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このページは、ロバート・アーウィンの本の感想のページです。

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「アラビアン・ナイトメア」国書刊行会(2006年3月読了)★★★★
1486年6月18日。その日カイロに到着した一行の中には、巡礼の口実でマルムークの地をスパイとして旅している英国人・バリアンも含まれていました。到着の翌日、隊商宿から出たバリアンに声をかけたのは、同じ巡礼団の中にいたヴェネチアの画家、ジャンクリストフォロ・ドリア。バリアンはジャンクリストフォロと「珈琲(カフワ)」を飲みながら、サラセンの国について、アラビア人について話します。しかしジャンクリストフォロが、同じく巡礼団の中にいたもう1人の英国人・マイケル・ヴェインが通りかかるのを見かけてあの男には気をつけろとバリアンに注意した直後、ジャンクリストフォロは突然現れた、役人か兵士らしい2人のトルコ人に連行されてしまったのです。ジャンクリストフォロが置いていった書物を拾い上げて隊商宿に戻ったバリアンは、その日の晩は他の仲間と共に女村へ行き、娼婦のズレイカと出会います。しかし次に隊商宿の屋根の上で目が覚めた時、バリアンの鼻からは血が噴出し、口の中も血まみれだったのです。(「THE ARABIAN NIGHTMARE」若島正訳)

15世紀のカイロを舞台にした物語。題名の「アラビアン・ナイトメア」とは、奇妙な悪夢に悩まされ、消耗させられ、しかし目覚めた時にはその夢のことを何も覚えていないという奇病。何も覚えていないため、自分がその病にかかっていることすら分からないのです。しかしその病は知らないうちに人から人へと伝染し、拡がっていきます。
バリアンの病気は、夢と現実の境目がどんどん曖昧になり、目が覚める時には鼻などから出血しているという病気。目が覚めても夢の内容を覚えているという意味では、アラビアン・ナイトメアの病気ではないのですが、それはそのまま「アラビアン・ナイトメア」の物語に重なります。バリアン同様、読んでいる読者の方も徐々にどこからどこまでが現実で、どこからが夢なのかが分からなくなってきます。本の紹介にもある通りの「迷宮小説」。謎の英国人・ヴェインや、眠りの館にいる「猫の父」、語り部「不潔なヨル」らに追いかけられながら、その時々で娼婦のズレイカや死神ファーティマが登場しながら、いくつもの物語が挿入され、その複雑な入れ子構造が読者を翻弄。それはまさに「悪夢」の世界。今読んでいるこの物語は誰かの夢の中の世界なのか、それとも語り部の語る物語なのか、はたまたそれは現実なのか…。バリアンたちもカイロの街に閉じ込められていますが、読者もまた、語り部に許されるまでカイロの街を出ることを許されないのです。とても幻想的。全体的にどこか散漫な印象もあり、それが多少気になってしまったのですが、それもまた千一夜物語の世界ならではなのかもしれないですね。
読んでいると、ねっとりするようなカイロの熱気に包まれたような気がしてくるような作品でした。それも昼ではなくて夜のカイロ。昼の熱がそこかしこに残っていて、そこから昼間の残滓がもわっと立ち上がってくるような、そんな雰囲気。夜になっても冷めやらないカイロの熱気や猥雑さ伝わってくるようです。作者は中世アラブ史の研究家でもあるのだそうですね。デイヴィッド・ロバーツによる挿絵も雰囲気を盛り上げています。
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