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このページは、バーナード・コーンウェルの本の感想のページです。

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「エクスカリバーの宝剣-小説アーサー王物語」上下 原書房(2007年2月読了)★★★★

かつてはアーサー王に忠誠を誓っていたダーヴェル・カダーンも、今は年老いた修道士。プロフヴァイル王妃・イグレインの命によって、神の敵たるアーサーの物語をサクソン語で羊皮紙に綴り始めます。物語が始まるのは、ダーヴェルがまだ少年だった頃。ドゥムノニアの王・ユーサー・ペンドラゴンは正嗣である息子のモードレッドをサクソン人との戦いで失い、遺されたモードレッド妃・ノルウェンナの出産を待ちわびていました。王国の安泰のためには、何としても世継となる男子の誕生が必要だったのです。そして生まれた赤ん坊は足萎えの男の子。ユーサーはその子に父親の名を取ってモードレッドと名付け、モードレッドこそが王国の跡継ぎであることを宣言します。やがて王となるモードレットの後ろ盾を得るために、ノルウェンナはシルリア王・ギンドライスと再婚することになるのですが…。(「THE WINTER KING-A NOVEL OF ARTHUR」木原悦子訳)

冒険小説家として有名だというバーナードコーンウェルの書いた、小説アーサー王物語の第1部。
しかしこれは吟遊詩人たちに歌われたいわゆるアーサー王伝説とはまるで異なる、相当に泥臭いアーサー王物語なのですね。ここには美しいキャメロットの町も円卓の騎士たちも優雅な乙女たちも騎士道もなく、あるのは戦いと強奪による血生臭い歴史。しかもそこに登場する人物たちが、伝説とはまるで違う顔を見せているのには驚かされました。まずアーサーの人好きのする性格というのはイメージ通りなのですが、アーサーは父であるユーサー・ペンドラゴンに嫌われており、「アーサー・アプ・ネブ」、つまり父なし子アーサーと呼ばれています。ユーサーにとってアーサーは単なる庶子の1人に過ぎず、自分にとって唯一の正嫡であるモードレッド(後にアーサーに反旗を翻すモードレッドの父親)を殺した憎い存在なのです。マーリンも魔法使いではありません。土着の一部族の長という立場です。この物語では魔法のような超自然的な要素がほとんど排除されており、迷信深い人には十分超自然的な出来事のように見えても、基本的には全て薬草の効能と手品と演出。その賢さは伝説の通りですが、人格はまるで違うようで、マーリンのことを心から愛しているダーヴェルにさえ「血も涙もない人間」だと言われています。そして何といっても驚かされるのはランスロット。伝説にあるような誉れ高き高潔さは影も形もないのですね。伝説に慣れ親しんでいる人にとっては、好き嫌いが分かれるかもしれません。さらに、たとえばトリスタンはマーク王の甥ではなく息子、ギャラハッドはランスロットの異腹の弟というように、人物的な設定も色々違いますし、石に刺さった剣もキャメロットのような美しい都も、語り手であるダーヴェルによって詩人の作りごとだと断じられています。しかしダーヴェルの書き綴る物語は、いずれおそらくイグレインの好みに脚色されてしまうのだろうとも。
確かにこの辺りの出来事に歴史的な裏づけを取るのは困難なはず。著者あとがきにも、「どんなに徹底的に調べても、史料から確実に類推できることは限られている。おそらく五世紀から六世紀にかけてアーサーという人物は実在したに違いない。その人物は王にはならなかったにしても傑出した将軍で、憎むべきサクソンの侵入軍相手に赫々たる戦火をあげたらしいーーそれ以上のことは闇に包まれている」とありました。しかし「アーサーについてはほとんどわかっていないかもしれないが、彼が生きていたと思われる時代からさまざまなことが想像できる」とあるように、当時の歴史的背景や風俗などに関しては徹底的に調べてあるのでしょうね。ここに描かれている世界には、非常にリアルな重みがあります。ローマ帝国風の洗練された都市も登場するのですが、ほとんどはまだ洗練には程遠い暮らしをしていたブリテンの人々の暮らしで、その対比が強烈です。人々は垢にまみれ、当たり前のように虱がおり、たとえマーリンの城ではあっても、そこから漂ってくるのは重苦しい毛皮の敷物にしみこんだ糞尿の臭い。ある程度高い身分を持つ貴婦人も、その臭いからは免れてはいません。もちろん土着の民衆の暮らしは貧しく未開。実際にはこのようなものだったのでしょうね。素直に納得できてしまいます。戦いも非常に血なまぐさく、その描写はとても具体的。新興宗教であるキリスト教と土着のドルイド教の関係についてもとても興味深いです。
伝説とは相当違うので、これから先の展開の予想がつきません。そういう意味でも、続編を読むのがとても楽しみ。特に楽しみなのは、ニムエとグィネヴィア、そしてギャラハッドとトリスタン。ブリタニアの13の宝物がどうなるかも興味深いですね。大釜が入っているということは、かなりケルト色が強そうです。


「神の敵アーサー-小説アーサー王物語」上下 原書房(2007年3月読了)★★★★★お気に入り

ポウイス王・ゴルヴァジドとシルリア王・ギンドライスは敗れ、ラグ谷の戦いはアーサー軍の勝利に終わります。ようやくアーサー念願の、サクソン人に対抗する全ブリタニアの同盟ができようとしていました。アーサーはかねてから考えていた通り、流浪のベノイク王・ランスロットをシルリア王に据え、ランスロットとゴルヴァジド王の娘・カイヌインを婚約させることに。ダーヴェルがカイヌインに恋焦がれていることはマーリンとニムエしか知らず、グィネヴィアの願いもあり、アーサー自身はグィネヴィアの妹のグウェンフイヴァハアをダーヴェルにと考えていたのです。しかしカイヌインの婚約式が始まった時、ランスロットを見つめながら入場したカイヌインが突然立ち止まります。一方、マーリンとニムエはブリタニアの13の宝のほとんどを手中に収め、今度はクラズノ・アイジンの大釜を手に入れようとしていました。大釜はドルイド教の聖地・ディウルナハのモン島にあるというのです。(「ENEMY OF GOD-A NOVEL OF ARTHUR」木原悦子訳)

小説アーサー王物語の第2部。
「神の敵アーサー」という題名に驚かされますが、実際に初期の教会からはアーサーはなぜかひどく憎まれていたのだそうです。しかしこの物語でのアーサーは異教徒。むしろ無心論者と言った方が相応しいかもしれません。ドルイドであるマーリンの大釜探しにも、妻であるグィネヴィアの信じるイシス女神にもあまりいい顔をしていないアーサーは、キリスト教もそれほど好きではないのですが、特に迫害などの行動には出ていません。しかし度重なる税の取立てにキリスト教の教会からは恨みを買っており、思ってもいなかった方向に物事が進んでしまったようですね。「神の敵」というよりもむしろ「教会の敵」、ひいては「一司教の敵」といった感じもします。アーサーに各方面から災難が降りかかったように見える第2部ですが、その中でもアーサーとグィネヴィアとの関係に対するニムエの言葉がとても興味深かったです。政治的な手腕は備わってはいても、本当はただ愛する妻と子供たちと農夫として平和に暮らしたかっただけのアーサーは、やはり才気走ったグィネヴィアには物足りなかったのでしょうね。そう考えれば、グィネヴィアとランスロットというのはあまりにもぴったりの組み合わせです。グィネヴィアは本当に嫌な女ですが、それでも彼女の存在感は強烈ですね。懲りるということを知らないような司教サンスムの暗躍やアーサーの腹違いの弟・モードレッドの邪悪さなどと合わせて、登場人物たちの強烈な個性がこの物語を一層リアルにしているようです。
この第2部では、トリスタンとイゾルデのエピソードが上手く取り入れられていました。大釜探しはアーサー王伝説における聖杯探求。やはりギャラハッドは参加するのですね。そしてダーヴェルが自分の紋章に選ぶのは五芒星。五芒星といえば、アーサー王伝説ではガウェインの紋章のはずですが… ダーヴェルはガウェインの役どころだったのでしょうか。伝説とのほのかなリンクも興味深いところです。ダーヴェルとカイヌインのエピソードも微笑ましくていいですね。


「エクスカリバー最後の閃光-小説アーサー王物語」上下 原書房(2007年3月読了)★★★★★お気に入り

グィネヴィアの裏切りを知ったアーサーの落胆は激しく、ちょっとしたことで爆発するようになっていました。腹心のはずのダーヴェルですら遠ざけがちで、しかもアーサーからの使節は全て殺すと宣言しているエレに対する無期限の和平を申し込むため、ダーヴェルを使者に任命するのです。エレと自分の関係を考えても、到底無事でいられるとは思えず、ダーヴェルの心は沈みます。一方、ブリタニアの13の宝物を揃えたマーリンとニムエは、ドゥムノニア騒乱のこの年の夏、大いなる魔法を行うことに。その準備のために2人はリンディニスの広大な宮殿に入り込み、民衆の前で奇跡を起こします。(「EXCALIBUR」木原悦子訳)

小説アーサー王物語の第3部。完結編です。
2部ではダーヴェルの紋章が星だったので、てっきりガウェインかと思って戸惑いましたが、3部になって本当のガウェインが登場しました。しかしその役回りは、やはり伝説とはまるで違いますね。驚きました。
この第3部で良かったのは断然グィネヴィア。彼女が外に出され、槍兵らの心をあっという間に掴み、しかも意表を突く作戦によって勝利を収めるところは、やはり華があります。アーサーの戦士にこれといって知将と言える人物がいないため、一層光っていますね。マニズ・バゾンの血戦も迫力があって良かったですし、これまで読んだアーサー王をモチーフにした小説の中では、断然グィネヴィアが魅力的に描かれていると思います。そして全くのオリジナルのようでいて、要所要所で伝説のエピソードを取り入れているのが嬉しいところ。マーリンとニムエの魔法はほとんどが手品だったり自然現象を利用したものですが、マーリンの最後の魔法はどうだったのでしょう。これだけは本当の魔法だったのでしょうか。瀕死の重傷を負ったアーサーたちを乗せた船、カイヌイン、ダーヴェル、エクスカリバー、最後の場面はとても感慨深いです。これで一時代が終わったのだと感じさせられます。良い場面でした。
ダーヴェルがキリスト教の修道士となってサンスム司教の下にいる理由も分かりますし、イグレイン王妃のために翻訳をしている法廷書記のダヴィズが、一言一句作り変えたりなどしていないとむっとしている場面は可笑しいです。ただ、最後の幕引きはどうなのでしょう。ここまで読んできてこの2行はあっけなさすぎるように思います。全6巻の大作をここまで読んできたわけですし、1〜2ページほどの余韻が欲しかったところです。

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