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このページは、井上祐美子さんの本の感想のページです。

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「虹の瞳きらめいて」いちご文庫(2004年8月読了)★★★

中学の頃から家に同居しているいとこの亮が突然ニューヨークに行ってしまい、ゴールデンウィークの予定を全てすっぽかされてしまった藤野花衣。腹いせに、亮のパソコンで暇に任せてゲームをしていると、突然画面が奥の方から白く光り始めます。あまりの眩しさに思わず手で目を覆い、机に背を向ける花衣。しかし足元から落ちていく感覚の後、花衣は気付くと、まるで知らない場所に来ていたのです。

井上祐美子さんのデビュー作となる異世界ファンタジー。異世界は異世界でも、井上さんらしく中国的な異世界となっているのですね。いかにも中学生向けというロマンティックなラブ・ロマンスなのですが、平行する世界の存在、そして要となる亮の存在といったところに一捻りがあって良かったです。しかしなぜ雄都だけ、顔が違ってくるのでしょうね。その辺りだけは少々不思議。


「ローズ・ガーデンの夏物語」いちご文庫(2004年8月読了)★★★

高原抄子は、15歳の中学3年生。5年前に父親が交通事故で亡くなって以来、童話作家をしている36歳の母親・香織と2人暮らし。そんなある日、香織は大おばさんから地方の海辺の街に建っている古い洋館を相続することになり、2人は早速その洋館・クレイトン屋敷へ。それはイギリス人だった香織の曽祖父・トーマス・ウォルター・クレイトンが明治時代に日本にやって来た時に建てた家。ここに住みたいという香織に、まずは数日間滞在してみることにした2人ですが、しかしその洋館には、なんと100年前から住み着いている幽霊がいたのです。

まるで中国に関係ない、ごく普通の日本の現代物作品。しっかりした娘に何もできない母というありがちな設定なのですが、脇を固めるクレイトン氏やマスター、マスターの甥の和之がなかなかいい味を出しています。ただ、1つ残念だったのは「まりえ大おばさま」の造形。幽霊たちの場面がきっかけで、少しずつその姿が見えてくるというのは良かったのですが、もう少しどんな人物だったのか、クレイトン氏やマスター、和之とのエピソードをもっと読んでみたかったです。


「長安異神伝」中公文庫(2002年6月読了)★★★★★お気に入り

唐代二代皇帝李世民(太宗)の治世下の長安。紅花楼で1人飲んでいた魏徴の元に現れたのは、顕聖二郎真君。魏徴は驚きながらも、最近長安で起きていた異変について語ります。それは長安に現れた北斗の形の呪詛。そして魏徴こそがその呪詛を行っているのではないかという噂すらたっていました。二郎真君は魏徴の家に居候しながら、呪詛の謎の解明に協力することに。しかし実は、二郎真君は伯父である天界の玉皇大帝の命令で、地上に逃げている金闕雲宮の元侍童・太歳童子を捕えにやってきていたのです。長安の異変は、太歳童子の700年前の悪戯に深く関係があるものでした。そして二郎真君は太歳童子を従えて、長安の妖気の引き起こす事件の謎を追うことになります。

二郎真君は、天界の玉皇大帝の妹姫が地上に下って楊という人間の妻になった時に生まれた半神であり、神通力は無辺、武芸に秀で文にも通じる神将。しかし宮仕えの堅苦しい生活に飽きて、500年ほど前から地上に暮らしている、という設定。中国を舞台にした物語ではすっかりお馴染みの二郎真君。唐の玄宗皇帝からは「赤城王」、宋の真宗皇帝からは「清源妙道真君」という名が贈られている神様です。中国の物語は、この神仙思想というのがまた楽しいんですよね。時として道教に仏教やその他の異教が絡み、しかし全てのものを受け止めてしまうおおらかさ。その世界観がまた唐という時代によく似合いますね。
半神半人という中途半端な立場の二郎真君には、それゆえの悩みも多くあるのですが、普段は飄々と活躍してしまうところがとてもカッコいいのです。彼の想い人・玉蘭花のような美女・翠心。彼女に対する想いや、季節感や産地を無視したプレゼントには心が軽く温かくなるような気がしますし、その侍女・燕児とのやり取りもとても楽しいもの。そして最後に神としての封印を解く時…。まるでウルトラマンの最後の3分間のようで、エンターテイメントとしての勧善懲悪物の基本形という感じもしますが、それでもこの物語のテンポの良さで、楽しく読めてしまいます。ちなみに玉蘭とは白木蓮のことだそう。白木蓮のようなお姫様… いかにも儚げな美しさを持っていそうですね。


「乱紅の琵琶」中公文庫(2002年6月読了)★★★★★お気に入り

行ってはならない方に歩み去ってゆく翠心。しかし追いかけて彼女を止めようとする二郎真君は、気づけば闘いの場に。一騎打ちで相対している青年は、彼がかつて出会ったことのないほどの強い相手。堅眼を使い、全力を尽くしても勝てないかもしれないほどの…。そんな彼に「夢に… 悩まされておいでですね」と艶然と微笑う美女。市場で偶然助けることになってしまったその美女は、巧雲という妓女。五弦の琵琶を弾き、占いをするという巧雲に粉をかけられる二郎真君。そしてそんな彼を天界から訪ねてきたのは、天界を守る三十二諸天の筆頭、護法将軍・韋護。白面の貴公子だが、真面目なだけが取り得という韋護は、天界の玉皇大帝の使いで初めて地上へとやってきたのです。

今回登場するのは、真面目一点張りで冗談も通じない天界の将軍・韋護と、真紅の牡丹のように妖しく艶やかな美女・巧雲。2人が、それぞれに経験や立場、想いこそ違え、二郎真君に絡んでいきます。最初はただ憎たらしい存在だったこの2人ですが、切ないですね。ラストにはそれぞれの想いがしみじみと伝わってきます。そしてその切なさは、そのまま二郎真君の切なさへと繋がっていきます。これを読むと、現在の二郎真君の奔放な行動も、ただ単に責められるべきものでなくなってしまいます…。それだけの過去があったということなのですから。しかしだからこそ、風のように水のように飄々としていられる、現在の二郎真君となったということなのでしょう。まさに「漢」という形容詞が相応しいと思わせる二郎真君。…しかし彼の妓楼通いは、始めはどうであったであれ、今は単に楽しんでいるだけなのかもしれませんが…。韋護はこれから先、どんな風に成長していくんでしょうね。まだまだ若い青さを持っているところを露呈してしまった韋護ですが、今回のことで一回り大きくなって再登場してくれそうで楽しみです。
そして太歳童子こと東方朔も大活躍。前回以上に二郎真君とのやり取りが軽妙で楽しく、まるで漫才コンビのようです。地上ではただの道化役の彼。でも本当はそこらの貴顕の家の公子も及ばないほどの容姿端麗な童子。二郎真君も韋護も、地上にいても見た目は変わらないようなのに、彼だけがなぜ年齢不詳の小男に?やはり道化という役柄上、あまり容姿端麗だとダメなのでしょうか。これも彼一流の処世術なのかもしれないですね。この東方朔が本当に愛敬たっぷりで、しんみりしがちな今回の物語を明るくしてくれているようです。
翠心との恋のエピソードは、一進一退。少々じれったいぐらいです。でも白木蓮と紅牡丹の組合せは艶やか。
更に、今回初めて出てきた龍王のエピソード。これに関しては、もっと詳しく読みたいです。どんな事情、どんなやり取りがあったのか。これまたかなり切ない物語になってしまいそうですが… でもいつかぜひ読んでみたいものです。


「将神の火焔陣<天長篇><地久篇>」中公文庫(2002年6月読了)★★★★★お気に入り

魏徴は、同じく宮廷の重臣である李靖を伴い秘書省へ。そこで天文事象を担当する李淳風の元へと案内します。そして李淳風が2人に見せたのは星辰の図。そこには長安の上空に現れた不吉な星が描かれていたのです。かつて約300年と定められていた唐王朝の天命が、にわかに縮められたというのです。早くて10年後、遅くとも50年後に革命が起きる。そして今1つ地上に不審な動きが。最近長安に入り込んできた胡の商人が、年経りた品物ばかりを相場以上の値で、金に糸目をつけずに買い漁っているというのです。東方朔は自分の持っていた古い鏡を囮に探りをいれるのですが、どうやら始めに思った以上の相手らしく…。天と地に一体何が起ころうとしているのでしょうか。

今回初めて天界が登場。そして二郎神君の妹・三娘こと楊慧瑛が初登場です。このお姫様がさすが二郎真君の妹君。兄そっくりの行動力や気の強さがなんとも気持ちいい存在です。二郎真君も三娘にかかってしまうと形無し。でも本人の意図とは逆に、とても息のあったコンビです。そして彼女と燕児というのもいいコンビかも。彼女が二郎神君の妹でなければ、翠心はとてもじゃないけど太刀打ちできないでしょうね。時には思い切りのいい行動にも出れる翠心ですが、基本的に守られ役の儚い女性ですから。
そして今までは名前だけの登場だった玉皇大帝も大きく出てきます。これがまた、二郎真君に負けず劣らず一癖二癖ある人物。仲が悪いと散々書かれていましたが、やはり玉皇大帝自身が言っているように、似たもの同志なのかも。これでは仲も悪くなるはずですよね。でも玉皇大帝の方が長く生きている分、二郎真君を上回っています。二郎真君の方がまだ熱い物を持ってますから…。しかし二郎真君は、結局手の平で遊ばされていただけなのでしょうか。すべてが 玉皇大帝の思惑通りにいってしまったようです。
太白金星が元々持っていたイメージよりも食わせ物という感じで少し意外。でも西王母や太上老君は期待通り。天上界もお馴染みのメンバーが揃っていて、それだけでも楽しいです。李淳風がなぜ敢えて地上に存在する人間となったのかも知りたいところだったのですが、そのエピソードはもう出て来ないでしょうか?彼も不思議な存在ですね。
そして今回初めて西方の「浮屠」の存在も。この作品で、道教や仏教、その他の宗教をどういう風に両立させるのかと思っていたのですが、これはなかなか上手いです。これならあまり齟齬がでなくて済みますね。さすがです。


「桃花源奇譚」中公文庫(2002年6月読了)★★★★お気に入り

3月、宋の都・東京(開封)。その中でも最も大きい相国寺境内では、大道芸人の客寄せの口上や物売りの呼び込みの声がかまびすしいほどの賑やかさ。そしてその中でも一番黒山の人だかりとなっていたのは、双剣を手に舞う少女のいた一角でした。髪に桃の枝を挿した14〜5歳の少女の舞姿の水際立った美しさに見物人たちが見惚れる中、1人の酔った大男が難癖をつけ始めます。そしてそれを見ていた、いかにも育ちの良さそうな17、8歳の少年と、22、3歳の白面の貴公子然とした青年は、なりゆきからその少女を連れてその場から逃げることに。この少年の名は白戴星、青年は包希仁、そして舞の少女は宝春。白戴星は父親の正夫人のせいで行方不明になった実の母を探すための手がかりを求めて家出をしている最中。包希仁は、科挙の最終試験・殿試にわざと落ち、故郷に帰ろうというところ。そして正体不明の刺客に狙われる宝春。しかし宝春をかばった彼女の祖父は、斬られた時に花の香りだけを残して消えうせてしまったのです。

桃源郷伝説に、王位を巡る争いを絡めた、中国の宋代を舞台とした伝奇小説。「長安異神伝」もそうでしたが、フィクションの物語の中に歴史的な事実がきちんと描かれているのが印象的。白戴星や包希仁は実在の人物です。こういう風に、フィクションとノンフィクションを巧みに交差させるいうのは、物語の奥行きが出すのにはとても有効な方法なのかもしれないですね。
登場人物では、熱血少年の白戴星も可愛いのですが、やはり何といっても包希仁。科挙の最終試験である殿試をわざと落ちたという曰くつきの秀才、しかも貴公子然とした美青年。すべておみ通しで落ち着き払っているくせに、相手にわざと物事の理由を尋ねるような人を食った態度もなんともいえません。そもそも殿試に落ちたのは、現在の皇帝の顔を見て、自分が仕えるべき相手でないと悟ってしまったから。顔を見ただけで、本来仕えるべき相手が誰かわかるというのもすごい話なんですが、でもそこが彼らしくていいですねえ。それと、最初は刺客だったのに、いつの間にやら仲間のようになってしまった殷玉堂もいいですね。悪党ぶっているのに悪党になりきれず、本人の思惑とは裏腹に憎めないキャラクターです。2人と一緒に旅をすることになる宝春、希仁に惚れこむ花魁の史鳳姐さん、壷中天の幻術をあやつる仙人など個性的なキャラクターが揃っています。1巻の途中までは少々物語に入りこみにくかったのですが、2巻目辺りからは俄然面白くなっていきます。そして最後には、物事がおさまるべき所にすべて綺麗におさまったという印象。少々小粒な気はしますが、とても面白かったです。


「五王戦国志1-乱火篇」中公文庫(2004年7月読了)★★★★

華とも呼ばれる中原の地を統べる<魁>の時代。その最後の王となる衷王の15年。南方の公国<衛>の上卿の1人・耿無影は、己の一族に冤罪を着せて葬り去った上で国君・偃子韶を弑逆、公位を簒奪。しかも無影は、<魁>の王から公位を承けつぐ旨の詔をとりつけていたのです。当時<魁>の都・義京に遊学しており、一族でただ1人難を逃れた耿淑夜は、実の兄のように慕っていた無影の凶行に大きなショックを受けます。そして、相打ち覚悟で無影の館に侵入。しかし左頬に傷を負わせるものの、暗殺には失敗。逃亡する途中、崖から転落して動けなくなった淑夜は、赫羅旋と名乗る男に拾われることに。

長安神異伝や桃花源奇譚とはまた一味違う、春秋戦国時代の中国を舞台にしたような、架空の歴史時代絵巻。
架空の世界が舞台ということもあり、まだ説明が多いのですが、人物造形は既にとても魅力的。羅旋や段大牙にはこれから大きなことを成し遂げそうな勢いがありますし、実権はないながらも、魁の王・夏長庚は最後に一花咲かせてくれそうです。冷酷に見える無影の非道な行動も、私利私欲よりも国を憂いてのもの。本当は真っ直ぐで不器用な人間であるだけなのに、国のために自ら悪役に徹しようとしているようなところがあります。もしこのまま衛を順調に、そして完璧に統治し続けたとしたら、淑夜の思いはどうなるのでしょうね。尤暁華や連姫といった女性陣もなかなか気が強そうな美女。そして特に気になるのは、出会った当初から敵意を発散している壮棄才。彼が隠し持っている顔が気になります。まだ世間知らずの貴公子といった感じの淑夜の今後の化け具合や、読んだ文章を片端から覚えこんでしまうという特技が、今後どのような展開で花開くことになるのかも楽しみです。


「還魂の花燈」中公文庫(2002年6月読了)★★★★お気に入り

元宵節の夜、二郎真君は翠心と燕児を連れて花燈見物へ。しかし、二郎真君が顔見知りの妓女に話し掛けられている間に、翠心と燕児は何者かに連れ去られてしまいます。幸い2人はすぐ見つかり事なきを得るのですが、そのさらったグループの中心人物の男は、なんと自分の恋人と翠心を見間違えたのだと説明。名士の放蕩息子である端之は、親に引き裂かれた身分違いの恋人・秋香と一緒に駆け落ちをするところだったと言います。しかし秋香は1ヶ月も前に、自宅で首をつって自殺していたのです。

まるで「牡丹灯籠」のようなお話。元宵節の夜に浮かぶ、美しく飾り立てられた花燈という情景がとても幻想的ですね。中でも燕児が蓬莱山だと賞賛しているのは、山棚(さんほう)というつくりもの。ここに登場するのは、仙山を形どって枝ぶりの良い樹を植え、きらきら輝く物をつくり物やら灯篭やら横木の表面にやら飾っているものです。これが見てみたかったですね。灯火の瞬くような火ってただでさえ雰囲気があるものなのに、その火によって細かな玻璃がキラキラと輝くだなんて、さぞかし綺麗なんでしょうね。そしてそういう灯篭の美しさには、翠心の儚げな美しさがぴったり。しかし何も問題がなくなったかに見えた二郎真君と翠心も、まだまだ世俗的な問題を抱えているようです。
今回は冥府の描写が色々と出てくるのが興味深いです。それほど目新しいものがあるわけではありませんが、その荒涼とした様、そこに現れる軍隊のイメージはとても印象的。そしてその後に現れる鮮やかな光景とも好対照です。鮮やかな光景の中から次々現れる人影を斬ってすてる二郎真君は、それだけ様々な人の想いに絡み付けられているのかと、なんだか見ていて哀しくなってしまいますね。
今回は今までになく静かな雰囲気の物語。東方朔もほとんど活躍していません。次の物語への流れは感じますが、いつものような明るさがないのが少々寂しいかも。すべてが夢の中の出来事となってしまいそうな、儚い物語です。


「五王戦国志2-落暉篇」中公文庫(2004年7月読了)★★★★

<衛>が<奎>を攻めた巨鹿関の戦いから半年後、<魁>の衷王の16年。淑夜は、相変わらず暁華の屋敷に潜伏中。羅旋によって乗馬と護身用の武術を叩き込まれていました。無影は来るべき中原への進出の時のために、半年前に<奎>が取った秘策を用いて、後背にあたる荊審諸国を叩いていました。そして<征>の公・魚支吾は、魁の王・夏長庚のいる離宮・寿夢宮に乗り込み、王の玉璽を求めます。そしてその時、寿夢宮で淑夜に出会った魚支吾は、淑夜に<征>に来ないかと誘いをかけることに。

今回描かれるのは、魁の国の終焉。そのこと自体は遅かれ早かれ訪れると予想できていた出来事ですし、冰子懐の行動に関しても、すんなりと納得できるもの。しかし段士羽に関してだけは、本当に驚きました。この巻で出てきたばかりの士羽ですが、非常に気に入っていたので、この展開にはとても残念。そして、大牙と奎を巡る展開にも驚かされました。てっきり、今後奎が中心になっていくものかと…。しかしたとえ全てを失ったとしても、もし王の器を持っているのなら、いずれは全てを取り戻せるはずですものね。それとは逆に、全てを失ったわけではないと明るくふっきって、他の場所に移っていく暁華の潔さも素敵です。
読んでいると、無影がまるで秦の始皇帝のように見えてきました。1巻を読んだ時にも、彼がなぜ一族郎党を皆殺しにしなければならなかったのだろうと不思議に思っていたのですが、やはり何か深い理由があったようですね。その理由が明かされる時が、とても楽しみです。


「女将軍伝」学研M文庫(2002年7月読了)★★★

1630年、明代末期。皇城の建極殿の平台で天子との謁見の儀が終わった秦良玉を待っていたのは、自宅での祝賀の宴。しかし彼女の気持ちは塞いでいました。そんなところに訪ねてきたのは張鶴鳴。80歳にもなろうかというこの老人は、今でこそ官位から退いているものの、先帝の重臣中の重臣だった男。良玉の夫・馬千乗の冤罪の一因が自分であったと詫びます。その老人と話しながら、30年前の出来事を思い起こす良玉。実の弟と元々折り合いが悪かった夫、その弟を討つために出兵した夫、その時自分も初めて兵を率いて実戦に出たこと、冤死した夫のこと、兄や弟の死、息子の負傷… 子供が成人するまでと勤めていたはずの代役で戦に明け暮れる毎日。そんな中で良玉は、明の時代始まって以来初の女将軍となっていったのです。

中国史上、正史列伝中に名を残す、唯一の女将軍・秦良玉の半生を描いた作品。
女将軍の半生を描いた作品なので当然のことながら戦いのシーンは多いのですが、女流作家の作品だけあって、単なる軍記物ではありません。戦いの場面も、その合間の場面でも、良玉の武将としての率直な考えや家族への優しく暖かい想い、配下の兵たちへの心配りなどが細やかに、しかし淡々と綴られていきます。自分自身をしっかりと持ち、その考えに従って動く彼女は、言ってみればとても強情な女性なのですが、しかしその判断は多くの場数を踏んだ戦場での経験や、日常の生活での観察と知識に基づくもの。「百にひとつのはずれもない」のです。もちろん彼女にも迷うことや悩むことはあります。しかしいざという時の決断力はさすが。その姿はとても凛々しいですね。間違ったことを見つけた時も、彼女の力だけではどうにもならないことが分かっていても、自分がやらずにはいられない、そんな女性です。
そしてそうやって育ててきた彼女の軍は、彼女自身の小宇宙。奸・淫・焼・殺を禁じたという彼女の軍は、彼女自身が丹精した世界。この時代はきっと、軍隊を見ればその軍を育てた隊長がどんな人物か分かったのでしょうね。報われないことが多く、見方によっては不幸の連続だった彼女。しかしそれでも1人で戦い続けた彼女は、本当に強く、しかし同時に可憐な女性でもあったのだと思います。

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