・バルバロンに捕えられ、キアラに引き渡され、結局2人とも死ぬことになったのです。それから24年後。アンドレアと5歳になるその娘・ベアトリクサの前に見知らぬ少年が現れます。(「A BED OF EARTH」柿沼瑛子訳)

ヴェヌスの秘録シリーズの3作目。
墓職人ギルドの親方となったバルトロメが聞いた話を書き留めていくという形式。2つの名家の確執と聞くとどうしても「ロミオとジュリエット」が思い浮かびますし、実際メラルダの物語の辺りはその雰囲気。しかし「ロミオとジュリエット」よりも、そして「ロミオとジュリエット」を下敷きにしたタニス・リーの作品「影に歌えば」よりももっと複雑な物語。「ロミオとジュリエット」だけで終わるのではなく、輪廻転生する魂の物語ともなっています。とてもロマンティック。登場人物もそれぞれに魅力的でしたし(特にベアトリクサ)、チェーザレ・ボルジアやその妹のルクレチアらしき人物も登場して、パラレルワールドらしさが濃く感じられるのもいいですね。
1・2作目に比べるとタニス・リーらしさが強く現れているようで、久々にタニス・リーらしい濃厚な美しさを味わうことができました。しかも幻想的。「聖少女」に描かれている出来事がそここにエピソードとして語られ、4作目がこれまでの3作をどのように結び付けるのか楽しみです。


「復活のヴェヌス 天使の書-ヴェヌスの秘録4」産業編集センター(2007年8月読了)★★★

ミュージシャンのピカロがサブヴェリネンに乗って訪れたのは、海の底でエア・ドームに包まれて孔雀の羽の目玉のように輝くヴェヌスの都。ピカロは、かつてこの都に暮らしていたフリアンとエウリュディケの子孫であり、PBS(相続資格保有者)として認められたのです。ピカロが住むことになっているシャーキンの館(パラッツォ)は<錬金術の運河(カナル・アルキミア)>沿いにあり、18世紀のヴェヌスに実在した錬金術師・ディアヌス・シャーキンの名前からその名がつけられたもの。そしてその頃、ヴェヌスでは死者を蘇らせるという大掛かりなプロジェクトが進められていました。蘇らされるうちの1人は、ピカロの先祖にも関係してくる、17世紀の音楽家・クローディオ・デル・ネーロという人物だったのです。(「VENUS PRESERVED」柿沼瑛子訳)

ヴェヌスの秘録シリーズの最終巻。
「水底の仮面」は17世紀のヴェヌス、「炎の聖少女」は、狂信的な信仰を持つ神の子羊評議会が圧倒的な力を持ち始めた中世のヴェヌス、「土の褥に眠る者」は、「炎の聖少女」から少し時代を下り、チェーザレ・ボルジアならぬケーザレ・ボルジャのルネッサンス期のヴェヌスが舞台となっていたのですが、この「復活のヴェヌス」は未来のヴェヌスが舞台となっています。
死者を復活させるというプロジェクトによって生き返らされたのは、「水底のヴェヌス」にも名前が登場したクローディオ・デル・ネーロと、紀元1世紀の古代ローマ時代の女剣闘士・ユーラ。その2人がこの物語では現代人であるピカロとフレイドという2人の人物と共にキーパーソンとして動き回ります。ヴェヌスに起きた出来事に対する説明は面白かったですし、「天使」の説明は、私自身かねてから感じていたのと同じで、とても納得しやすいもの。ただ、なぜここでユーラが選ばれたのかが、最後までよく分かりませんでしたし、ここまで「水底の仮面」と対応させるのであれば、2作目3作目のエッセンスも掬い上げて欲しかったところ。その辺りが中途半端に感じられてしまったのが、残念でした。


「悪魔の薔薇」河出書房新社(2007年10月読了)★★★★

【別離】…老いたヴァンパイアに長年仕えてきたヴァシュエル・ゴーリンは自分の死期を悟り、自分の後任となる者を探し始めます。
【悪魔の薔薇】…雪の吹き溜まりに線路が埋もれて、Lという鄙びた町で足止めされたムヒカル・ムヒカルソンは、夜の街で美しい女性に出会います。
【彼女は三(死の女神)】…若き詩人のアルマンは、酒場へと向かう橋のたもとで黒いベルベットのマントに藤色がかった奇妙な青色の手袋の女性に出会います。
【美女は野獣】…<千のドームの都>から落ちのびてきた反逆者たちに都の今の状態を聞いたマリステアは、自らが清らかに輝く剣であると知ることに。
【魔女のふたりの恋人】…金持ちの老人に買われたジャーヌは、ある時窓から2人の輝かしい騎士を目にし、2人のうち色黒の青年に心惹かれます。
【黄金変成】…いざこざによって食料の蓄えが炎と消えて間もない頃、ドラコが元首である砦の町にやって来たのは<麦の王>。ドラコは<麦の王>の娘・ザフラに心を奪われます。
【愚者、悪者、やさしい賢者】…バグダッドの貴人が亡くなり、3人の息子が残されます。その長男・カシムは父の墓所で出会った女に心を奪われて…。
【蜃気楼と女呪者(マジア)】…北からやって来てクォン・オシェンの町に住み着いた魔女・タイシャ=チュアは、町の青年を1人ずつ呪縛していきます。
【青い壷の幽霊】…物売りの男が魔道師・スビュルスに売ったのは、薔薇の形の貴蛋白石で封をした青い水晶の壷。その中には7000人の幽霊が入っているというのです。
(「THE DEVIL'S ROSE」安野玲・市田泉訳)

中短編に関してタニス・リーの脂が最も乗っていたという1979年から88年にかけて発表された中から、本邦初訳の9編を選んだという短編集。タニス・リーの本領はファンタジーとホラーの中間領域の「幻想怪奇小説」にあることから、SF系の作品は省いたのだそう。「彼女は三」は、1984年度の世界幻想文学短篇部門の受賞作。編者の中村融さんのセレクトも絶妙ですが、この作品の配列もいいですね。「いま・ここ」から次第に遠ざかるように作品を配列したのだそうです。タニス・リーの短編は、元々短編ながらも広い世界が感じられるところが好きなのですが、その世界がさらに広がっていくような感覚があります。そしてこうして読んでみると、「現代のシェヘラザード姫」という異名が本当に相応しいと改めて実感します。絢爛豪華で幻想的な美しさと妖しさに満ちた、それでいてほの暗い夜の作品群。
ここに収められた作品はそれぞれに好きですが、特に好きなのは「別離」「美女は野獣」「魔女のふたりの恋人」「愚者、悪者、やさしい賢者」、「青い壷の幽霊」。その中でもリー版「壷中天」である「青い壷の幽霊」が一番好みだったかもしれません。何一つ叶わないことのない強大な力を持つ魔術師を現世に繋ぎとめていたのは、ただ1人自分の思いのままにならない女性。そしてその物語が映し出していたのは、いつかは失うと分かっていても、自分にできる限りのことをして、関心を繋ぎとめようとせずにはいられなかった女性。
タニス・リーの未訳作品はまだまだ沢山あるので、ぜひともこの続編も読みたいですし、「美女は野獣」はフランス革命をモチーフとした大作歴史小説「The Gods Are Thirsty」の派生作品なのだそうなので、こちらの作品もぜひ翻訳をお願いしたいところです。

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