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このページは、ビアズレーの本の感想のページです。

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「美神の館」中公文庫(2009年5月読了)★★★★

黄昏時。騎士・タンホイザーはウェヌスの丘にいたる暗い通い路の下にたたずんでいました。一分の隙もない身仕舞いをしておきながら、この1日の旅行でそれが乱れてしまったのではないかと丹念に直すタンホイザー。その時、かすかな歌声がこだまのように山の上から漂ってきます。タンホイザーは携えた小さな七弦琴(リュート)をごく軽くかきならし、その歌に伴奏をつけ始めます。(澁澤龍彦訳)

ヴィクトリア朝末期の夭折の天才画家・ビアズレーの唯一の散文作品は、タンホイザー伝説を題材にした作品。ワーグナーもこ の伝説を元にオペラ「タンホイザー」を作りあげていますが、そちらの作品はタンホイザーがウェヌスの城から立ち去ろうと決意を固める場面から。こちらはそちらとは対照的に、タンホイザーがウェヌスの城に迎え入れられ、享楽的な生活を送り始める場面から。未完の作品です。
作中にはビアスレー自身による挿画も多々織り込まれており、ビアズレーの世界観がとてもよく分かるものとなっています。タンホイザーという人物は、13世紀頃の 騎士であり詩人でもあった人物。しかしビアズレーが描くタンホイザーは、まるで19世紀末のダンディなイギリス紳士のよう。ここで私が思い浮かべたのは、まずオスカー・ワイルドでした。そういったイギリス的な優雅さを持ちあわせ、デカダンスという言葉がぴったりくるような人物像です。そして、まさにそういう雰囲気を持つ作品でもあります。ウェヌスが中心のはずなのに、異教的な匂いが全く感じられないのも驚きです。
しかし19世紀末といえば、厳格なまでに品行方正なイメージの強いヴィクトリア朝。ここに描かれている自由奔放な性は、とても当時の作品とは思えないですね。もちろんその時代にも、隠れ家的なサロンは存在したとは思うのですが…。あらゆる道徳観念から解放され、まるで空中浮遊しているような印象すらありました。しかしこれ以上ないほどエロティックなのに、あくまでも優美な作品。下卑た性欲などという言葉には縁のない世界。それでも、ビアズレーの夭折によって、タンホイザーがウェヌスの丘に入り込んで間もなく、物語は唐突に終わりを告げることになります。読み終えて、このままワーグナーのタンホイザーに雪崩れ込んでしまっても違和感を感じないかもしれないと思って不思議な気もしたのですが... そういえばワーグナーとビアズレーは、ほぼ同時代の人なのですね。特に不思議はないのでしょうか。

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