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このページは、ジョアン・ハリスの本の感想のページです。

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「ショコラ」角川文庫(2002年8月読了)★★★★★お気に入り

2月のカーニヴァルの日。カーニバルの風に乗って、フランス南西部にある小さな町・ランスクネ・スー・タンヌへやってきたヴィアンヌ・ロシェと6歳の娘のアヌーク。放浪生活を続けてきた2人はこの町の雰囲気が気に入り住みつくことになります。元々はパン屋だった家でヴィアンヌが開いたのは、ラ・セレスト・プラリーヌというチョコレートの店。伝統と規律を守って慎み深く生きてきた小さな町の、しかも禁欲的に過ごさなければいけないはずのこの四旬節の時期。しかも日曜日に教会に行くこともしないヴィアンヌ親子。教会に対する冒涜だと、レノー神父はヴィアンヌたちに敵意を抱きます。しかし今までこの町にはなかったような赤と白の明るい装飾とチョコレートの甘い香りが漂う店内、相手の一番好きなものが分かってしまうヴィアンヌの極上の手作りチョコレートと楽しいおしゃべりは、たちまちのうちに排他的なはずの町の人々の心をとらえ始めるのです。(「CHOCOLAT」那波かおり訳)

ちょっと不思議な雰囲気のファンタジー。物語には3人のちょっと不思議な女性が登場します。1人は客のチョコレートの好みや隠した願望を知る能力を持ったヴィアンヌ、2人目はヴィアンヌに禁じられてはいるものの、人を呼び寄せる能力を持つ娘のアヌーク、そして3人目はそんなヴィアンヌのことを一目で見抜き、尚且つ先を見通す能力を持ったアルマンド。誰もはっきりと魔法を使っているわけではないのですが、本当に魔女のように見えてしまいますね。お香や色とりどりのろうそく、タロットカード、匂い袋、おまじないなど、魔女が使ってもおかしくない小道具もたくさん登場し、あともう少しで本当のファンタジーになりそうなところ。しかし実際には、後書きにもあるように、私もこれは「誰でも生まれながらに淡く持っている能力」「現実と地続きの魔法」なのだと思います。作中には彼らの能力が何かという説明は何もありませんし、想像するしかないのですが。
物語には他にも魅力的な人物がたくさん登場します。こよなく犬を愛するギヨーム、ヴィアンヌによって強さを取り戻すジョゼフィーヌ、真っ直ぐな気性の赤毛の青年・ルー。映画化された「ショコラ」では、このルーがヴィアンヌの恋人となっていたようですね。そして、あくまで快楽的なヴィアンヌに対抗する禁欲的なレノー神父。このレノー神父も結構面白いキャラクターですね。自分で自分を抑圧しすぎて屈折してしまったようですが。しかも禁欲的な割にはスパイスなどの香りにも敏感で、グルメの素質は十分。彼に関してはまだまだ謎が残っています。
本当に全編がチョコレートのかぐしい香りに包まれた芳醇な物語でした。まだ現代的な機器に占領されていない長閑な田舎町の情景も素敵。厳密には続編ではないものの、同じくランスクネ・スー・タンヌの町を舞台にした「ブラックベリー・ワイン」という作品も刊行されているそうです。こちらにもジョゼフィーヌやカロが登場するとのことなので、ぜひこちらも読んでみたいです。


「ブラックベリー・ワイン」角川文庫(2005年1月読了)★★★★★お気に入り

ジェイ・マッキントッシュは37歳のイギリス人の作家。14年前に「ジャックアップル・ジョー」をいう長編小説を発表して、たちまち世界中の注目を浴びるようになったにもかかわらず、それ以来発表したのは短編が8編ほど。そして途中まで書いた「不屈のコルテス」があるのみ。5年前から一緒に住んでいる25歳の美人ジャーナリスト、ケリー・オニールの激励の甲斐もなく、作家としての活動はそのまま中断されていました。生活のためにジョナサン・ワインサップというペンネームで二流のSF小説を書きながら、酒を飲む日々。しかしある朝、ジェイがジョーの残したワイン「ジャックアップル’75」を飲んでいる時に届いた1通のダイレクトメールによって、その生活に急速な変化が訪れます。ジェイはタンヌ川のほとりのランクスネという村にある古い農家を衝動買いすることに。(「BLACKBERRY WINE」那波かおり訳)

「ショコラ」と同じく、フランスの小さな村ランスクネ・スー・タンヌが舞台となる物語。ヴィアンヌとアヌークは既に村を去っていて、ジョゼフィーヌがカフェの女主人となっています。川のジプシーだったミシェル・ルーは村に居ついて、クレルモン工務店で働いています。
1999年のロンドンからランスクネに移り住んだジェイと、1975年〜1977年、夏休みをカービー・マンクトンの祖父母の家で過ごしていた少年ジェイと老炭坑夫ジョーの交流の物語が交互に語られていきます。その2つのジェイを結びつけるのは、ジョーが残した6本のワイン「ザ・スペシャルズ」。「ショコラ」のヴィアンヌに比べるとジェイには感情移入しにくい人物ですし、物語中盤までは、過去と現在の話が分離しているような、どこかちぐはぐな印象。しかし中盤以降は、様々な物語が気持ちよく溶け合っていくようでとても良かったです。「ショコラ」のように、読んでいるだけでチョコレートの甘い香りが広がることもないですし、ワインが普通の葡萄のワインではなく果実酒ということもあり、その芳醇な香りもあまり感じられなかったのですが、まるで自らの意志を持っているかのようなこのワインの存在は、とても魅力的。隣人のマリーズ・ダピや娘のローザ、そしてランスクネに対するジェイの気持ちの変化と共に、奇妙な味だったはずのワインが、徐々に美味しく感じられていく過程もとても良かったです。それに優柔不断で行動力が欠如しているはずのジェイも、やる時はやってくれますね。もちろん、ここで大きな役割を果たしているジョーもとてもいい味を出しています。ラストは愛や友情、ノスタルジーやロマンティックな気持ちが絶妙にブレンドされた、暖かい読後感でした。まるでジョーのかける不思議な魔法に、読んでいる私までもがかかってしまったようです。


「1/4のオレンジ5切れ」角川書店(2007年11月読了)★★★★★お気に入り

母が亡くなった時に兄のカシスが託されたのは、子供の頃を過ごしたレ・ラヴーズの農園。姉のレーヌ=クロードに託されたのは、地下庫に眠る一財産になりそうなワイン。そして末っ子のフランボワーズが受け継いだのは、母の料理のレシピや様々なメモが書かれた雑記帳1冊とペリゴール産トリュフが1個。母の死から30年、夫が死んで10年、フランボワーズは生まれ故郷の農園をカシスから買い取り、フランソワーズ・シモンという名でそこに住み始めます。本名のフランボワーズ・ダルティジャンを出さなかったのは、この村ではダルティジャンという名が忌まわしいものとされているため。幸い村人たちは誰も現在65歳の女性がかつての女の子であることを思い出さず、じきにフランボワーズが開いたクレープ屋も順調に繁盛します。しかしフランボワーズの料理がある有名シェフの目に留まり、クレープ屋が雑誌で紹介されるとその生活の静けさを破る人間たちが現れて…。(「FIVE QUATERS OF THE ORANGE」那波かおり訳)

「食の三部作(フード・トリロジー)」の3作目。
フランボワーズの現在の話と、1942年フランボワーズが9歳だった当時の回想の両方が交互に語られて、物語は進んでいきます。1942といえばまだ第二次世界大戦のさなかであり、レ・ラヴーズの近くのアンジュにもドイツ軍が駐留していた頃。何かとてつもなく不愉快な出来事があったのだということは分かるのですが、フランボワーズが素性を隠さなければならなくなったほどの出来事とは一体何なのかが分からず、最初のうちは多少じれったいです。しかし母の遺した雑記帳を読み解くうちに、ベールがはがされるように徐々にその時に起きた出来事が見えてきます。求める愛情を得られないまま意固地になってしまった子供と素直に愛情を示すことのできない母。無知な子供たちの浅はかな知恵、子供ならではの自分勝手さと残酷さ、そして隠し通さなければならない秘密。
ジョアン・ハリスの前2作のように、登場する食べ物はどれもとても美味しそうなのですが、それが前2作のように明るい光となるのではなく、特に「ショコラ」のように甘いチョコレートの香りが頑なな人々の心を蕩かすわけではなく、常にどこか不穏な空気を放っていました。料理が美味しそうであればあるほど、読んでいて落ち着かなくなってくるような…。しかし改めて考えてみれば、あれだけ明るく希望に満ちているように見える「ショコラ」でさえ、根底には不協和音が響いていたのですね。今回一番不吉だったのは、芳しい香りを放つ瑞々しいオレンジ。これほどまでにくっきりと鮮やかな色と香りを持たせながらも、同時にこれほどまでに禍々しい存在にすることができるものなのかと驚かされます。しかしそれでも「食べる」ということは人間が「生きる」ことにおいて基本なのだと改めて認識させられたりもします。
「1/4のオレンジ5切れ」という題名の不安定さが、また内容にとても合っていていいですね。

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