Livre TOP≫HOME≫
Livre

このページは、ロバート・ゴダードの本の感想のページです。

line
「リオノーラの肖像」文春文庫(2002年8月読了)★★★★
ある秋の朝、リオノーラ・ギャロウェイは、娘のピネロピと共にフランス・チエプヴァルにある、ソンムの戦闘での行方不明者の記念碑を訪れていました。リオノーラは現在70歳。これまで自分のことを決して語ろうとしなかった彼女ですが、夫のトニーが亡くなって半年たった今、彼女はようやくチエプヴァルへ行くことを決意、同行した娘に自分のことを語り始めます。彼女が育ったのは、イギリスのハンプシャーにあるミアンゲイト。父は第一次大戦で戦死、母は彼女を生んで数日後に亡くなり、彼女を引き取ったのは祖父母であるパワーストック卿夫妻。しかし陰気で内向的な祖父はリオノーラにはまるで無関心、血のつながりのない義理の祖母・オリヴィアはリオノーラを憎み、しかし手元から離そうとはしなかったのです。孤独な家の中で彼女の友人であり味方だったのは、執事のファーガスただ1人。しかしその彼も、リオノーラの父母のことについては何も語ってはくれませんでした。(「IN PALE BATTALIONS」加地美知子訳)

リオノーラの話は、リオノーラの父親の戦友だったというジョン・ウィルス、リオノーラの母親の親友だったグレイス・フォザリンガム、夫のトニー、義理の祖母・オリヴィアなど、今までリオノーラと関わりのあった人々の話へと繋がり、徐々に謎が明らかになっていきます。この語り手の引継ぎ方がとてもうまいですし、効果的ですね。リオノーラが生まれる前から70年以上にまたがる非常に複雑な物語が、とても自然に語られていきます。そしてそれぞれの独白が物語のラストに向かって大きな求心力となっていきます。謎と嘘の配置もまた絶妙。1つ謎が解けても、それがまた新たな謎を呼びます。明らかに事件性のある出来事はわずかですが、それ以外の部分も十分読み応えがありますね。そして平和な時代から第一次大戦への突入、そして終戦を経てまた平和な時代へ、という長い年月の物語は、まるで歴史小説のようでもあります。
ただ、リオノーラの同名の母・リオノーラなど、中心に近い人物が少々物足りなかったかもしれません。美しく清純で、貞節なのは分かるのですが、しかしそれだけ。おそらく芯の強い女性だったとは思うのですが、そういう部分があまり伝わって来ず、オリヴィアの方が、まだ人間味が感じられました。それに最後の真相に関しても、私としてはあまり望ましくない展開。それまでの感情のやり場に困ってしまいました。しかしおそらくそれが、最後まで物語に緊迫感を持たせているのでしょうね。

「さよならは言わないで」上下 扶桑社ミステリー(2004年3月読了)★★★★★
1923年。建築家のジェフリー・スタッドンは、妻のアンジェラが突然キャスウェル夫妻の名前を出したのを聞き驚きます。キャスウェル夫妻はジェフリーのかつてのクライアント。夫妻の住むクラウズ・フロームの屋敷は、ジェフリーが12年前、建築家として初めて手がけた屋敷であり、今のジェフリーにとっても最高傑作。しかし苦い思い出の残る場所でもありました。仕事の最中、ジェフリーはヴィクターの妻のコンスウェラと恋に落ち、一時は真剣に駆け落ちまで考える仲だったのです。しかし大きなホテルを建てる仕事の依頼が入ったジェフリーは、結局恋よりも野心を選び、それから12年の歳月が流れていました。コンスウェラは、砂糖壷に砒素を混入して姪のローズマリーを殺害した容疑で逮捕され、絞首刑が確実だと言われている状態。状況証拠は全てコンスウェラが犯人だと示唆していました。しかしコンスウェラに殺人など出来るはずがないと思うジェフリーは、なんとかコンスウェラを救いたいと調べ始めます。(「TAKE NO FAREWELL」奥村章子訳)

ジェフリーは、かつては建築家の新星と将来を嘱望されながらも、2番目の仕事だったホテル・ソーントンが戦争中に爆撃で焼けた時に世間の信用も失い、結局処女作であるクラウズ・フロームの屋敷を越える傑作を作り出すこともできず、現在はうだつの上がらない状態。物語はクラウズ・フロームの屋敷を建てていた12年前の回想と共に進み、徐々に色々な秘密が明らかになっていきます。コンスウェラの裁判までのタイムリミットにも関わらず、なかなか成果を上げられないジェフリーがじれったいのですが、私立探偵でも何でもない彼にとっては、この程度の進展でも仕方がないのでしょうね。そして後半は、物語に新しい形態が取り入れられるせいもあり、「まさかこの人物が」という人物まで疑わしく見えてきて、本当に何が起きるのか分からない状態。はらはらしました。ただ、12年前はともかく、コンスウェラの現在の思いが直接的には全く描かれていないので、コンスウェラが娘のジャシンタに言ったことと、コンスウェラ自身がやっていることのギャップが必要以上に大きく感じられてしまったのと、もしホテル・ソーントンが現在も無事で、ジェフリーが一流の建築家になっていたら、ここまでコンスウェラのために行動することはなかったのだろうと思うと、複雑な思いもあるのですが…。しかしそういった人生の儚さや運命の悪戯のようなものを出すために、ゴダードはこの時代を選んで描いているのでしょうね。真犯人が分かった後の、ラストの切ない余韻も良かったです。クラウズ・フロームの屋敷の情景も目の前に浮かぶようでした。
しかし下巻の裏のあらすじ、詳しく書きすぎです。事前には読まない方が無難。

「千尋の闇」上下 創元推理文庫(2004年3月読了)★★★★
1977年、春。30歳を迎えたばかりの元歴史教師・マーチン・ラドフォードは失業中で、グリニッジにある友人のジェリーの家に居候中。そこに届いたのは、旧友・アレック・ファウラーからの手紙でした。現在ポルトガル領マデイラでイギリス人向けの月刊誌を刊行しているアレックが、マデイラに遊びにこないかという手紙をよこしたのです。早速マデイラに向かったマーチンは早速南アフリカのホテル経営者・レオ・セリックに引き合わされ、彼に雇われて、マデイラの総領事であったエドウィン・ストラフォードの謎を探ることに。前途有望な若手政治家だったストラフォードは、美しい婚約者・エリザベス・ラティマーに手痛い振られ方をしたのをきっかけに、謎の失脚を遂げ、マデイラに総領事として赴任していました。そのストラフォードが住んでいたのが、現在レオが住んでいる家。その書斎から手記が出てきたというのです。

ストラフォード自身の疑問符だらけの手記を元に物語は進みます。なぜエリザベスに手痛い振られ方をしたのか、自分が政治家として失脚してしまったのか、その中で旧友・ジェラルド・クーシュマンはどのような役割を果たしていたのか。主人公であるマーチン自身の失職についてもなかなか明かされず、思わせぶりな文章が続きます。
ストラフォードの手記の時代背景に興味がもてなかったこともあり、上巻前半部分は非常に読みづらかったです。エリザベスがストラフォードを振った理由も、周囲の人間が揃って口を閉ざしてしまっていることから、相当の理由だとは想像できるものの、なぜそれをストラフォードに問いただそうとしなかったのか理解できません。ストラフォードが本当にとぼけているとでも思ったのでしょうか。しかしマーチンが手記を読み終わり、イギリスに帰った頃から物語はぐんぐん動き出します。そしていつしかストラフォードとマーチンの姿が重なり合っていきます。終わり方こそあまり好きとは言えないのですが、最終的にはとても面白かったです。
登場人物もいいですね。特にエリザベスがとても生き生きとしていて魅力的。年はとっても、若い頃と同じように自分自身の足で立ち、自分の頭で考えることを忘れていない女性。逆境にあって尚強く美しい彼女が素敵です。全てを知った時の態度も、非常に印象に残ります。そして手記に登場するだけのストラフォードもまた、生き生きとしていますね。この2人は本当に実在の人物のように思えてしまいます。

「蒼穹のかなたへ」上下 文春文庫(2002年8月読了)★★★★★
これまでの53年間、失敗続きの人生を送ってきたハリー・バーネット。15年勤めた市議会を辞めて、戦友のバリー・チップチェイスとガレージ会社を興すものの、バリーとその妻に裏切られて会社は倒産。ガレージ会社時代の部下・アラン・ダイサートに紹介されて勤めることになったマレンダー・マリーンでは、横領の濡れ衣を着せられて退職。そしてまたしてもダイサートの紹介で、現在はギリシャのロードス島にあるダイサートの別荘の管理人という名目で、ほとんど世捨て人のような生活を送っています。そんな彼の管理する別荘にやってきたのは、マレンダー・マリーンの27歳の社長令嬢・ヘザー・マレンダー。彼女の姉のクレアがIRAの爆破事件に巻き込まれて亡くなって以来の神経症を癒すために、ロードス島までやってきたのです。すっかり意気投合し、1ヶ月間の休暇を楽しく過ごすハリーとヘザー。しかしヘザーはイギリスに帰る数日前、プロフィティス・イリアスの山へ登る途中で行方不明になってしまいます。ギリシャ警察はハリーがヘザーを殺害して死体を遺棄したものと考えるのですが、捜索しても何も手がかりはなく、そのまま捜査は打ち切られることに。ハリーはヘザーの残した一連の写真を手がかりとして、彼女の足取りを追う決心を固めます。(「INTO THE BLUE」加地美知子訳)

凄いですね。「リオノーラの肖像」ほど長い期間にまたがっているわけではありませんが、今回も非常に複雑に入り組んで、重厚な物語となっています。この物語で探偵役となっているのは、冴えない中年男のハリー。これまでの人生でまるでいいところのないハリーですが、しかし53歳にして初めて本気を出します。ヘザーの残した写真を元に、一歩ずつヘザーの足取りを辿っていくのが、とても分かりやすくていいですね。物語の前半はそれほどでもないのですが、イギリスに戻ったハリーが真相に迫るにつれ、展開に俄然勢いがついてきて一気に読み進めてしまいました。
一応ミステリというジャンルの作品だとは思うのですが、しかしゴダードが本当に書きたいのは、おそらく人間の業とでも言うものなのでしょうね。事件に関わる人々の持つ動機やそれが生まれる原因となった歴史、そしてその事件をきっかけとして現れた現実とその後。この作品でも、事件そのものはそれほど複雑ではありませんし、事件の黒幕も予想できる人物。しかし読み応えがあったのは、むしろ事件の黒幕が判明してからでした。黒幕のこれまでの人生や心情、そしてその人物に対する周囲の想いを知ることによって、非常に痛ましく切なく感じられます。一言では言い表せない歴史の積み重ね。だからこそ、これだけの厚みがあるのでしょうね。1つの事件を媒介として、まるで1つの宇宙を作り上げているようです。探偵役にハリーのような人間をもってきたのは、本職の探偵や警察官を使うと、事件が明らかになった時点で物語が終わってしまうからなのかもしれませんね。
Livre TOP≫HOME≫
JardinSoleil

Copyright 2000-2011 Shiki. All rights reserved.