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このページは、ギッシングの本の感想のページです。

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「ヘンリ・ライクロフトの私記」岩波文庫(2007年7月読了)★★★★★

1年前に亡くなったヘンリ・ライクロフトは、純粋な執筆活動によって生活していきたいと思いながらも、貧乏のために長い間、ブック・レヴューや翻訳や論文といった詰まらない下請けを引き受けることを余儀なくされる生活を送っていました。しかし50歳の時、知人から遺贈された年間300ポンドの終身年金によって、突如悠々自適の生活を送ることができる身分になったのです。早速ロンドンの郊外の家を引き払い、イギリス中で最も愛していたデヴォン地方エクセター近くの質朴な田舎家に移り住むライクロフト。そして5年余りの心穏やかな生活を経て、急逝。ライクロフトの死後、デヴォンに移ってから書き始めたらしい3冊の日記のような原稿ノートが出てきて、その原稿ノートから強く訴える力を感じたギッシングは、遺稿を整理して出版することに。(「THE PRIVATE PAPERS OF HENRY RYECROFT」平井正穂訳)

思いがけない遺産相続のために生活が一変したヘンリ・ライクロフトという架空の作家の遺稿を出版、という形式の小説。まず読んでいて強く感じたのは、ヘンリ・ライクロフトという人物の存在感。実は読み始めてかなりの間、実在の人物のことを書いているのかと思い込んでいました。しかしそう思って読んでもまるで違和感のないほど、ヘンリ・ライクロフトという人物の造形がしっかりと立体的なのです。ヘンリ・ライクロフト自身はそれほど個性的とも特徴があるとも言いがたい人物だと思うのに、おそらく周囲の人々にとっては目立たない普通の男性にしか映らないと思うのに、過去の出来事や現在考えていることを通して、彼の人物像や人生観が浮かび上がってくるようなのです。リアルな存在感を感じさせます。
そしてここで語られるのは、南イングランドの自然の豊かさと美しさや日々の読書について。毎日のように散歩に出かけるライクロフトは、道端に生えている植物の名前を1つ1つ植物の本で調べ、次に出会った時は正しい名前で呼びかけようとします。もちろん名前とは言ってもラテン語名などではなく、その植物の俗名。そして季節の移り変わりを敏感に感じ、花の美しさやその香りを感じながら、小鳥のさえずりや太陽の暖かさを感じながら、日々の読書を楽しむのです。経済的に安定しており、万事心得た家政婦はいるものの、基本的に一人暮らしをしているヘンリ・ライクロフトのこと、いくらでも読書の時間を取ることができます。ゆったりとした日々の中で、ゆったりと読み返す本。「私は昔ほど本を読まない」というのは、慌しく本を読む時期を過ぎたというのもあるでしょうし、今のゆったりとした生活の満足度が高く、読書に逃避する必要がなくなったというのもあるのかも。この静謐さがとても素敵です。

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