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このページは、レオノーラ・キャリントンの本の感想のページです。

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「耳ラッパ-幻の聖杯物語」工作舎(2009年5月読了)★★★★

92歳のマリアン・レザビーは、リューマチで骨は少し曲がってはいるけれど、散歩をしたり部屋を箒で掃くことには差し支えない程度。歯は1本もないけれど、柔らかくて消化のいい食べ物は何でも手に入るし、噛み付きたい人間もいないので不自由はなく、耳は遠いのですが、視力は確か。この15年間は、息子のガラハッドとその妻・ミューリエル、その末っ子のロバートと同居の生活で、マリアンは日中のほとんどを部屋に面した裏庭で猫や鶏と過ごす日々。そして毎週月曜日は2ブロックほど歩いて友人のカルメラの家へ。そんなある日、カルメラがマリアンにプレゼントしたのはバッファローの角でできた耳ラッパ。カルメラはその耳ラッパを家族には見せないようにと注意します。誰にも見せないで、家族がマリアンの話をしているのを隠れて盗み聞きすればいいと言うのです。「THE HEARING TRUMPET」野中雅代訳)

レメディオス・バロと双璧の存在だったというシュールレアリストの女流画家。裕福なイギリス人実業家を父に、アイルランド人を母に生まれ、父親の反対を押し切ってロンドンの美術学校に進んだ後マックス・エルンストと運命の出会いを果たし、エルンストが強制収容所に送られた後、キャリントン自身はスペインの精神病院へ。これはその後、メキシコに亡命した後に書かれた作品。
不思議な老人ホームで繰り広げられる不思議な物語。耳ラッパをプレゼントされるまでは満ち足りた生活を送っているマリアンですが、その耳ラッパによって実は嫁や孫に疎まれていることを知り、結局老人ホームに放り込まれてしまうことになりますし、老人ホームに集まっているのは、それぞれに厄介者の烙印を押された老人たちのはず。確かにそれぞれに個性的です。しかし既に因習や常識に囚われることなく生きることができる老人たちのパワーがなかなかかっこいいのです。帯に「92歳のアリスの冒険」という言葉があるように、相当突拍子のない展開だとは思うのですが、同時にとても絵画的な物語。レオノーラ・キャリントンの想像力の豊かさがたっぷり感じられる1冊となっています。
主人公の92歳のマリアンはキャリントン自身がモデルと言われているのだそう。そしてマリアンの親友のカルメラは、レメディオス・バロがモデル。「レメディオス・バロ」の「夢魔のレシピ」に、架空の人物相手に手紙を書くお遊びも載っていましたし、知らない人に手紙を書くことが趣味というのも確かにバロらしいです。そして作中に登場するウィンクしているように見える尼僧の絵や、塔に閉じ込められるイメージなどからも、レメディオス・バロの絵画を強くイメージします。それともこれはレオノーラ・キャリントン自身の絵なのでしょうか。実際のところはどうなのでしょう。レオノーラ・キャリントンの絵をあまり知らないのが残念です。

P.12「70歳以下の人間と7歳以下の人間を信用してはだめよ。猫でもないかぎりね」


「恐怖の館-世にも不思議な物語」工作舎(2009年5月読了)★★★★

恐怖の館
【序文、またはロプロプは風の花嫁を紹介する】
…マックス・エルンストによる序文
【恐怖の館】…ある日正午を30分ほど過ぎた頃にとある場所を歩いていると、1頭の馬に呼び止められた私。時間がないと言いつつも、そのまま馬について行きます。
卵型の貴婦人
【卵型の貴婦人】
…館の窓の外から見える際立って痩身長躯の貴婦人は蒼ざめて悲しそうでした。「私」は気がつくと玄関のロビーにおり、初めて貴族の館に入ることに。
【デビュタント】…動物園で一番の友達になったのはハイエナ。毎日何時間も楽しく過ごし、私は5月1日に予定されているデビュタントを祝う舞踏会をハイエナに代わってもらうことに。
【女王陛下の召喚状】…女王陛下からレースの招待状が届き、「私」は女王陛下に会いに行くことに。そして内閣に女王の代理として臨席します。
【恋する男】…ある夜狭い路地にある果物屋でメロンを盗んだ「私」は主人に捕まり、警察に引き渡される代わりに主人の話を聞くことになります。
【サム・キャリントン叔父さん】…満月を見ると笑いが止まらなくなるキャリントン叔父さんと、日が沈むのを見ると笑いが止まらなくなるエッジワース叔母さんの間で、母はとても苦しんでいました。
リトル・フランシス
【リトル・フランシス】
…イギリスからウブリアーコ叔父に会いに来たフランシスは、叔父の14歳の娘のアメリアを置いて、叔父と一緒に南フランスへの旅に出ることに。
ダウン・ビロワ
【ダウン・ビロワ】
…1943年8月にスペインのサンタンデールの精神病院に強制収容された時の話。
【一九八七年後記】…サンタンデールの大病院にいた従兄弟の話。「THE HOUSE OF FEAR」野中雅代訳)

マックス・エルンストによる序文が、これぞシュールレアリスムなのかという文章で素敵。
アイルランド人の祖母や母、乳母からケルトの妖精物語や民間伝承を聞いて育ったとのことですが、それらの影響はそれほど感じませんでしたが、しばしば馬が登場するのは、スウィフトの「ガリバー旅行記」の影響があるのでしょうか。そして「耳ラッパ」の帯に「92歳のアリスの大冒険」とあったように、ルイス・キャロル的な不条理さも感じられます。この2人の作家はアイルランド系ですし、そういうことなのかもしれないですね。しかしルイス・キャロルの影響は受けていなかったとしても、それぞれに奇妙な味わいを持つ短編は、さすが芸術家が書いたと納得させるもの。
この中で一番長いのは「リトル・フランシス」で、これもかなり不思議な物語なのですが、私が好きなのはむしろ掌編と言っても良い「恐怖の館」「卵型の貴婦人」「デビュタント」「女王陛下の召喚状」辺り。特に「デビュタント」はレオノーラ・キャリントンの実体験に基づくと思われる作品。出たくないデビュタントの舞踏会に、自分の代わりにハイエナに出てもらったら… という物語ですが、これがいかにもユニークなファンタジーというよりも、残酷な童話の趣きです。
「ダウン・ビロワ」は、スペインの精神病院にいた頃のエピソードで、レオノーラ・キャリントンの人物像も垣間見ることができますし、レオノーラ・キャリントンとその周囲の人々の写真も数10ページ挿入されています。力強い顔立ちの美人さんです。

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