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このページは、打海文三さんの本の感想のページです。

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「時には懺悔を」角川文庫(2002年5月読了)★★★
業界大手の探偵社・アーバン・リサーチに頼まれ、佐竹は中野聡子の実習の代用教官を引き受けることに。佐竹は今は独立して個人事務所を開いているのですが、数年前までアーバン・リサーチの社員であり、かつての上司の寺西から聡子の世話を頼まれたのです。聡子は探偵スクールのレディース課の第一期生。しかし盗聴の実技のために訪れた米本探偵事務所では、なんと所長の米本が殺されていました。探偵殺しは、近い将来の自分の死因となるもの。佐竹は米本の死の謎を追うことに。聡子も佐竹の手伝いをすることになります。

脊椎にひどい損傷を負っているという二分脊椎症の、9歳の少年・新。生まれた時からどんどん変形が進行し、背骨は今や90度に曲がっています。下半身麻痺で、手の機能もダメ。頭は水頭症。
障害児とその家族のあり方という社会的な問題を真っ向から取り上げた作品。親となる人間にとって、子供の誕生はとても嬉しいこと。しかし、もしその子に何かしらの障害があったら…?当然普通の赤ん坊以上に世話をしなければ死んでしまうわけで、その子供の親は好むと好まざるとに関わらず、生活が一変することになります。そしてその世話の上で、中心となるのはやはり子供の母親。夫や家族の協力はあるのかというのもとても大きいと思いますし、ちょっとした協力によって母親の負担が大幅に減るとは思うのですが、それでもやはり障害児を連れた母親というのは、常に周囲の好奇の目に晒されているわけですよね。精神的にも体力的にもかなりキツイ状態で何十年も過ごしていかなければならない…。そんな並の器ではできないようなことが、ごく一般的な若い女性に降りかかってくるのです。なかなか受け入れることができなくても当然だと思います。
聡子の言うことは正論。しかしそれはやはり机上の空論的な部分が大きいのでは。聡子の場合、自分でもやってみようと思うような人間なのでまだいいのですが、やはりなかなか難しいですよね。ある程度の年齢になれば自分の能力の限界というのも分かりますし、正論のために他の人間の人生までをも引き摺り込むわけにはいかないのですから。
でも本当は、障害児の世話ということ自体も大きいのですが…。それよりも、みどりみたいな子のことを理解し見守ってやれる精神的な余裕を親が持っていられるか。そちらの方が微妙なだけに難しい問題かもしれませんね。

P.325
「みんなが新を励ましているようですね」佐竹がいった。
「逆だよ」明野がぶっきらぼうにいった。「みんなが新に励まされてるんだ。」

「されど修羅ゆく君は」徳間文庫(2002年5月読了)★★★
中学に入り、自分の意思とは裏腹に登校拒否となってしまった13歳の戸川姫子。学校に行きたいのに行けない彼女は、とうとう自殺しようとビニールロープを持って山へ。そこで阪本尚人と名乗る男と出会います。かつて自分が住んでいた家に行こうとする姫子でしたが、その家は既に取り壊されていました。そこには、阪本が丸太小屋を建てて一人で住んでいたのです。しかし家の裏手に回った姫子は、死体らしきものを目撃し、驚いて慌てて家に逃げ帰ります。一方、かつては女詐欺師、今は探偵をしている鈴木ウネ子が阪本の行方を探していました。新聞で彼の元恋人である南志保の殺人事件を知ったのです。志保が殺された丁度その頃、ウネ子は阪本から電話を受けていました。阪本が志保を殺したのか?ウネ子は同じく探偵をしている野崎と共に、阪本の行方を追うことに。しかし同時に公安も動き始めます。

鈴木ウネ子さん、いいですねえ。「60すぎの美しい銀色の髪をした元結婚詐欺師」の彼女は、気に入った男をベッドに引きずり込まずにはいられないという困った性癖(笑)の持ち主なんですが、でも強くて凛としてて魅力的。それに対して、まだ13歳の姫子は、まだ女という年齢には間があるものの、こちらもなかなか魅力的な女の子。気が強くて頭の回転が速く、年齢の割に度胸も十分。対照的な2人なのですが、でも同時にとてもよく似ていて… 魅力的な女性には、年齢は関係ないのかもしれないですね。60歳でも13歳でも女は女。男を取り合う時も対等ですし。この姫子の先行きがとても楽しみです。そしてこの2人に振り回されるのが野崎。彼もとても良かったです。マッチョで強面、しかし自分の顔にコンプレックスを持っているという繊細な面も持つ野崎の、ウネ子さんに誘われた時、姫子に誘われた時のそれぞれの反応がなんだか妙に少年ぽくてかわいくて。ハードボイルド的なのに、妙に読後にほのぼのとした気分になれる作品です。
ただ、阪本という男性はとてもモテるのですが…。あまり現実味がなくて、ふわふわした、生活力のない男の印象なんですよね。これでどこが良くてモテるんだろう、というのは少し疑問。そんなに外見がカッコいいのでしょうか?もしかしたら、姫子にとっては父親に似てる部分があったのかもしれませんが…。でもこの阪本をめぐる愛憎劇にはかなり激しいものがあり、そういう男の弱さみたいなものがよく見えてきます。このよさが分からない私は、まだまだひよっこなのかも。

「裸者と裸者」上下 角川書店(2005年1月読了)★★★
近未来の日本、応化2年。金融システムの崩壊と経済恐慌と財政破綻により、多くの人々が家を失い、しかしそれでも日本の方がまだ平和で裕福だと、戦禍に苦しむ大陸の難民たちが日本へと流れ込みます。そして<救国>をかかげた佐官グループが首都を制圧し、<救国臨時政府樹立>を宣言したことにより、国軍は政府軍と反乱軍に二分され、日本国内は内戦下に。そしてそんな日本の常陸にいたのは、佐々木海人。父は米軍の誤爆により死亡、ホステスをしていた母は反乱軍の兵士たちに拉致されて行方不明に。海人は7歳11ヶ月で両親を失い、妹の恵、弟の隆と3人だけで生きていかねばならないことになったのです。

近未来の、内戦状態になった日本で生き抜こうとする孤児たちの物語。上巻は佐々木海人の視点から、下巻は月田姉妹の視点から語られていきます。
舞台が近未来だということを全く知らずに読み始めたので、冒頭の状況説明に関しては少々物足りないものを感じてしまいましたが、物語が進むにつれて近未来の日本の悪夢のような状況のリアリティが、徐々に増していきます。展開にも勢いがありますし、あっという間に引き込まれてしまいました。上巻も下巻も、言ってみれば同じような展開なのですが、上巻の母を探す海人と下巻の父に対抗する月田姉妹の姿が対照的。私は月田姉妹が中心となる下巻の方が好きです。ただ、あまりにも人の死に重きを置いていない部分などが、まるでゲームを眺めているような感覚でもありますね。丁度、高見広春さんの「バトル・ロワイアル」を読んだ時のような感覚。しかしあまりにも悲惨なこの世界では生きていくだけで精一杯で、死者になど構ってなどいられないというのは、海人たちの本音でもあるのでしょう。そして性描写が多いのも気になるところですが、これもやはりこの限界状態を描くために意図された部分なのでしょうか。
個々の登場人物たちがとても魅力的。特に女性たちがいいですね。一本線の切れてしまったような、しかし自分自身の人生を生きている美人双子姉妹・月田桜子と椿子、年上の恋人・竹内里里菜、冷徹な海人の上官・白川如月。そして学校に通ったことのない海人や孤児たちの会話が平仮名だけというのが面白かったです。
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