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このページは、ダフネ・デュ・モーリアの本の感想のページです。

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「レベッカ」新潮文庫(2002年8月読了)★★★★

ヴァン・ホッパー夫人にコンパニオンとして雇われていた「わたし」は、モンテ・カルロのホテルでマキシミリアン・デ・ウィンターに出会います。2人はヴァン・ホッパー夫人が風邪をひいて寝込んでいる間に急速に親しくなり、毎日のようにドライブや食事をする仲に。そしてヴァン・ホッパー夫人がアメリカに渡ることを決めたのをきっかけに、彼は「わたし」にプロポーズ。「わたし」はイギリスのマンダレイにあるマキシムの邸に後妻として入ることになります。しかし実際にマンダレイに来てみると、マキシムの前妻・レベッカの存在感があまりに大きく残っていることに驚かされます。才色兼備で社交的、すべての人に好印象を与えていたらしいレベッカの存在は、亡くなってもなお、屋敷や領内、そして人々の心の中に色濃く残っていたのです。(「REBECCA」大久保康雄訳)

物語の最初の方で、「あなたのお名前は、たいへんすばらしい、そして変わったお名前ですね」というマキシムの言葉があり、また別の場所で、彼が出会った最初の頃から「わたし」のことをクリスチャン・ネームで呼んでいるということが書かれているのに、なぜか「わたし」の名前は明らかにされません。最後まで「デ・ウィンター夫人」どまりです。名前だけで強烈な個性を放つレベッカとは対照的ですね。特に美しくもなく人格者でもない、引っ込み思案の「わたし」と、才色兼備で社交的で人々を魅了せずにはいられなかったレベッカという2人のヒロインは、まるで光と影のようです。
レベッカの存在は本当に圧倒的。本来没個性的なはずの「完璧」という言葉は、人々の思い出話によって徐々に肉付けられていきます。しかしその本来の姿が明らかになった時… ほとんど誰にも悪く言われることのなかったレベッカなのに、この現実にまるで違和感を感じないのは何故なのでしょうね。
そしてレベッカの本来の姿が明らかになるその瞬間は、マンダレイで萎縮しきっていた「わたし」の、レベッカへの畏怖が瓦解する瞬間と重なります。本来なら、これによって光と影の存在が入れ替わるはず。しかし「わたし」が真のヒロインとなり得たのかどうかは…。サスペンスたっぷりのゴシック・ロマンです。


「鳥-デュ・モーリア傑作集」創元推理文庫(2001年12月読了)★★★★

【恋人】…「ぼく」はある晩ふらっと出かけた映画館の案内嬢に一目惚れ。映画の後、彼女の後をつけて同じバスに乗り込み、夜のデートに成功。しかし翌日訪れた映画館には、そんな女性の姿はなく…。
【鳥】…窓をコツコツと叩く音で目を覚ましたナット。それは鳥が中に入ろうとしている音でした。追い払おうとしたナットに、鳥が襲い掛かります。ナットは暗闇の中、必死で鳥を追い払い、朝になってみると、部屋の中には50羽もの鳥の死骸が。しかしそれはまだ序の口だったのです。
【写真家】…リヨン育ちの普通の少女にとって、侯爵との結婚はロマンティックな生活のはず。しかし現実の侯爵夫人としての生活は、永遠に続く退屈な日々でした。そんな時、彼女は2人の子供たちと訪れたリゾート地で、足の不自由な写真家に出会います。それはやがて昼下がりの情事へと…。
【モンテ・ヴェリタ】…ヴィクターと「わたし」は登山愛好家。ヴィクターは、登山をしたことがないアンナと結婚、2人はモンテ・ヴェリタに登ることに。しかし久しぶりに帰国した「わたし」は、ヴィクターが1人で病院にいると知り驚きます。アンナがモンテ・ヴェリタに攫われたというのです。
【林檎の木】…ある日彼の目についたのは庭の林檎の木。その姿は痩せこけて元気がなく、まるで死んだ妻そっくり。その木を見るたびに妻の圧迫感を思い出して嫌な気持になる彼は、林檎の木を薪にしてしまおうとするのですが、死にかけていたその木は、その年に限って花が咲き、実までつけ…。
【番(つがい)】…土地の人に聞いた、名物の「爺さん」とその家族の話。
【裂けた時間】…夫を病気で亡くたミセス・エリスの楽しみは、クリスマスの休暇に娘のスーザンが帰ってくること。9歳のスーザンは寄宿舎に入っているのです。しかしある日ミセス・エリスが散歩から帰ってくると、家の中には妙な連中が。エリスは警察を呼ぶのですが、誰も相手にしてくれず…。
【動機】…愛する夫と幸せな結婚生活を送り、もうじき子供も生まれるメアリー・マクファーレンが突然の自殺。夫のサー・ジョンは、探偵のブラックに自殺の原因を探るよう依頼します。
(「THE APPLE TREE(KISS ME AGAIN, STRANGER)」務台夏子訳)

デュ・モーリアの短編集。「恋人」は彼女の存在がとても不気味。いろいろ考えさせられてしまう彼女の存在ですが、しかし伏線はきちんとあったのですね。「鳥」は言わずと知れたヒッチコックの名作「鳥」の原作。この描写はひたすら怖いです。ナットたちを襲ってる鳥も怖いのですが、人を襲う前の待機している鳥の姿も十分に恐しく…。結末ははっきりとは書いていないのですが、この先に何が起こるのかも十分想像できて、それもまた恐怖をそそります。「写真家」は比較的展開が予想できますが、それでも引き込まれてしまう作品。シェスタがあるということは、きっとスペインのリゾート地なのでしょう。情景が目の前に浮かぶようです。しかし「鳥」を考えると、もっと暗示的な結末でも良いような気がします。最後の「?」が効いているだけに惜しい気がしますね。「モンテ・ヴェリタ」は、とても幻想的で、この作品集の中で一番好きな作品。モンテ・ヴェリタとは、「真実の山」という意味。「林檎の木」初めは「彼」を中心に読んだためミッジに対して哀れな印象を持つのですが、読み進めるに従い、ミッジに感情移入してきてしまいます。ミッジの側からの物語を書いたら、また全然違う印象の作品になりそうですね。亡き妻の亡霊に悩まされる彼がなんとも哀れで滑稽。「番」は最後に驚きました。そうだったのか!としか言いようがない作品。「裂けた時間」は、北村薫さんの作品の元ではないかと話題になったこともあるという作品。ミセス・エリスとミセス・ドルーとの会話から何が起きたのかが分かるのですが、しかしなんとも皮肉ですね。ミセス・エリスが気の毒です。「動機」 最後のブラックの思いやりがとても素敵。でも人生どこに落とし穴があるか分からないとしみじみと感じさせられます。
どの作品も何かしらの恐怖が描かれています。恐怖と一言で言っても、「鳥」のように純粋に怖さを感じる作品や、「写真家」や「林檎の木」のようにブラックが効いた作品など、その作風はさまざま。でもどれもとても読みやすいですし、本当に巧いです。これらの作品が書かれたのは1950年代とのことなのですが、その古さが全く気にならないというのも凄いですね。

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