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このページは、アントニイ・バークリーの本の感想のページです。

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「レイトン・コートの謎」国書刊行会(2004年4月読了)★★★

ヴィクター・スタンワースが、夏の住まいであるレイトン・コートの書斎で死んでいるのが発見されます。遺体の右手はリボルバーを握り締め、額の中心には小さな丸い穴が開いていました。そして書き物机の上には、スタンワースの自筆のサインが入った遺書が。書斎が密室状態だったこともあり、警察は自殺と判断。しかしレイトン・コートに滞在していた作家のロジャー・シェリンガムは、額の中心を撃っているという不自然さや、滞在客や秘書の不審な行動などから、その死に疑問を抱きます。そして同じくレイトン・コートに滞在していた友人・アレグザンダー・グリアスンをワトスン役に、推理し始めることに。(「THE LAYTON COURT MYSTERY」巴妙子訳)

ロジャー・シェリンガムシリーズの1作目。アントニイ・バークリーの処女作でもあります。
バークリーの作品を読んだのは、「毒入りチョコレート事件」に続く2作目。「毒入りチョコレート事件」のインパクトが強烈だったので、想像したよりも地味な作風に驚きました。どこかA・A・ミルンの「赤い館の秘密」と似た、ほのぼのとした雰囲気の作品。そう思って読むと、どちらもイギリスの田舎のお屋敷で密室殺人が起こり、たまたま居合わせた客が探偵役となって推理する物語ですね。その親友がワトスン役となるのも、「ホームズ」役の素人探偵が、ことあるごとに相棒に「ワトスン」役を強調するというというのも一緒。違う部分といえば、この作品のワトスン役であるアレックスが、シェリンガムの推理に水を差し続けることぐらいでしょうか。名前も「ギリンガム」「シェリンガム」と似ていますし、影響を受けているのかもしれませんね。
そしてこの作品で楽しいのは、ロジャー・シェリンガムの迷走推理。彼の推理は、周囲に存在する全ての人間に一度は疑いの目を向けながら、思い込みの激しい試行錯誤を繰り返します。この迷走推理が、後にコリン・デクスターが描くモース警部の姿にも受け継がれているのでしょうね。しかし序盤〜中盤に登場する明らかに正解ではない推理でも、楽しく読めるというのがポイント。私自身、探偵がもったいぶって自説をなかなか披露しないというのは基本的にあまり好きではないので、シェリンガムのような迷走推理は、とても楽しく読めました。犯人に関してはそれほど意外ではありませんし、全体的にやや地味かとも思いましたが、最後のシェリンガムの言葉が何ともいいですね。古き良きミステリといった雰囲気が良かったです。


「ウィッチフォード毒殺事件-犯罪学の試み」晶文社(2004年5月読了)★★★★

ウィッチフォードに住む実業家・ジョン・ベントリーが砒素中毒で死亡し、妻のジャクリーヌが逮捕されます。ベントリー夫人は数日前、夫との大喧嘩の後に砒素入りの蝿取り紙を2ダース購入しており、夫が死んだ当日に夫人が夫のために用意したスープからは、砒素が検出されていました。さらに夫人の荷物の中にあるレモン水やハンカチなどからも砒素が検出され、寝室の鍵のかかった引き出しからは2オンスもの砒素が発見されたのです。しかし英国中がベントリー夫人を有罪だと思っている中で、ロジャー・シェリンガムだけはベントリー夫人の無罪を信じていました。その理由は、ベントリー夫人に不利な証拠が多すぎるから。毒殺犯人は、もっと頭まわるはずだと言うのです。ロジャーは親友のアレックスと共にウィッチフォードへ向かい、アレックスのいとこのピュアフォイ夫妻の家に滞在することに。そしてピュアフォイ夫人の娘のシーラもまた、ロジャーたちの探偵ぶりを手伝うことになります。(「THE WYCHFORD POISONING CASE」藤村裕美訳)

ロジャー・シェリンガムシリーズ2作目。この物語の中心となるベントリー事件は、1889年にリヴァプールで発生したフローレンス・メイブリック事件をほぼ忠実に再現したものなのだそうです。
この作品で何といってもまず楽しいのが、ロジャー・シェリンガムと前回も登場のアレックス、そしてアレックスのいとこの娘・シーラの探偵ぶり。シーラに対する荒っぽいお仕置きには驚かされましたが、この3人のやりとりが、時には丁々発止と、時には掛け合い漫才のように繰り広げられて、とても楽しいのです。このユーモア部分が、バークリーの本領発揮なのでしょうね。
ただ、毒殺という犯罪の性格から、犯人の心理に重きを置くというのは良く分かるのですが、しかし「心理的探偵小説」を謳っている割には、容疑者たちの描写がそれほどでもなかったように思いました。現代のプロファイリングと無意識のうちに比べてしまうせいも大きいと思いますが、新聞記事などから受けた印象を会って確かめているだけという印象。それでもソーンダースン夫人に対峙している頃は、まだ色々と工夫され、書き込まれているのが分かるのですが、他の容疑者たちとの対面が進むに従い、どうも尻すぼみになっていくのように感じられました。
ちなみに私の推理は、シェリンガムが真相に辿り着く1歩手前の大技の推理。絶対これが真相だと思っていたのですが、最後の最後でひっくり返されてしまい残念。しかしこれは相当凄い真相ですね。


「ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎」晶文社(2004年5月読了)★★★★★

ロジャー・シェリンガムといとこのアントニイ・ウォルトンがダービシャーに2週間の休暇旅行に出ようとしていた朝、シェリンガムの家にクーリア紙の編集長・バーゴインからの電話が入ります。ハンプシャーのラドマス湾の崖で転落死体が見つかり、それがただの事故ではないらしいため、ハンプシャーに赴いて特派員として調べて欲しいというのです。早速2人はダービシャーの予定を取りやめてハンプシャーへ。亡くなったのは、近所に住むヴェイン夫人。容疑者となったのは、一緒に住んでいる従妹のマーガレット・クロス。2人はラドマス村の唯一のホテルとなるパブで、スコットランドヤードのモーズビー警部と一緒になり、情報交換をしながら推理を進めます。(「ROGER SHERINGHAM AND THE VANE MYSTERY」武藤崇恵訳)

ロジャー・シェリンガムシリーズ3作目。
この作品の時点で、シェリンガムは36歳なのですね。今回は今までのアレック・グリアスンの代わりに、10歳以上年下の従弟、25歳のアントニイ・ウォルトンがワトスン役として登場します。彼は、見るからに、頭の回転はあまり速くない善良な青年。容疑者のマーガレット・クロスに出会った途端にのぼせ上がってしまい、彼女のことに関してはすっかり感情的になってしまうので、アレックスとコンビを組んでいる時とは、また雰囲気が違いますね。
そして今回初登場となるのは、穏やかで快活で感じが良く、しかしポーカーフェースのモーズビー警部。シェリンガムが口癖のように「間抜けなワトスン役」が必要だと言いながらも、モーズビー警部の登場によって、それぞれの人間の役割が微妙にシフトしてくるところもまた面白い部分ですね。モーズビー警部は典型的な警察人間ではなく、新聞の特派員としてラドマスに来ているシェリンガムともごく普通に話し、肝心な部分はなかなか明かさないものの、かなりざっくばらんにつきあっています。しかし今のところ、モーズビー警部の方が1枚も2枚も上手のようです。非常に有能なモーズビー警部と、迷走推理を繰り返すシェリンガムとでは、まるで大人と子供のように感じられました。この先、またモーズビー警部が活躍する場があるようなので、この2人の関係がどのように展開されていくのかもとても楽しみ。
シェリンガムの最後の推理自体もとても面白いものでしたが、しかしそれに対するモーズビー警部の答えとも言うべき部分が一番の読みどころでしょうね。そしてシェリンガムに対する最後の言葉は、そのまま既存のミステリ作品やその読者に対する痛烈な皮肉。こういう解決の作品も読めるのかという感慨をも含め、今回は前2作以上に楽しかったです。


「絹靴下殺人事件」晶文社(2004年5月読了)★★★★

ドーセット州に住むマナーズという牧師から、デイリー・クーリア社経由でロジャー・シェリンガムに手紙が届きます。その内容は、ロンドンに出た彼の次女のジャネットが音信不通になっており、心配なので探して欲しいというもの。痛ましい手紙にすっかり感情移入してしまったシェリンガムは、早速ジャネットの行方を探し出そうと考えるのですが、ジャネットは1ヶ月ほど前にストッキングで首吊り自殺をしていました。しかしロンドンに出たジャネットは、その美しい容姿と持ち前の明るさから、すぐにロンドンでコーラスガールの仕事を見つけ、安定した収入を得られる仕事に心から満足していたというのです。ロジャーはジャネットのルームメイトだったモイラ・カラザーズを訪れ、ジャネットの死は本人が望んでの自殺ではないと確信。その数日後、またしてもロンドンのフラットで、若い女優がストッキングで首を吊って自殺しているのが発見され、さらに数日後、今度は伯爵令嬢がストッキングで首を吊っているのが発見されます。(「THE SILK STOCKING MURDERS」富塚由美訳)

ロジャー・シェリンガムシリーズ4作目。
今回も前作同様、シェリンガムとモーズビー警部の対決が楽しめる作品。今までの3作との違いは、シェリンガムの推理が、実際に事件が進行している中で行われているということでしょうか。これまでのように既に終わってしまった事件の推理ではなく、明らかな連続殺人、次の被害者がいつでるか分からないという緊迫した状態で推理が行われています。…その割にシェリンガムにはあまり緊迫感は感じられないのですが、しかし身近な女性まで狙われることになるとあり、物語はテンポ良く進んでいきます。シリーズが始まった時は、明らかにアレックスに割り振られていたワトスン役も、今や誰がその役回りとなってしまうのか分からない状態。それも大きな楽しみの1つとなっていますね。
犯人は想像通り。しかもその犯人を炙り出すために仕掛ける罠は無茶としか言い様がないですね。失敗しなくて本当に良かったですし、それで本当に犯人を立証できる行動なのかは疑問です。物語全体も、前作などに比べると地味。それでも徐々に推理を組み立てていく過程はとても面白かったです。自分のよく知っている友人だからと、知り合いを容疑者から外すという行動は現在のミステリでは到底考えられませんが、いかにもシェリンガムらしいとも言えるのかも。
そして最後のシェリンガムの一言が、前作に一矢報いています。バークリーらしいです。


「毒入りチョコレート事件」創元推理文庫(2004年6月再読)★★★★★お気に入り

偶然もらったチョコレート・ボンボン1箱家に持ち帰り、妻と一緒に食べた実業家のグレアム・ベンディックス。そのチョコレートはメイスン父子商会からクラブ・レインボーに、男爵・ユーステス・ペンファーザー卿宛に送られてきた試作品で、ベンディックがそれを貰ったのは全くの偶然からでした。彼は丁度妻との賭けに負けたところで、チョコレートを買って帰る約束をしていたのです。しかしそのチョコレートには毒が入っており、ベンディックス卿夫人が死亡。その事件が迷宮入りとなったことを知ったロジャー・シェリンガムは、自分が発足し会長を務める「犯罪研究会」に、スコットランド・ヤードのモレズビー主席警部を招き、6人の厳選されたメンバーそれぞれにこの事件を推理することを提案します。推理に臨んだのは、刑事弁護士のチャールズ・ワイルドマン卿、小説家のアリシア・ダマーズ、推理作家のモートン・ハロゲイト・ブラッドレー、ロジャー・シェリンガム、劇作家のフィールダー・フレミング、そしてアンブローズ・チタウィックの6人でした。(「THE POISONED CHOCOLATES CASE」高橋泰邦訳)

警察の狂人犯行説に対し、6人の推理はそれぞれにとても魅力的です。ここで提示されているのは、毒の入ったチョコレートで死亡したという比較的単純そうに見える事件。しかし6名のメンバーによって、物的証拠や心理的な要因など、様々な角度から推理されていきます。まず、この推理のバリエーションが見事ですね。途中で登場する表を見ると、動機や視点、論証の中心点などが、見事に散らされているのが分かります。そしてそれぞれに説得力があるというのが凄いのです。本格ミステリというジャンルに挑戦状をたたきつけるような作品。
途中で、推理作家・ブラッドレーの「作者は発見させたいことをちゃんと決めてあって、それを彼の探偵役に発見させ、あとのことは目をつぶらせてしまえばいいんですから。」という言葉があります。他のメンバーも認めている通り、ミステリ作品の中の探偵は、あらかじめ作者が敷いたレール通りに情報を取捨選択し、推理を進めるもの。しかしその取捨選択を、いかに自然に見せるかというのが、作者の腕の見せ所ですよね。例えばこの作品でも、チャールズ卿の「証拠事実は出し合うべき」という意見が退けられたところに、そのような意図が見えます。この提案が受け入れられていたら、これほどまでにバリエーションに富んだ推理合戦は繰り広げられなかったでしょう。そう考えると、なんとも微笑ましくなってしまいますが、しかし作中にそのような指摘があったからこそ、今回は私でも気付くことができたわけで…。やはりミステリを読むからには、作者の意図に乗せられて気持ち良く騙されたいものです。
このラストもいいですね。最後の台詞がバークリーらしいですし、まだまだ可能性を秘めているようです。


「ピカデリーの殺人」創元推理文庫(2004年7月読了)★★★★

ピカデリー・パレス・ホテルのラウンジにやって来たアンブローズ・チタウィック氏は、いつもの癖で、その場にいる客たちを観察し始めます。昼食後の客の中でチタウィック氏の目を惹いたのは、少し離れたテーブルにいる初老の婦人。明らかにこの場所に馴染んでいない彼女を観察していると、そこに現れたのは、縮れた赤毛の大柄な若い男でした。婦人はほっとしたように話し始め、しかしじきに口論を始めます。そして婦人が自分のコーヒーに背を向けた時、赤毛の男の手が婦人のコーヒーカップの上で妙な動きをして…。その直後に電話で呼び出されたチタウィック氏が15分後に戻って来ると、婦人は1人きりで、しかもいびきをかいて寝ていました。そして死亡。チタウィック氏の証言で、死んでいたシンクレア夫人の甥のリン・シンクレア少佐が逮捕されるのですが…。(「THE PICCADILLY MURDER」真野明裕訳)

「毒入りチョコレート事件」に続き、チタウィック氏が登場する作品。このチタウィック氏は、赤ら顔に丸っこい体つき、頭も薄いという冴えない中年紳士。しかも同居している伯母には全く頭が上がらず、とても「毒入りチョコレート事件」のトリを務めるような人物には見えません。 しかしこのまるで名探偵らしくない平凡な人物、むしろ一見情けない人物が実は名探偵だったという設定が、バークリーらしくもありますね。ワトスン役を従えていることの多いシェリンガムとは好対照。それに、自分の目撃証言でシンクレア少佐を逮捕させたチタウィック氏が、色仕掛けで頼み込まれてまた事件を調べ直すことになってしまうという展開が、いかにも気弱なチタウィック氏らしくて面白いのです。
チタウィック氏だけでなく、脇役の面々もいい味を出しています。まずチタウィック氏の伯母のミス・チタウィック。物語には直接関係ない彼女ですが、傲慢な彼女の言いなりになっているチタウィック氏を見ていると、どうやら英国では重要な存在らしい「伯母」の有り様を見ているようで面白いです。それに再度事件を洗い直すことになった時に助手となったマウスも、爽やかな好青年でいいですね。しかも助手だからといって、一足飛びにワトスン役とならないところもポイント。作品を読んでいると、チタウィック氏は1人でホームズとワトスンの両方の要素を兼ね備えているようにも思えます。


「試行錯誤」創元推理文庫(2004年7月読了)★★★★★

動脈瘤であと2〜3ヶ月の寿命だと宣告された評論家のローレンス・トッドハンター。彼は、自分に残された時間をいかに有意義に使うか考えた挙句、犯罪研究家のアンブローズ・チタウィック、文芸誌編集長のフェラーズ、ジャック・デニー牧師、バリントン少佐、インドの官吏という面々を晩餐に招き、あくまでも一般論として、死期の迫った男が何をすべきかと問いかけることに。まさか死期が迫っているのがトッドハンター氏自身であるとは知らない面々は、ある種の悪人をこの世から除去することという結論で意見が一致します。そしてその結論に感銘を受けたトッドハンター氏は、早速自分が殺すべき人物を探し始めるのですが…。(「TRIAL AND ERROR」鮎川信夫訳)

この作品の一番の特徴は、トッドハンター氏の詳細な心理描写。その詳細さは、これまでのバークリーの作品とは段違い。しつこいまでに書き込まれており、あまりの詳細さに前半部分は少々読みにくく感じたほど。しかしこの詳細さによって、自分が憎んでいるわけでもない相手を殺すというナンセンスかつ突拍子がない話の流れが説得力を持ち、ごく自然に感じられてしまうのですね。本来なら、いくら周囲に同情したとはいえ、自分とは全く利害関係のないジーン・ノーウッドを殺そうと考えるなど狂気の沙汰。しかしここでは殺人という非常識な行動が、ある意味正当化されてしまいます。そしてこの時点でのポイントは、自分の死期に合わせて殺人を実行すれば、死刑の心配がいらないということ。これを他ならぬチタウィック氏が発言しているというのが、なんとも皮肉です。そして実際に殺人が起きた後、殺人の濡れ衣を着せられた無実の人間のために、トッドハンター氏の行動は180度転換するのが可笑しいのです。この辺りから、物語は加速度的に面白くなっていったのですが、ここでは特に、なかなか見られないような方向性で進められる法廷シーンが良かったです。しかしさすがバークリーの作品、最後の最後まで油断できません。この展開には驚きました。全般的にユーモラスに書かれてはいますが、実はかなりの毒を含んだ作品だったのですね。ラストにも相当毒があります。
それにしても、ムッソリーニやヒットラーと並んで日本軍閥の指導者が挙げられたのには驚きました。時代を感じますね。しかしその割に、日本に海外旅行に行くというのも何だか不思議なのですが…?

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