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このページは、浦賀和宏さんの本の感想のページです。

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「記憶の果て」講談社文庫(2002年1月読了)★★★★★お気に入り
大学入学を1ヵ月後に控えて平穏だったはずのある朝、安藤直樹は「お父さん死んじゃった」という言葉で母に起こされます。言葉の意味が、すぐには理解できない直樹。しかし父親は書斎で首をつって自殺していたのです。そしてその晩、父の生前には鍵がかかっていて入れなかった書斎に入ってみると、そこには見慣れない黒いコンピューターが。何気なく電源を入れると、コンピューターが立ち上がった後のディスプレイには、〔あなたは誰〕という文字が出てきます。パスワードか何かと思った直樹が試しに〔安藤直樹〕と入力してみると、コンピューターからは〔私は裕子〕という反応。その時は驚いてほとんど言葉を交わさずに電源を切ってしまった直樹でしたが、それ以来、暇をみつけては書斎にこもって裕子との会話を楽しむように。現在17歳という裕子との、機械とも思えないような自然な会話は、人工知能のせいなのか、脳の研究をしていた父親が自分で作った物なのか。「裕子」という妙に具体的な名前を不審に思った直樹が母親に心当たりを尋ねてみると、そこには今まで知らなかった自分の出生の秘密がありました。一人っ子だとばかり思っていた自分には、かつて裕子という姉がおり、彼女は直樹が生まれてすぐに自殺していたというのです。

第5回メフィスト賞受賞作。作者の浦賀さんは19歳でこの作品を書いたそうです。すごいですね。荒削りだとは思いますが、でもすごいパワーを秘めているように感じられた作品でした。
主人公は無口で内向的、その上自虐的。彼の友人は、弁の立つ金田と、人が良く明るいだけの飯田の2人。金田は高校を卒業したばかりの割には、かなり専門的な知識を持っています。金田が繰り広げる理論の仲介役が飯田と言った感じですね。主人公が無口なので、作品全体も多少沈んだムード。しかしこの青春小説的な基盤の上に繰り広げられるのが、コンピューターの中に存在する「裕子」という人格に始まる様々な謎の解明です。最初は純粋に「裕子とは何なのか」という問題だったはずが、いつの間にやら脳や意識の問題となり、さらには主人公の隠された真実を追い求めることに。この展開がとても自然でいいですね。
この世界は結構好きです。「コンピューターのプログラムに宿る意識」という謎に惹かれて、一気に読んでしまいました。しかし荒削りな作品ですし、好き嫌いがはっきり分かれそう。少なくとも本格ミステリが読みたいという人はやめておいた方が無難でしょうね。これはミステリではなく、SF寄りの青春小説だと思います。
この作品はシリーズ物となっており、「時の鳥かご」「頭蓋骨の中の楽園」といった続きの作品を読んでいくにつれて、先に読んだ作品の印象が変貌していくのだそうです。1作目だけでは分からなかった謎も徐々に分かっていくとか。大河ドラマ的なシリーズが展開されるだなんて、続きを読むのがとても楽しみです。この作品の印象がどんな風に変わるのでしょう。興味津々です。

「時の鳥籠」講談社ノベルス(2003年6月読了)★★★★★お気に入り
川崎市にあるK大学医学部付属病院。その時救急救命センターに運ばれてきたのは、20代半ばほどの女性。来院時心肺停止、所謂DOA(Dead On Arrival)だった彼女は、白いパジャマのような、まるで入院患者のような衣服を着ており、身元を確認できるような物は何一つ身につけていませんでした。心臓が停止してから15分、常識的に考えて蘇生率は0パーセント。医師たちもナースも彼女を蘇生させることを諦めかけていたその時。彼女が公園で倒れた時、現場に居合わせた通りすがりの高校生・安藤裕子が、「結果がすべてなんだから」という言葉を医師・甲斐祐介に投げつけるのです。甲斐は彼女の心臓に怒りをぶつけるかのように心臓マッサージを始め、彼女は奇跡的に生還。しかし10日の昏睡の後、目を覚ました彼女は、記憶障害を起こしているようで、自分の名前をも話そうとはしませんでした。彼女に惹かれるものを感じていた甲斐は、自ら身元保証人となって彼女を自分のアパートに引き取ることに。

安藤直樹シリーズと呼べば良いのでしょうか。そのシリーズの2作目です。
「記憶の果て」と対になっている物語。時系列的にはこちらの方が先になりますが、「記憶の果て」を読んでいないと少々分かりづらいかと思います。前回は安藤直樹の鬱々とした語りで重苦しい雰囲気だったという印象があるのですが、今回は格段と読みやすくなっていますね。そしてしんと静まり返ったものを感じます。ノベルス版には森博嗣氏の推薦文があり、「これは、とても静かだ」という言葉から始まっているのですが、まさにその通り。「静かで、そして、冷たい」のです。YMOが全体のモチーフとして流れているので、私もまた聴いてみたくなりました。「TECHNODELIC」や「BGM」などのアルバムは、うちにもあるはず。
朝倉幸恵の話はまるでメビウスの輪のよう。彼女の語る物語はどこからどこまでが本当なのか、全く分かりません。しかし未来に存在するミュージシャンの名前が実際に出ているところを見ると、やはり本当だと考えるべきなのでしょうね。父親が彼女を過去に送り込んだ理由に関しては、目から鱗が落ちる思いでした。その方法まではまだ分からないままなのですが、それはまたきっと他の作品で語られることもあるのでしょう。しかし父親側としては、「過去に飛んだ」ということを事実として知っているわけなので、幸恵に聞いていた状況を再現するだけで良いのかもしれませんね。結果と方法は、また全然違う問題ですから。「The Endless Returning」という英語の題名がぴったりです。
宮野真一に関しては、完全に目眩ましだったのでしょうか。坂本さんと安藤裕子の喧嘩の原因となった人物は、また後の作品で登場するのでしょうか。まだまだ疑問は残っているのですが、しかしとても完成度の高い作品だと思います。1作目も1つの作品として完成していたのに、1作ずつ独立していながらも、このように世界が広がっていくというのはすごいですね。デビューも決まっていなかった新人のやることとは思えません。好き嫌いははっきりと分かれると思いますが、好きな人はきっとこの世界にハマり込んでしまうはずです。

「頭蓋骨の中の楽園」講談社ノベルス(2003年6月読了)★★★★★お気に入り
大学2年生の菅野香織が首なし死体で発見されます。彼女はミス・キャンパスに選ばれたこともあるほどの綺麗な女性。しかし物心ついた頃に既に母はおらず、父親は幼い頃に自殺。数年前、高校生の時に兄が殺されて以来の天涯孤独な身の上でした。現在は、兄の事件の時に知り合った、ホスト兼殺し屋のような雰囲気の刑事・田上優と、結婚を前提に同棲中。田上は菅野香織の事件の捜査から外されるのですが、香織の友人穂波英雄、安藤直樹、飯島鉄雄らを巻き込みながら、1人で勝手に動き始めます。そして1週間後。さらに首なし死体が見つかります。それは香織と同じ大学に通う根本美佐江。そして同じ大学に通い、美佐江と同性愛の関係にあった藤崎由紀も行方不明に。そんな時、3ヶ月ほど前に刊行されていたミステリ作品で、最初に首なし死体として発見される美人の女子大生の名前が「カンノ」だったことから、マスコミは大騒ぎに。それを書いたのは、藤崎葵。藤崎由紀の夫だったのです。

安藤直樹シリーズの3作目。
作中に首なし死体がいくつも登場し、今までのSF風味の恋愛小説から、一転して本格ミステリへ。それは作者の浦賀さんにとっては、あくまでも作中のミステリ作家・藤崎葵がミステリに対して持っているのと同じような感覚なのかもしれません。しかし今までになく分かりやすく読みやすい物語になっているようです。それでも、そのまま本格ミステリの枠に収まってしまわないところが浦賀作品の浦賀作品たる所以でしょうか。一応、安藤直樹が探偵役となって謎が解かれていくのですが、それはこれまでの2作を前提として踏まえた上での謎。この本単体では、何のことなのかさっぱり分からないはずです。しかし、もし分からなかったとしても、それで文句を言うのは筋違いかと。結局のところ、これはこういうシリーズなのですから。そして逆に、前2作を読んでいる読者の前には、さらに世界が広がっていきます。かつての謎は徐々に明らかにされ、それは新たな謎を呼び、伏線が張り巡らされ、とても複雑な世界。その恐るべき世界の成り立ちには、今回も驚かされました。それぞれの作品の吸引力にはくらくらしてしまいます。それは、人によってはあざとく感じられる部分なのかもしれませんが、私にとっては麻薬のような魅力。
この作品の語り手は穂波英雄。ごく普通の大学生です。1作目の安藤直樹、2作目の朝倉幸恵と比べると、造形的にややインパクトが弱いような気がするのですが、 安藤直樹の存在感があまりに大きいので、これはこれでバランスがうまく取れているのかもしれませんね。

「とらわれびと」講談社ノベルス(2003年6月読了)★★★★★お気に入り
飯島鉄雄の父親が何者かに殺され、死体が川崎市内の市民公園で発見されます。直前に若い女性と一緒に歩いているところを目撃されており、しかし金目の物はなくなっていなかったため、警察は怨恨の線で犯人を追うことに。そんな時、金田忠志の携帯電話に宮城渚と名乗る女性からの電話が。金田妙子という女性にその番号を教えてもらったのだと言うのです。金田は一人っ子。金田とよく似ているという金田妙子は、一体何者なのか…。一方、最近世間を騒がせている2つの猟奇連続殺人事件。1つは女子大生が次々に連続して首なし死体として発見された事件。そしてもう1つは「現代に蘇った切り裂きジャック」。川崎市にある大学で、3人の肥満気味の男性が次々に殺され、その死体の腹から臓器が外に引きずり出されていたという事件でした。切り裂きジャックの事件の4番目の犠牲者になったのは、慢性腎臓病で入院していた9歳の森山雄一。唯一の肉親を殺されて打ちのめされた姉の亜紀子に、クラスメートの穂波留美は、「犯人に、復讐しよう」という言葉をかけます。さらに出版社のライター・福田広司は、ゲイの取材で知り合った恵子に奇妙な相談をされます。彼女の勤める店は、会員制の女装クラブ。従業員も客として来るのも、身体は男性として生まれた人間ばかり。その常連が次々に姿を見せなくなり、探し始めた恵子の目の前に現れたのは、明らかに妊婦の姿をしている元常連客の姿だったのです。

安藤直樹シリーズの4作目。
3つの出来事が平行して描かれ、視点が目まぐるしく入れ替わっていきます。これまでの浦賀作品の経験から、出来事が並べられた通りの時系列ではないであろうことが、容易に想像されます。金田と留美に関しては、安藤という共通の存在がある以上、大きな流れとしてはそのままのはずなのですが、それでもどこに落とし穴があるか分からない、そんな感覚。その不安定感がいいですね。しかし物語自体としては、これまでになく普通になったような気がします。最初の2冊は、それぞれ奔放に好きな方向に発展していったという印象があり、3冊目もその2冊ほどではないにせよ、ある程度の発展があったように思うのですが、この作品に関しては、まるでそれらの3作をそれぞれにきちんと関連付けて整理するために存在するような気が。最初の頃の荒削りな部分もなくなり、こじんまりとまとまってしまったようで、それが少々残念です。
安藤と付き合い始めた留美は、既にどうやら壊れ始めているようです。見たところ、丁度狂気と正気の世界の狭間に立っているかのよう。しかし留美も頑張ってはいるのですが、少々役不足の気がしてしまいます。「頭蓋骨の中の楽園」で、あまりに普通の女子高生姿を見てしまっていたせいなのでしょうか。それともまだ普通の女子高生に戻れる余地が感じられるせいなのでしょうか。どうしても安藤直樹のレプリカのように見えてしまいます。やはり安藤直樹と朝倉幸恵の存在は大きいですね。

「記号を喰う魔女」講談社ノベルス(2003年8月読了)★★★★
川崎市内のとある中学校。天文学部のメンバーがいつものように理科室に集まってだらだらと過ごしていると、突然そのメンバーの1人・織田直樹が手近な窓をあけてサッシに上り、窓から飛び降り自殺。その時理科室にいたのは、男子生徒が小林と山根、女子生徒が安藤、石井、坂本の計5人。織田が最後に残した言葉は、安藤への「さよなら」という言葉でした。織田は女生徒に人気の美少年。その女生徒たちの中心となっていた坂本は、錯乱状態になって安藤に飛びかかります。その場は周囲の人間が抑えたものの、坂本はことあるごとに安藤の悪口を吹聴し、安藤は完全に孤立することに。そして行われた織田の通夜の席で、織田の遺書の話が。遺書には、自分が死んだ時にいたメンバーを、自分が生まれた島に向かわせて欲しいと書いてあったというのです。

安藤直樹シリーズの5作目。
「安藤さん」という苗字だけで名前が明記されていませんし、これまで登場した時とはあまりに雰囲気が違うのが気になるのですが、やはりこれは安藤裕子なのでしょうね。これを読むと、「記憶の果て」での父親の死や安藤直樹の出生のことなどがうっすらと見えてきます。「時の鳥籠」で語られた安藤裕子と坂本の喧嘩のことも語られますし、ここで安藤裕子が小林に教える儀式は「頭蓋骨の中の楽園」に出てくるもののようでもあります。しかしそれでも、基本となる安藤裕子のキャラクターの違いにはかなりの違和感。これまでの作品で登場する彼女とは同一人物とは思えず、まるでパラレルワールドのような気がしてしまいました。そして名前の表記でいえば、「安藤さん」以外の中学3年生の登場人物たちも、基本的に苗字だけ。例外は織田直樹だけです。大人の登場人物でも基本的に苗字のみですね。なぜかカタカナ表記のままの人間も存在しているのですが、これはやはり何か意図があってのことなのでしょうか。
物語の前半は、孤島を舞台としたミステリ。1人ずつ殺されていき、登場人物たちは、どこにいるのかわからない殺人鬼に怯えることになります。典型的なクローズドサークル。しかしこの作品のテーマは、実はカニバリズム。冒頭から予感させた通りに、徐々にえぐい方向へと進んでいきます。中学生の男女が逃げ出せないままに疑心暗鬼になっていくという展開は少し「バトルロワイアル」のようでもありますが、それらの狂気の根源となっているものがまるで違っているので、やはりこれは完全に浦賀ワールドでしょう。今までになく薄い作品ですが、しかし中身は濃厚。受け付けられない人も多そうですが、カニバリズムと魔女に関する薀蓄は非常に面白かったです。P.270辺りの描写は、私には洗礼を授けている聖職者の図に見えてしまいました。しかしこれがもしミサだとすれば、やはり普通のミサではなく黒ミサと呼ぶ方が相応しいのでしょうか。

P.232「子供を出産するのと、子供を食らうとのは、母親にとって同義語なんだよ」(原文のまま)

「眠りの牢獄」講談社ノベルス(2003年8月読了)★★★★
北澤と吉野と共に、浦賀が亜矢子の家に泊まりこんだ翌朝、地下室に下りようとした浦賀と亜矢子は、突然背中に強い衝撃を受けて階段の上から転落。次に浦賀が目覚めたのは、転落事故の丸1日後の病院でした。しかし亜矢子は一向に目を覚まさなかったのです。眠り続けている亜矢子はあちこちの病院をたらいまわしにされ、横須賀の診療所に落ち着くことに。そして5年後、浦賀はミステリ作家となっていました。担当者との打ち合わせの時にかかってきたのは、北澤からの電話。亜矢子の持ち物を整理するために、浦賀と吉野と北澤に家まで来て欲しいと、亜矢子の兄に言われたというのです。浦賀は5年ぶりに亜矢子の兄に会うことに。

いきなり作者が作品に登場?しかもこの「浦賀くん」、初登場の場面はなんと綺麗な女の子との一夜を過ごした直後というシーンなのです。この時点では、まだミステリ作家としてはデビューしておらず、しかし「電脳戯話」というタイトルの作品を書いています。これは、友達の少ない男の子が、コンピューターに閉じ込められた少女と恋をする話。そしてこの作品を推敲してメフィスト賞を取り、5年たった今はミステリ作家として、講談社ノベルスを中心に活躍している… という設定なのですが。
そんな読者サービスとしか思えないこの設定にも驚いたのですが、作品の内容も文章もいつになくさらっとしているのには驚かされました。難解な四文字熟語は影を潜めていますし、作品自体もノベルスで163ページと短いもの。しかしその分、きっちりと計算されています。途中でも最後でも、色々と驚かされました。正直、違和感を持った部分はいくつかあったのですが、あやふやな部分は単純に個人の嗜好として捉えてしまったのが間違いの素。こんな風に、こちらが思うであろうことを逆に利用されるとは思ってもいませんでした。
短いながらも完成度の高い作品。それでもどこか物足りなく感じてしまったのは、やはり長さのせいでしょうか。それともいつもの難解さが足りないせいなのでしょうか。

「彼女は存在しない」幻冬舎(2003年9月読了)★★★★★お気に入り
横浜駅前で貴治と待ち合わせしていた香奈子は、見知らぬ女の子にいきなり「失礼ですけど、アヤコさんではないですか?」と話しかけられて驚きます。香奈子は否定して、彼女に構わず貴治と共に映画を観に行くものの、数時間後に再び横浜駅前を通ると、そこにはまだその女の子の姿が。学生服の不良たちに囲まれてて困っている様子を見て、香奈子は思わず彼女を助け出してしまいます。彼女の名前は由子。由子は、子供の頃よく一緒に遊んだ亜矢子という友達に香奈子がよく似ていたのだと語ります。貴治と香奈子は、家に帰りたくないという由子を連れて貴治の家へ。一方、大学4年生の根元有希は、母親が2ヶ月前に亡くなって以来、2歳年下の妹の亜矢子が以前にもまして部屋に引きこもっているのを心配していました。しかし、その日久しぶりに亜矢子の部屋に入ると、亜矢子は不在。部屋には多重人格関係の本が、ファッション誌の陰に隠されるように積まれていました。有希は翌日ようやく帰ってきた亜矢子を問いただすのですが、亜矢子は今までになく強気。それは普段の妹の姿からは考えられない、まるで別人のような姿だったのです。

亜矢子を中心に、貴治や浦田の視点、有希と恵の視点が移り変わっていきます。その2つの世界は時には重なり合い、時には離れ、しかし中心となる亜矢子に多重人格の疑いがあるということで、なかなか素直に読み進めさせてくれない展開です。それにしても、実の親による幼児虐待と、それによる解離性同一性障害という、既に様々な作品に登場しているテーマで書かれている作品なのに、浦賀さんの手にかかるとまたまるで違ったもののように新鮮に読めたというのが、一番の驚きでした。最後のサプライズとして用いられているのではなく、かなり序盤からこの言葉が登場しているので、注意深く読んでいたつもりだったのですが、最後はとにかくびっくり。実は中盤に非常に大きなヒントがあったのですが、しかしそれを踏まえた上でも、ラストにはやはり驚かされました。これはやはり浦賀さんの筆力が優っていたということなのでしょうね。
そしてこの題名にも深い意味があったのですね。読み終えてみると、とても哀しい題名でした。「彼女」だけでなく、読者にも「本当にあなたは存在しているのか」と問いかけているようです。しかしその問いかけに、本当に自信を持って答えられる人はほとんどいないはず。「トイ・ストーリー2」の偽物のバズ・ライトイヤーだって、自分が本物の正義の戦士だと思い込んで、必死で戦っていたのですものね。

「学園祭の悪魔」講談社ノベルス(2003年9月読了)★★
高校3年生の秋の学園祭。「私」が屋外のテラスでフランクフルトソーセージを売っている時に現れたのは、飯島鉄雄と安藤直樹と穂波英雄の3人。穂波の妹の留美が「私」と同じクラスだということもあり、「私」は3人をコンピューター室にいる留美の元へと案内します。穂波留美は教室ではいつも1人で本を読んでいるような暗い女の子。いつも明るい「私」とは正反対。留美は当然男の子の手を握ったこともないだろうと、女生徒たちの間では噂されていたのですが、しかし実は安藤という彼氏がいたのです。ホテルに入る2人を見てショックを受ける「私」。笑わない安藤に笑わない留美、陰気なカップルと思いながらも、「私」は安藤に惹かれていきます。

安藤直樹シリーズの6作目。
中心となるのは、安藤を巡る留美と「私」の三角関係でしょうか。そこにラブホテルで女性のバラバラ死体が発見された事件や、同じ町内で犬が連続して殺されて死体の一部が持ち去られていた事件などが絡んでいきます。「私」のキャラクターは、本人も言う通り、明るく元気、そして能天気。高校の学園祭という舞台設定と、語り手の能天気さから、これまでのシリーズにあった重苦しさが薄れて読みやすくはなっています。しかしその分、浦賀作品独特の魅力も薄れているような…。今回はタイトルもかなり普通ですし。安藤直樹のキャラクターもよく分からなくなってきました。元々分かっていなかったのかもしれませんが、最後に彼が語る理由が、まさかこんなことだったとは。堪らないですね。
このシリーズは、これからもまだまだ続くのでしょうか。ここにきてかなり減速してきているようなので、次作ではとびきりずっしりと重苦しい作品が読みたいところです。しかしこの作品、ミステリというよりはホラーですね。

「こわれもの」トクマノベルス(2003年9月読了)★★★★★
漫画雑誌・インターナルに連載中の「スニヴィライゼイション」で一躍人気マンガ家となった陣内龍二。しかし結婚間近だった恋人・里美の突然の交通事故死によって、彼は密かに里美のイメージを注入して作り上げたヒロイン、作品の中でもナンバー1の人気を誇る「ハルシオン」を発作的に殺してしまうのです。編集部にはファンからの抗議の手紙や電話が殺到して大混乱。4人いたアシスタントのうち3人は辞めていき、担当の立花も呆れ顔。ファンレターという名の罵詈雑言を目の当たりにし、陣内はそれらの手紙を見ることすら嫌になっていました。しかしそのファンレターの中に、里美の死を予知している手紙があったのです。差出人は神崎美佐。消印は里美の死の2日前。陣内は神崎に連絡を取ることにします。果たして彼女の予知能力は本物なのか…。

幻冬舎から出された「彼女は存在しない」に引き続き、浦賀さんとしてはかなり一般的な雰囲気の作品。安藤直樹シリーズ特有の重苦しさはなく、むしろ読者を選ばないタイプの作品ですね。とても面白かったです。浦賀作品を初めて読む時は、デビュー作の安藤直樹シリーズをいきなり読むよりも、こういう作品の方が入りやすそうですね。人気漫画家とファン、そして同人誌などの話も面白かったですし、予知能力を扱い、未来を変えることができるのかという、SFでの古くからの命題が上手く絡んでいるところも良かったです。
そして序章と終章の構成が非常にいいですね。もしこの終章がなかったとしても、サイコサスペンス作品として面白く読めたと思うのですが、最後にホラー寄りのミステリとして落としてくれるところがとても好きです。なかなか爽やかな読後感でした。

「浦賀和宏殺人事件」講談社ノベルス(2003年7月読了)★
作家・浦賀和宏の今回の仕事は、講談社ノベルス20周年記念企画、袋綴じ密室本のための書き下ろし長編。新しい担当・本城久美子と打ち合わせをするものの、なかなかアイディアが浮かばず、執筆が進まない浦賀。それでもなんとか「イエロー・マジック・オーケストラを聴いた男達」という作品を書き上げます。しかしその頃、ラブホテルで女子大生の猟奇殺人事件が起きていました。その女子大生は、ミステリ作家・浦賀和宏に会うと言って家を出たというのですが…。

作中にもある通り、講談社ノベルス20周年記念の密室本シリーズの1冊。
浦賀さん、相当お疲れなのでしょうか。かなり不満も溜まっているようですね。いくら登場人物の意見と作者の意見を混同してはいけないというルールがあるにしても、日頃プライベートでもこういう発言をなさる方なのか、ちょっと興味があるところです。ネットの書評が相当お気に召さないようですし、しかも古本屋で買ったり図書館で借りたりする読者も許せないようで。「学園祭の悪魔」でも、「自分でお金を払ってないくせに、偉そうに作品の批判なんかしないでよ」という台詞がありましたが…。しかし終盤の本城さんの「会ってみると案外〜」という台詞は、もしやそのフォローなのでしょうか?
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