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このページは、ロザリー・K・フライの本の感想のページです。

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「フィオナの海」集英社(2009年5月読了)★★★★★お気に入り

小さな蒸気船に乗ってスコットランドの岸辺から西の群島に向かっていたフィオナ・マッコンヴィル。フィオナは群島の中の小さな島・ロン・モルで生まれて育ち、4年前、10歳の時に街に引っ越したのですが、街の空気が合わず、島のおじいさんとおばあさんと一緒に暮らすことになっていました。しかしそれはロン・モル島ではなく、もっと大きい島。ロン・モル島は、今は灰色の大きなあざらしとかもめがいるだけの無人の島となっているのです。しかし無人のはずの島の小屋に明かりが灯っているのを見た人間がいる、浜から風が吹くと流木が燃えるにおいがするなど、蒸気船の船員が奇妙な話をするのを聞いたフィオナは、一家が島から出ることになった日に失った小さな弟のジェイミーのことを再び思い出します。(「CHILD OF THE WESTERN ISLES」矢川澄子訳)

古くからあるケルトのセルキー伝説を取り入れた現代の物語。セルキーとはあざらし族の妖精。普段はあざらしの姿をしているのですが、時折その皮衣を脱ぎ捨てて人間の女性の姿になり、人間の男性と結婚することもあるのだそう。なので、羽衣伝説と同じようなパターンの物語もあるのだとか。
読んでいると、スコットランドの島々での人々の素朴な生活の暖かさがしみじみと伝わってきます。決して裕福な暮らしではないけれど、満ち足りた幸福な暮らし。その暮らしに欠けているものがあるとすれば、かつて行方不明になってしまったジェイミーの存在と、捨ててしまったロン・モルでの生活だけ。おとぎ話では、時々際限なく望みをふくらませて全てを失う人間がいますが、この作品に登場する人々はそうではありません。島のやせた土でわずかながらも作物を作り、海で魚を獲り、困っている時はお互いに助け合う暮らしに満足しています。平均的な日本人の生活と比べれば、物質的には遥かに貧しいのでしょうけど、精神的には遥かに豊か。木のゆりかごを海に浮かべて赤ん坊を育て、流木を焚いて海草のスープを作り… 特に作中でフィオナが1人で訪れた時のロン・モル島の情景は本当に美しいですね。ヒースで紫色に染まった野、その中を緑色の道のように流れる小川、島を取り巻く真っ青な海。その直前の霧の場面が幻想的なだけに、この島の明るい美しさが目にしみてくるようです。
物語そのものは、基本的にはとても現実的なのですが、かつてイアン・マッコンヴィルがロン・モルの岩礁(スケリー)から連れてきた妻、そして今も尚時折生まれる黒髪の子供、あざらしの族の長(チーフスタン)の賢く暖かい瞳など、不思議なことが少しずつ織り込まれ、それらがこの島を背景とすると、ごく自然な情景に見えてきてしまうのが不思議。そこにあるのは「信じる」ことの大切さなのですね。マッコンヴィル一族が島を出てしまうという遠回りはありましたが、あざらしたちは一族がまた戻って来るのを信じていたはず。だからこそ、終盤のあの態度を見せたという気がします。そしてジェイミーがまだ生きて島のどこかにいると信じ続けていたフィオナ。おじいさんもおばあさんも、心の奥底ではジェイミーがまだ生きているのを信じていたはず。そんな信じる力が繋がりあってこその大団円だと思います。種を超えて確かな心の絆が感じられる、とても素敵な物語です。
青緑色の本の表紙や栞の紐、鈍い緑がかった色の文字。細かいところにまで気を配っているのが分かる、とても素敵な本です。この青緑色がスコットランドの海の色なのですね。

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