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このページは、トマス・カイトリーの本の感想のページです。

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「妖精の誕生-フェアリー神話学」現代教養文庫(2009年8月読了)★★★★

日々身の回りでおきる様々な現象や出来事を見ると、何か知性のある存在の仕業と思い込みたくなるのが人間の常。深遠な哲学者がその原因と結果の連鎖を果てしなく辿っていくと、最後には「神」とも呼ばれるもっとも偉大な知性にまでさかのぼることになりますが、大抵は、先祖代々受け継いできた信仰が存在を認めているものを直接の原因とみなすことになります。そしてその「先祖代々受け継いできた信仰が存在を認めているもの」こそが、人間と共にこの大地に住む存在であるフェアリー。フェアリーという概念やその言葉の起源、そしてフェアリーの物語がどのようにして生まれ、伝わっていったか。ペルシアやアラビアといった東洋のフェアリー物語に始まり、ヨーロッパのほとんど全土のフェアリーの特徴が国別・地域別に、伝説や民話の紹介を交えて紹介していく本です。(「THE FAIRY MYTHOLOGY」市場泰男訳)

ヤコブ・グリムやゲーテも賞賛したというこの本は、19世紀に書かれた本。オクトパス・ブック社の「魔術と迷信の百科」のフェアリーの項にも、「世界中の フェアリーの特徴を調べたい人は、トマス・カイトリーが書いた『フェアリーの神話学』を読むことからはじめるのがいちばんよい。これは百年以上も前に書かれたが、今なおきわめて価値の高い本である」などと書かれているのだそう。もちろんその本が出版されてから相当時間が経ってるとは思いますが、それでも本書は、今なお入門書として相応しい本かもしれません。今でこそ、世界各地の妖精に関してまとめているような本が簡単に手に入りますが、19世紀にこういった本があったというのはやはり驚きですし… 日本人は割と総括的な本を好むこともあり、そういった本が存在しますが、もしかすると欧米では今でも全世界のフェアリーを包括的に見ていく本はそれほど多くないのではと思ったりもします。
トマス・カイトリーのフェアリー論で面白いのは、フェアリーを大きく2つに分けていること。それは「ロマンスのフェアリー」と「民間信仰のフェアリー」。「ロマンスのフェアリー」として紹介されているのは、ペルシアやアラビアといった東洋のロマンス、そしてそれらの東洋のロマンスが伝わったのではないかと考えられるヨーロッパのロマンス。ロマンスと言うと分かりにくいですが、要するに文学の中に見るフェアリーですね。ヨーロッパのロマンスにはギリシャ・ロー マの古典や東洋的なフェアリーのほかに、ケルト神話に見られるようなフェアリーも加わり、アーサー王と円卓の騎士、シャルルマーニュと十二勇士、そしてスペインに流布したアマディスとパルメリンもののような中世の騎士道ロマンスが登場します。そしてスペンサーによる「妖精の女王」。こちらのフェアリーは、ほとんど人間と同じ存在。超人的能力を授けられてはいるものの、結局のところは死すべき人間に過ぎないのです。そして「民間信仰のフェアリー」は、森、野原、山、洞穴など自然の中に住む精霊や、人間の家に住みつく精霊。「日々身の回りでおきる様々な現象や出来事を見ると、何か知性のある存在の仕業と思い込みたくなる」という、まさにその作用から生まれた存在ですね。妖精を現在のような可愛らしい姿に変えてし まったのはシェイクスピアだということは、以前読んだ覚えがあるのですが、ここでも、そんな可愛らしいだけではない妖精の姿が色々と描き出されていきます。
今となってしまっては、それほど目新しいことが書かれているわけではなかったのですが、今回読んでみて、ギリシャ人の想像力の豊かさを再認識させられました。例えば薔薇について。イスラムの教授たちは、予言者マホメットの聖なる肉体から発散した湿気から生まれたと考えていますが、ギリシャ神話では、ヴィーナスが裸足で森や草地を走った時に流れた血に染まって赤い薔薇が生まれたとしています。ノルウェーやスウェーデンでは人間の声を真似てからかう小人の仕業とされる木霊は、ギリシャ神話では恋に憧れるニンフによるもの。ギリシャ人は、ロマンティックな想像力が本当に豊かだったのですね。
この「妖精の誕生」は、同じく現代教養文庫の「フェアリーのおくりもの」とセットで1冊のようです。こちらの本には解説部分と民話を少し、そして「フェアリーのおくりもの」には、こちらで訳されなかった民話の大部分。2冊セットで、トマス・カイトリーの「フェアリーの神話学」のほぼ全訳となるようなので、そちらも読んでみなくては。


「フェアリーのおくりもの-世界妖精民話集」現代教養文庫(2009年9月読了)★★★★

「妖精の誕生」は、トマス・カイトリーの著書「フェアリーの神話学」の解説部分と代表的な民話を収めた本。そちらに収めきれなかった民話を集めたのが、この「フェアリーのおくりもの」です。スカンジナビア、ドイツ北部のリューゲン島、ドイツ、スイス、イギリス、ケルト人とウェールズ人という章に分けて民話67編を紹介していきます。(「THE FAIRY MYTHOLOGY」市場泰男訳)

「妖精の誕生」とセットになる本で、この2冊でトマス・カイトリーの著書「妖精の神話学」をほぼ全て網羅したことになります。
トマス・カイトリーは妖精を「ロマンスの妖精」と「民間信仰の妖精」の2つに大別していました。「ロマンスの妖精」は、アーサー王伝説やシャルルマーニュ伝説に登場するような妖精、その多くが魔法や様々な超能力を身につけた人間の女性であり、ギリシア神話の運命の三女神・モイライの流れをひくもの。それに対して「民間信仰の妖精」は、自然力と人間の心の能力を人格化したもの。人間でも神でもない「妖精」。そしてこちらの本で紹介されているのは、その「民間信仰の妖精」の物語。ほとんどがカイトリー自身が採取した物語のようですね。
カイトリーによると、「民間信仰の妖精」は、エルフ、小人、家の精、川や湖の精、そして海の精の大きく5つに分けられるとのこと。そして例えば同じエルフでも、「エッダ」に登場するのは「アルファル」であり、スウェーデンでは「エルフ」、デンマークでは「エルヴ」、ドイツでは「エルベ」、イギリスでは「エルフ」と各地方によって呼び方が変わり、その性格も少しずつ違います。やはりこういった妖精たちも、人間と共に移動するにつれて、微妙に変化していったのでしょうね。そして今回驚いたのは、アイルランドのイメージの強かった「取り替え子」の物語が、実はスカンジナビアにもあったということ。妖精だけでなく、そういった妖精の登場する話も人間と共に移動してるので、何も不思議はないのですが…。こういった妖精やその話の発祥した場所や移動したルートが分かれば面白いでしょうね。(民族の移動を追っていけば、ある程度分かるのだろうと思いますが)
「妖精の誕生」では、ペルシアやアラビアといった東洋のフェアリーの話に始まっていたのに、こちらにはその辺りの民話が全くなかったのが残念なのですが、収められている伝承のほとんどはカイトリー自身が採取しているようなので、さすがにペルシアやアラビアでの採取は無理だったということなのでしょうね。その代わり、ではないですが、「妖精の誕生」では取り上げられていなかったリューゲン島やマン島、そしてスイスの話が今回多数紹介されているので、とてもバラエティ豊かな民話集となっています。国ごとの妖精譚を読むのも面白いですが、そういった物語や妖精の存在を体系的に捉えられるところがいいですね。

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